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祝福がありますよ
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アッシジのクララ

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今年5月は金環日食があった。
 私が今度日食を見ることは、おそらくないだろうとおもう。
太平洋側を中心とした広いエリアの大都市で見ることができ、日本総人口の3分の2にあたる8300万人の生活圏で金環日食が見られるうえに、これほど広範囲で見られるのは西暦1080年以来932年ぶりの出来事といいます

 世間では、日食を見る為に日食用のサングラスが売れ、学校では、休校にしてその日は、日食を学んでほしいと言う所もあった。
 

 日食当日、私は、完全な日食を見ることは、会社に行く途中でしたので、見ることは、叶いませんでしたが、幸いにも、日食が三日月のようになった姿を見ることは、できました。

 日本には、日食に関する神話があります。
ある時、スサノオノミコトらんぼうろうぜきに怒り、太陽神である天照大神があまのいわどにお隠れになり、世界が真っ暗闇になった。
最後には、やおよろずの神が天の安河原(あまのやすがわら)の川原に集まり、どうすれば良いか相談をし、相談の結果、天細女命(アメノウズメ)が天岩戸の前で半裸で踊り、何事かと岩戸を開けたとき、力自慢の手力雄命(タヂカラオノミコト)が岩戸をこじ開けて天照大神(アマテラスオオミカミ)を外に出し、入り口を塞いでいた岩の戸を手力雄命(タヂカラオノミコト)が投げ飛ばしました。そうすると天界と地上界は元のように明るくなった。
という物語があります。
私も、日食を通して、太陽を与えてくださり、永遠の命の言葉を光のごとく与えてくださ
ったことと、この世には、光と闇があり、罪があるということを主・イエス様から教えられました。

 さて、今日は、ペンテコステ:聖霊降誕日で、教会では、とてもめでたい日です。
私たちの救い主のイエス様が、十字架の死に3日目によみがえったあと、五旬祭の時に
使徒達が聖霊を受けた日です。
 私達は、聖霊を受けることにより、力が与えられ、救いは完成します。
 聖霊を受けるということは、私達が新たに生まれると言うことでもあり、私にとって日々の生活を見直す日でもあります。
そんな中私がすぐに思い出す人がいます。
その人は、1194年生まれの人で、アッシジで生まれたアッシジのクララといいます。
1210年の四旬節で聖フランチェスコの説教に接し、その精神に心酔、その後、ふたつの結婚話を断り18歳の時、アッシジの聖フランチェスコに師事するため家を出た。

 それから、たったの3年後の1213年には、修道女になり、裕福な生活を捨て、1215年までベネディクト修道院で、生活する。
18歳から献身をし、愛も裕福な家庭も捨て、ただただ、全世界の創造主である。
主・イエス様に右にも左にもそれず、彼女は、真っ直ぐに真理の道を歩みます。
 

 その後、聖フランチェスコの助力により、クララは、クララ修道女会を設立する。
最初は、聖フランチェスコの支援で、アッシジのサンダミアーノの教会近くに家を与えられ、母や、姉妹を初めとする女性たちの小さな群れでありましたが、クララ修道会は、フランシスコ会と同様に、何にか精神的価値を見出そうとした人々により、ヨーロッパに於いて、急速に主・イエス様の助けにより、広まっていった。
極貧状態の貧困に甘んじて、寄付金のみで生活をしていたのにもかかわらず、寄付金は、かなり増えた。
普通ならば、欲がうまれそうなものだが、40年修道会のリーダーであったクララは18歳の頃とまったく変わらず、右にも左にもそれず、厳格な規律を決して緩めようとはなさらなかった。
1243年アッシジが、神聖ローマによる、脅威の時、祈りと自らの課した苦行により、町を救う。
 

ローマ教皇のグレゴリウス9世が歳費割当ての申し立てをしてくれた時にも、このような状況で、厳しい生活の中、その申し出を断りました。
彼女の人生は、ベットから起き上がれないような時にも、いつもアッシジの町と、自分の修道女達のことを心配し、まさに、主・イエス様のような心の清い生き方をなされた人でした。

