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今年5月は金環日食があった。 |
GOD BLESS YOU
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私の近所に、一羽の小鳩がいた。 |
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昨日は、台風15号の影響で、あちらこちらで、木が倒れて、車が破損したり、被害があった。 私の家の、前の家の瓦が、昨日の台風の影響で、私の家の2Fまで、飛んできたのには、さすがに吃驚させられた。 |
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福島第一原発事故が3月に起きて2ヶ月が経ちました。
今は、桜も散り、私の家の近くのこじんまりとした高台にある簡素な公園の桜の木には、緑が生き生きと若枝に葉を付けています。
さて今日私は、ダヴィドの日記と言う実本の中から主・イエス様に祈り私たちが絶望の時にどう生きるべきであるのかと言うことを主・イエス様に祈り、この日記を書いています。
この日記は、1940〜1942年に ダヴィド・ルビーノヴィチという少年の書いたドイツ人によるユダヤ人の迫害の記録した日記です。
当時第二次世界大戦があった頃、ドイツのヒットラーが、アウシュビィッツ収容所でユダヤ人の迫害をしていた。
主人公のダヴィド少年は、そんな戦争が終わる1945年前の過酷な迫害があった頃の実話です。
1940年3月彼ら、ルビノー・ヴィチ一家は、ある雑貨店の壁に布告見たいなものが貼ってあるのを見つける。
そこには、「ユダヤは今後馬車にも乗ってはならない」。
汽車には、前から乗ってはならないと言う話ではあったがまさか、馬車にまでとは・・・。
ユダヤ人達にとって、これが自由への侵害の序章であった。
しかし、そんな中、天使のように心優しい少年ダヴィドは、自転車に乗ったり、森のキノコを弟と採りにいったり、心貧しくも、平穏な日々を送っていた、まだこの頃は、パパ、ママ、家族皆幸せであったのかもしれない。
ダヴィドは、流行性感冒症や今まで学校にいけたのに行けなくなっても、くじけない前向きの良い子で、青々とした麦畑や日々の日の照る温かさを感じては、毎日毎日を楽しく明るく生きていた。
そんな中、1940年この日記を書いてから約6ヶ月経ったころ、1939年11月頃から郷役場へ強制労働の為に登録をするという命令がハンス・フランク総督によって施行されていたが、ついに、ダヴィドのいるポーランドのクライノ村にも施行される事となった。
また、主人公の親戚の住んでいるキェルツェの叔父さんの地区には「ユダヤ人」地区が
できた。
この地区から出るには、通行所が必要で、ユダヤ人は、自由に他の地区に行くこともままならない。
この頃のジャガイモ1キロ:1ズウォーティー半、であった。
また1941年頃になると、ソヴィエトがドイツに宣戦布告をする、ますます、ユダヤの人たちの状況は悪くなり始めていた。
1941年7月頃になると、今まで何とか調達してこれた日々の食費食料にまで手に入りづらくなっていく。
そんな中、ルビノー・ヴィチ家の人たちは、心清く日々をすごしていた。
ある時、道でお嬢さんが自転車て゛転んだ時にもママは、その子の治療をしてあげている。
彼らは、敬虔なユダヤ人で彼らには、神を讃えるトーラの祝日というものがある。
しかし彼らは、その日にさえ書き物を禁じられていた、勉強も学校て゛できず、日々12歳〜からの強制労働、彼らが自分の家のひき臼を他のユダヤ人のために貸すと、それによって罰金、久し振りに手に入るマーマー・レード、砂糖も、高くて買えない。
そんな中1942年2月には、今まで住んでいたクライノから、ボゼンティンのおばさんの家へ移住する事となる。
外では、人が日常茶飯事にころされ、働くと罰金、また過酷な強制労働などか行われていた。
だけど、彼らは、こういう「売るものがあるのだけでも感謝しなければならない」そんな中、ダヴィド一家にまた不幸が襲う強盗だ。
しかしこのときは、ガチョウはころされたが、彼らの盗品は見つかってもどってきた。
そして、父が捕まり、強制労働所へ。
そして最後、この日記は皮肉にも、父が帰ってきた後に主人公ダヴィドの日記は終わっている。
私がこの日記の中で一番印象に残った箇所は、ダヴィドが、父が捕まった後の5旬節の時のお祈りした言葉です。
「みんなパパがそばにいて、お祈りのことで分からないことがあるとなんでも教えてくれるのに、僕にだけは教えてくれる人がいない・・・。
神様、僕に正しい考えを教えてください。
正しい道をお示しくださいと祈ります。
どんな貧困も、侮辱の言葉も強制労働も、父が捕まった事実が何よりも、少年ダヴィドには辛い事であった。
そして、彼は、神様にこう祈ります。「神様、どうかパパが一日も早く家に帰れますように。」
聖書には、イスラエルの王ダビデ王が詩篇でこう書いている箇所があります。
詩篇119:83 たとい私は煙の中の皮袋のようになっても、あなたの掟を忘れ
ません。