 彼女は、ある時、具合が悪く、朝課に出られなかった時、教会で歌う、修道女の歌声と
共に、まぐさ桶の中のイエス・キリストをはっきりとみたのだと言います。
私は、この人の話を聞くときに、神は、神の言葉として、聖歌の中に、そして、真理の言葉の中に私達の心のなかに、住んでくださる、そして、上記のような生活を感謝して生き、町を救うことができたのは、すべては、聖霊様の御働きであると思います。

 今現代の世では、人は、常に争いの中にいます。
経済の中に、また貧富の中に、人の心の中に常に葛藤があり人は心休まることを知りません。
人の心は常に何かに満たされる為に、自分の幸せの事だけがすべてで、若い頃は特にそうなのですが、目にみえる短絡的な快楽や楽しみにより、まどわされがちです。
しかし、私達人は、本来神の被造物として造られており、私を造ってくださった神の栄光を帰す為につくられています。
それは、上記のクララのように、誰かの為に生きることこそが、自分の為に生きることなのであるという、本来の神の恵みである、自己に気づくことを、主・イエス様は求められます。

 フィリピ1、21 わたしにとって生きるとはキリストであり、死ぬ事は益なのです。
なぜ、聖書のパウロも、クララもこのように生きれるのでしょうか。
それは、フィリピ2:6 キリストは、神の身分でありながら、神と等しいものであることに固執せず、7 かえって自分を無にして、僕の身分となり、人間と同じ者になられました。

 人間の姿で現れ、8 へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。
だからこそ、私達は、原罪の罪の中にあっても、主・イエス様の救いを述べ伝えます。
そして、キリストの体を着るという表現が聖書で出てきますが、それは、上記のようにすべてを捨て、キリストの為に生きるならば、あのジョン・ウェスレーがいったように、大いに獲得し、大いにあたえるならば、この世は、平和でみたされ、私達日本も世界もすくわれます。