詩篇119:96 私は、全ての全っきものにも、終わりがあるのことを見ました。
しかし、あなたの仰せは、すばらしく広いのです。
ダヴィド少年が得ていたもの、それは優しさ、そして正義、名によりも深い神への信仰であったと思います。
聖書で神は、この世はサタンの支配化であると書いています。
闇であると。
私は、それが何となくしか分かっていませんでしたが、私は、歴史を通して、その事実を人の原罪を覚えます。
しかし、このような世の中にあっても私達に主・イエス様は、希望の光を与えてください
ました。
ヨハネ11:25 イエスは言われた。「私は、よみがえりです。 命です。 わたしを信じるものは、死んでも生きるのです。」
ヨハネ12:46 わたしは光として世にきました。 わたしを信じるものが、だれもやみの中にとどまることのないためです。
主・イエス様の十字架は、全ての人を悪から清め私達を天国へといざないます。
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今日は、良い天気でした。 2〜3日前は、気温も20度くらいで、5月くらいの暑さに感じた。
そんな中、東北の方の方は、震災と福島第一原発の事故によって、今も、恐怖と不安の中、暮らしている
と聞き、主・イエス様を信じるものとして、日々、被災者の人達のために祈る日々です。
さて、来週は、イースターです。
主・イエス様が復活なされたのですが、私は、今回、大正−昭和時代の牧師が書いた牧師の
神との対決の中から、主・イエス様にいのり、信仰について、この世での私たちの生き方について、模索したいと願
い書きました。
武藤牧師は、1893年11月28日生まれ、青山学院教授をした方で。日本メソジスト三田教会、本郷中央会堂の牧
師、また長崎活水女学院院長、戦後は日本基督教団本郷中央教会の牧師をした方です。
そんな彼が、神との対決という本で信仰についてこう私たちに諭します。
賀川 豊彦先生の最後の著書に「宇宙目的論」という本があり、そこで宇宙の事実を見て、この宇宙には、偉大な
目的がないとは考えられない。
人生には、目的があるように、宇宙にも大いなる目的がある。
それが自分の宇宙論であるといいます。
また武藤牧師の祈祷会に長い信仰生活を送られている婦人がご自分が育てたチューリップの花をみながら、都内
のアパートの狭い土地を利用して花を育てていた時、通りすがりの人に踏みつけられたり、根こそぎもっていかれた
りするけど時がくると、蒔いた種が芽をだし、素晴しい香の花を咲かすことを聞き、この上記の婦人と信仰生活と抽
象的に照らしあわせて聞いたとき、武藤牧師は感動を覚えたといいます。
武藤牧師はこのチューリップの話と、マルコの福音書にある種まきの話などを引用し、私たちに信仰とは何か?
それは、罪に絶望するのではなく、主・イエス様は、絶望するというような罪のかなたにある希望をかたっておられま
す。
と私たちに言います。
またヨ24:12を見るとこう書いてます。
まことにまことに、あなたがたに告げます。
一粒の麦がもし地に落ちて死ななければ、それは、一つのままです。
しかしもし死ねば、豊かな実を結びます。
主・イエス様が御自身が十字架にかかられ復活した後に私たちが聖霊を授けることを預言した箇所ですが、主・イ
エス様は、たった一粒の麦について、私たちに希望を与えてくださいました。
私が紹介したのは、一人一人が真理を悟り、聖霊により聖書の御言葉をしるならば、私たちには、希望があるとい
いたかったからです。
今の腐敗した世の中に対する希望です。
今回の震災は、自然災害でもありますが、人災でもあると、よくテレビやメディアは、放送しています。
原因は、今の唯物論的な資本主義的な考え方も関係していると思います。
心や精神は、物質(脳髄)の所産と考える心のあり方、人自身がこの世の支配者
であるかのような行為このような心のあり方について、考え直す必要性を感じます。
十字架を喜んで背負う愛こそがキリスト教の本質であり、この十字架を信じることが真の宗教生活なのである。
そこでもし、この十字架を背負う愛が社会経済の原理と認められるならば、経済の世界にも革命がおきるであろう
と私は信じると賀川 豊彦先生はおっしゃります。
生協の父ともよばれたかたで、消費組合、質庫信用組合、や学生信用協同組合、なども組織した方です。
賀川さんは協同組合は、キリスト教の兄弟愛の実践にほかならないといいます。
今回私は、種ということを主体に武藤 健牧師、賀川 豊彦先生たちの言葉を引用し、震災に於いて私たちの生き
るみちそれは、一人一人が、小さき種奉仕や助け合いをするならば、キリスト教の兄弟愛は人と人との絆に
よって、東北地方を復興できる。
キリストは、私たちに絶望=罪をしらせ悲しませるために来られたのではなく、復活のよきしらせ福音をしらせにきた
のであります。
4/24日は、イースターです。私たちの罪を赦すため主・イエス様は十字架にかかられ3日目によみがえられました。
まだ私たちには、希望があります。
天国の門は、この世の終わりまで開かれています。
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