一粒の麦から

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私の近所に、一羽の小鳩がいた。

その日は、いい天気で日曜日の礼拝に行く途中の道で、その小鳩は、地面の下で、

ヨチヨチとぎこちなく歩いているのをみて、どうしたのか?とおもっているてと、そこに一羽のカラス

がいて、その小鳩をつつき、食べようとしていました。

私はすぐ小鳩をたすけてあげましたが、その時におもったのは、どうしたらいいのかと言うこと

でしたが、その鳩の事を警察に相談したところ、動物愛護の団体に渡してくださりました。

 その後、礼拝には、2〜3分位遅れましたが間に合いましたが、私自身のいや、この世の

主・イエス様を信じていない、人達の姿を、小鳩に見たような気持ちになったのは、不思議な

体験でした。

さて、今日は、主・イエス様にいのり、賀川 豊彦さんの書いた、一粒の麦から導きを頂いた。

この小説は、丁度、満州事変前後のお話です。

主人公の嘉吉は、そんな時代に生まれた。

彼の父は、酒のみで、子供6人あったが、家にいるのは、弟、妹だけで、兄姉は、娼妓や、奉公

にだされ、主人公の嘉吉も、丸八商店に預けられていた。

そんな環境で育ったものだから、嘉吉は、無口な青年に育ったようだ。

そして遊郭に通い、嘉吉は道を踏み外していつた。

そんな嘉吉が、お金ほしさに、5円の金を盗み、何もかも嫌になり、父危篤と嘘をつき、丸八商店から

逃げ、北設楽郡 の下津具(愛知県)に着き、父と母と、弟泰次 妹百合子との生活が始まる。

父が大酒飲みで酒ばかり飲み、弟も奇病にかかり、父も中風になる。

母は、忍耐強く、またしっかり者であったようですが、彼らの生活は、極貧状態でした。

しかし、養蚕の仕事や嘉吉が頂いた、水車の又さんの仕事をもらったり、鍛冶屋での仕事を頂いたり

しながら、細々何とか生活をする。

水車小屋での仕事をしていた時、犬や猿を飼う不思議な仙人のような人に出会う、前は、大阪の造船業を

営んでたのだそうだが、堕落した生活を送っていたのだそうだ。

そのためなのか?、 彼は事業に失敗し、多くの銀行に迷惑をかけた後悔していたのだそうだ。

今では、猿回しの仕事をしているようであるが、栗を豚に食べさせたり、植林の事にも詳しかったり、

嘉吉にとってまさに、何でも幅広く知っている仙人のような人だったようだ。

また、教会の村野先生たちとの生活の中で、嘉吉は、以前5円のお金を持ち逃げしたことに罪の意識が芽生える。

 また弟や父、または姉達が娼妓で働くようになっている事さえも、自分の神への行いの悪さからこのような悲惨が

起きたのではないかと反省し神に変えられ、ついには、5円を返します。

そして、キリストを信じ、ハンセン病の人を看病したり、酒を飲まないような禁酒運動や土地利用組合などを発足したり、また、立体農業
などを推奨し、キリスト教の犠牲の精神と愛の精神をかたっていく。

 彼は、段々と神様に変られて行く一方、弟の泰次の死、姉の死、兄の処刑また、将来結婚を誓った、芳江の死

を経験する。

芳江は、嘉吉が、徴兵され、中国に渡り、戦地にいるあいだ、嘉吉の家族のために献身的に毎朝早朝におき、

いつも嘉吉の家の機織木は、回り続けた、泰次の世話をし、病にかかり、勘之助のいじめに耐えつつ、嘉吉

がしたがっていた山での植林も欠かさずし、嘉吉とまた会う事なく死んでいった。

誰が新聞で出してくれるわけでもなく自ら進んで、前科者の集合している一族に奉仕する事を誓い、地位も名誉も

もない山村の青年を選んで、自らを捧げた芳江、 一日4時間した眠らず、人の父の為に二週間も徹夜で看病し、

雪の中で、手にひびを切らせながらも機を織りつづけ、30円あまりの金を姑に捧げるこの精神は、賀川のいっている

下座奉仕の姿勢、犠牲献身の精神を物語っています。

賀川は、愛に依る蹂躙の話の中で、こう言っています。

宇宙に満つる大きな人格は、その本質にもって愛である。 宇宙の本質である苦痛にも喜んで私達の罪に耐えしのんで

くださった宇宙全体に現れている。

それが、主・イエス様の十字架であるのだと。

芳江が、何の報償もなく耐え忍べたのは、嘉吉への愛、神様への愛であったのであろうと思う。

ヨ12:24 はっきり言っておく。 一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。

だが、死ねば多くの実をむすぶ。これは、主・イエス様が死んだあと、復活し、聖霊を与えると言う

約束の事を話されているのですが、弁護者の聖霊は、言葉として、霊として私もふくめ、信じる人

とともに宿る。

 しかしそれには、主・イエス様の十字架による精神、犠牲の精神献身奉仕の必要性

を、今日主・イエス様に賀川 豊彦さんが書いた物語から教わった。

主・イエス様の十字架の愛で私達は救われています。

約束と福音

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昨日は、台風15号の影響で、あちらこちらで、木が倒れて、車が破損したり、被害があった。  私の家の、前の家の瓦が、昨日の台風の影響で、私の家の2Fまで、飛んできたのには、さすがに吃驚させられた。 

私たちは、災害の前には、いかに無力であるか思いしらされたのと同時に、主・イエス様の御守りに感謝します。  

さて、今日は、聖書で信仰の父アブラハムの箇所をから考察がなされている、モルトマンの本で「希望の神学」から、私の信仰のありかたを、主・イエス様からおそわった。  まず、信仰の父アブラハムは、初めから信仰の父アブラハムと言う名であったわけではなかった。  彼は、当時の海運都市ウルに住んでいた。  彼の住んでいた、ウル、ニッパル、シッパル、ラガシュ、などは、とても豊かで、図書館などもあり、平和で、幸せな日々をおくっていたのではないかと、推測される。 ところが、 創世記12章で、アブラムは、神からの導きで、神が与えるという約束の地のカナンへと旅立つ。 

何もない、広大な岩山があり、 危険で獰猛なサソリや、ジャッカルがいるような中、通る地方によっては、水さえ手に入るかわからない、そんな中で、アブラムは、信仰の父アブラハムへと成長していく。  父テラと共に、ウル、バビロン、マリ、カランと旅をし、様々な人と出会い、またカランで父の死、また、甥ロトとの別れ、又、ロトを奪った王達との戦い、そして、高祭司:メルキゼデクの祝福などにより、励まされ、最後カナンの地を相続する。 

これがアブラハムの物語で、このアブラハムは、新約聖書では、なく聖書の旧約聖書にかかれています。  さて、祭司制度では、レビ族の中から祭司は、生まれることになっていました。 神がそのようなされたのですが、唯一の例外が上記にあげたメルキゼデクです。 ヘ7:によると、かれは、義の王、サレムの王つまり、「平和の王」と記述されています なぜ、神がこのような事をなされたのかと、言うと、新約聖書のあらたなキリストによる福音と約束と大きく関係します。 新約では、福音と約束が主体として、かかれているのに対して、旧約で神の選民となるには、律法と行いが重視されてきました。 

 神との契約や戒めの律法を守ることによって、当時イスラエル、神の民は、義とされてきました。  だから、律法を守らない事、についてのユダヤ人、律法学者と、主・イエス様を延べ伝える使徒達との争いや論争が絶えませんでした。 そこで、パウロは、救いの主・イエスの約束について、メルキゼデクをヘ7:で登場させます。 なぜならば、ヘ7:11 ところで、もしレビ人の系統の祭司制度によって、人が完全な状態に達することができたとすれば、民は祭司制度を与えられているのですから、いったいどうして 、アロンと同じような祭司ではなく、メルキゼデクと同じような別の祭司が立てられる必要があるでしょうかと、パウロが言うのは、 これは、主・イエス様もメルキゼデクとおなじ、祭司制度から生じた祭司ではない事をさします。 その理由は、モルトマンが言っている福音と約束の話の中に答えがあたえられました。 パウロは伝承されたアブラハムの約束を生命の約束と結びつけ、死から生命ロ4:15、17を引用しいいます。  また、ガラテヤ3:18 であるように、もし相続が、律法に基づいてなされるとするともはや約束にもとづいたものではない。 といいます。 

パウロは新約の書簡の中で、ユダヤ教と戦いますが、パウロ律法と福音の中に於いて、約束を中心にかたっていた。 大事なのは、律法がなくなってしまうわけでも、信仰の義行いが途絶えるわけではなく、福音の中にこそ、神の約束があり、約束から、律法や信仰による義が生じなければ、ならないと言うことです。 

約束の神は、レビ族でない、踏襲された、律法制度を私たちにさずけたのではなく、 知恵や知識、律法による賢人達からではなく愚かな宣教によりすべての人々を福音と約束によって包摂的にすくわれたのです。 

今日のキリスト教会での過ちが歴史に於いてなされてきたとしたならば、それは、信仰による義や律法などを悪い意味でのグノーシスとしてきた所でしょう。 知識や行いによって人は救われるのではなく、福音と約束から、信仰による義、救いの知識がうまれる。 この事が、私たちが過ちを犯す点だと私は思います。 

 私たちの信仰とは何か。 

 キリストの十字架の贖いと赦しによる感謝からくる信仰の義と救いの知識、福音と約束について、かかせていただきました。 主・イエス様を信じる事が永遠の命です。

ダヴィドの日記

福島第一原発事故が3月に起きて2ヶ月が経ちました。


 今は、桜も散り、私の家の近くのこじんまりとした高台にある簡素な公園の桜の木には、緑が生き生きと若枝に葉を付けています。

 さて今日私は、ダヴィドの日記と言う実本の中から主・イエス様に祈り私たちが絶望の時にどう生きるべきであるのかと言うことを主・イエス様に祈り、この日記を書いています。

 この日記は、1940〜1942年に ダヴィド・ルビーノヴィチという少年の書いたドイツ人によるユダヤ人の迫害の記録した日記です。

当時第二次世界大戦があった頃、ドイツのヒットラーが、アウシュビィッツ収容所でユダヤ人の迫害をしていた。

  主人公のダヴィド少年は、そんな戦争が終わる1945年前の過酷な迫害があった頃の実話です。

 1940年3月彼ら、ルビノー・ヴィチ一家は、ある雑貨店の壁に布告見たいなものが貼ってあるのを見つける。

 そこには、「ユダヤは今後馬車にも乗ってはならない」。



 汽車には、前から乗ってはならないと言う話ではあったがまさか、馬車にまでとは・・・。
 ユダヤ人達にとって、これが自由への侵害の序章であった。

 しかし、そんな中、天使のように心優しい少年ダヴィドは、自転車に乗ったり、森のキノコを弟と採りにいったり、心貧しくも、平穏な日々を送っていた、まだこの頃は、パパ、ママ、家族皆幸せであったのかもしれない。

 ダヴィドは、流行性感冒症や今まで学校にいけたのに行けなくなっても、くじけない前向きの良い子で、青々とした麦畑や日々の日の照る温かさを感じては、毎日毎日を楽しく明るく生きていた。

 そんな中、1940年この日記を書いてから約6ヶ月経ったころ、1939年11月頃から郷役場へ強制労働の為に登録をするという命令がハンス・フランク総督によって施行されていたが、ついに、ダヴィドのいるポーランドのクライノ村にも施行される事となった。

 また、主人公の親戚の住んでいるキェルツェの叔父さんの地区には「ユダヤ人」地区が
できた。

この地区から出るには、通行所が必要で、ユダヤ人は、自由に他の地区に行くこともままならない。

 この頃のジャガイモ1キロ:1ズウォーティー半、であった。

 また1941年頃になると、ソヴィエトがドイツに宣戦布告をする、ますます、ユダヤの人たちの状況は悪くなり始めていた。

1941年7月頃になると、今まで何とか調達してこれた日々の食費食料にまで手に入りづらくなっていく。
 そんな中、ルビノー・ヴィチ家の人たちは、心清く日々をすごしていた。

 ある時、道でお嬢さんが自転車て゛転んだ時にもママは、その子の治療をしてあげている。

彼らは、敬虔なユダヤ人で彼らには、神を讃えるトーラの祝日というものがある。

 しかし彼らは、その日にさえ書き物を禁じられていた、勉強も学校て゛できず、日々12歳〜からの強制労働、彼らが自分の家のひき臼を他のユダヤ人のために貸すと、それによって罰金、久し振りに手に入るマーマー・レード、砂糖も、高くて買えない。

 そんな中1942年2月には、今まで住んでいたクライノから、ボゼンティンのおばさんの家へ移住する事となる。

 外では、人が日常茶飯事にころされ、働くと罰金、また過酷な強制労働などか行われていた。

 だけど、彼らは、こういう「売るものがあるのだけでも感謝しなければならない」そんな中、ダヴィド一家にまた不幸が襲う強盗だ。

 しかしこのときは、ガチョウはころされたが、彼らの盗品は見つかってもどってきた。

そして、父が捕まり、強制労働所へ。

そして最後、この日記は皮肉にも、父が帰ってきた後に主人公ダヴィドの日記は終わっている。


 私がこの日記の中で一番印象に残った箇所は、ダヴィドが、父が捕まった後の5旬節の時のお祈りした言葉です。

 「みんなパパがそばにいて、お祈りのことで分からないことがあるとなんでも教えてくれるのに、僕にだけは教えてくれる人がいない・・・。

 神様、僕に正しい考えを教えてください。

 正しい道をお示しくださいと祈ります。

 どんな貧困も、侮辱の言葉も強制労働も、父が捕まった事実が何よりも、少年ダヴィドには辛い事であった。

 そして、彼は、神様にこう祈ります。「神様、どうかパパが一日も早く家に帰れますように。」

 聖書には、イスラエルの王ダビデ王が詩篇でこう書いている箇所があります。

 詩篇119:83 たとい私は煙の中の皮袋のようになっても、あなたの掟を忘れ
 ません。

 詩篇119:96 私は、全ての全っきものにも、終わりがあるのことを見ました。

しかし、あなたの仰せは、すばらしく広いのです。

ダヴィド少年が得ていたもの、それは優しさ、そして正義、名によりも深い神への信仰であったと思います。

聖書で神は、この世はサタンの支配化であると書いています。

闇であると。

 私は、それが何となくしか分かっていませんでしたが、私は、歴史を通して、その事実を人の原罪を覚えます。
 
しかし、このような世の中にあっても私達に主・イエス様は、希望の光を与えてください
ました。

 ヨハネ11:25 イエスは言われた。「私は、よみがえりです。 命です。 わたしを信じるものは、死んでも生きるのです。」

 ヨハネ12:46 わたしは光として世にきました。 わたしを信じるものが、だれもやみの中にとどまることのないためです。

 主・イエス様の十字架は、全ての人を悪から清め私達を天国へといざないます。
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一粒の麦

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今日は、良い天気でした。

2〜3日前は、気温も20度くらいで、5月くらいの暑さに感じた。

そんな中、東北の方の方は、震災と福島第一原発の事故によって、今も、恐怖と不安の中、暮らしている

と聞き、主・イエス様を信じるものとして、日々、被災者の人達のために祈る日々です。

さて、来週は、イースターです。

主・イエス様が復活なされたのですが、私は、今回、大正−昭和時代の牧師が書いた牧師の

神との対決の中から、主・イエス様にいのり、信仰について、この世での私たちの生き方について、模索したいと願

い書きました。

武藤牧師は、1893年11月28日生まれ、青山学院教授をした方で。日本メソジスト三田教会、本郷中央会堂の牧

師、また長崎活水女学院院長、戦後は日本基督教団本郷中央教会の牧師をした方です。

そんな彼が、神との対決という本で信仰についてこう私たちに諭します。

賀川 豊彦先生の最後の著書に「宇宙目的論」という本があり、そこで宇宙の事実を見て、この宇宙には、偉大な

目的がないとは考えられない。

人生には、目的があるように、宇宙にも大いなる目的がある。

それが自分の宇宙論であるといいます。

また武藤牧師の祈祷会に長い信仰生活を送られている婦人がご自分が育てたチューリップの花をみながら、都内

のアパートの狭い土地を利用して花を育てていた時、通りすがりの人に踏みつけられたり、根こそぎもっていかれた

りするけど時がくると、蒔いた種が芽をだし、素晴しい香の花を咲かすことを聞き、この上記の婦人と信仰生活と抽

象的に照らしあわせて聞いたとき、武藤牧師は感動を覚えたといいます。

武藤牧師はこのチューリップの話と、マルコの福音書にある種まきの話などを引用し、私たちに信仰とは何か?

それは、罪に絶望するのではなく、主・イエス様は、絶望するというような罪のかなたにある希望をかたっておられま

す。

と私たちに言います。

またヨ24:12を見るとこう書いてます。

まことにまことに、あなたがたに告げます。

一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは、一つのままです。

しかしもし死ねば、豊かな実を結びます。

主・イエス様が御自身が十字架にかかられ復活した後に私たちが聖霊を授けることを預言した箇所ですが、主・イ

エス様は、たった一粒の麦について、私たちに希望を与えてくださいました。

私が紹介したのは、一人一人が真理を悟り、聖霊により聖書の御言葉をしるならば、私たちには、希望があるとい

いたかったからです。

今の腐敗した世の中に対する希望です。

今回の震災は、自然災害でもありますが、人災でもあると、よくテレビやメディアは、放送しています。

原因は、今の唯物論的な資本主義的な考え方も関係していると思います。

心や精神は、物質(脳髄)の所産と考える心のあり方、人自身がこの世の支配者

であるかのような行為このような心のあり方について、考え直す必要性を感じます。

十字架を喜んで背負う愛こそがキリスト教の本質であり、この十字架を信じることが真の宗教生活なのである。

 そこでもし、この十字架を背負う愛が社会経済の原理と認められるならば、経済の世界にも革命がおきるであろう

と私は信じると賀川 豊彦先生はおっしゃります。

生協の父ともよばれたかたで、消費組合、質庫信用組合、や学生信用協同組合、なども組織した方です。

賀川さんは協同組合は、キリスト教の兄弟愛の実践にほかならないといいます。

今回私は、種ということを主体に武藤 健牧師、賀川 豊彦先生たちの言葉を引用し、震災に於いて私たちの生き

るみちそれは、一人一人が、小さき種奉仕や助け合いをするならば、キリスト教の兄弟愛は人と人との絆に

よって、東北地方を復興できる。

キリストは、私たちに絶望=罪をしらせ悲しませるために来られたのではなく、復活のよきしらせ福音をしらせにきた

のであります。

4/24日は、イースターです。私たちの罪を赦すため主・イエス様は十字架にかかられ3日目によみがえられました。

まだ私たちには、希望があります。

天国の門は、この世の終わりまで開かれています。


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トクトル
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