信仰日記

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科学の果てに

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時代は、ちょうど産業革命があり、機械設備をもつ大工場が成立し、大量生産が可能となり、社会構造が根本的に変化して、近代資本主義経済が確立したが、その過程で人口の都市への集中、小生産者・職人層の没落を伴った。
また1765年に、ワットが蒸気機関を発明した時代で後に、蒸気機関車が出来た。
人類は、科学に頼る新しい時代を迎えようとしていた頃の物語で、大友克洋監督の映画でスチームboyという物語があります
。1866年マンチェスター、主人公は、レイという少年で祖父ロイド、父エドワード、共に発明家で、彼らは、科学の研究の為にならば、どんな事でもしてしまう人だ。
彼らは、莫大なエネルギーを、蓄えられる小さな球を発明するそれが、スチームボールと呼ばれる物で、たった3個のサッカーボール程の大きさのスチームボールが、バベルの塔のようなでかい城を宙に浮かす事ができる、恐ろしく莫大な力をもつ物体だ。
レイの父エドワード博士は、財閥と組この城に必要なお金を手に入れるが、彼らの目的は、武器の売買による金もうけで、あり、その為の発明を、エドワード博士は、科学のため、人を犠牲にしてまで、科学の偉大さを、そして実用性を、世に知らしたいが故に、兵器の発明までしてしまった。
祖父ロイド博士は、それが理由でスチーム城の開発を阻止しようとする。
この時代にはまだ科学を受け入れるだけのこころ、哲学、思想真理が、発展していなかったから・・・。
この時代の人々は日々争いと戦争が絶えなかった科学の発展ばかりで、おそらく倫理間がまだ科学に追いついていなかった傲慢と、欲望が中心の世界だった。
最後、スチーム城は、沈んでしまって物語はおわるが、今の世の中と対して変わっていないとかんじます。
世界中で、核実験が行われ、日本では、広島長崎の原発、北朝鮮は、科学の力を利用して権力を誇示し、クルド人の大虐殺では、罪もない人が科学兵器の餌食となった。
今世の中は、ボタン一つで、戦争になってしまう可能性がある危険な世の中になってしまった。
聖書では、創世記18章〜19章で、ソドムとゴモラの話が出てきます。
神の怒りに触れたこの町々は、火によって滅んだのですが、信仰の父とよばれるアブラハムは、主・イエス様にこう言います。
創世記18章23〜33までに、彼は正しい人のために彼は必死でこういいます。
「50人の正しいものがいるかもしれません。本当に滅ぼしてしまわれるのですか?その中にいる50人のためにお赦しにならないのですか。」
そしてどんどんにたような質問をし、最後「主よ。どうかお怒りにならないで、今一度だけ私にいわせてください。もしやそこに10人見つかるかもしれません。」
すると主仰せられた。「ほろぼすまい。その十人の為に。」
またヨナ書では、主はニネベの人々の人々の悪にたいして、ヨナは、預言をするように、主からつかわされる。
そしてヨナは、「もう40日するとニネベは、滅ぼされると」
しかし、彼らが悔い改めたので、主は、すべてかれらの罪を赦しましたが、ヨナは、主に怒ります。
主は、ヨナの機嫌をなおす為に、一本のとうごまの木を植えます。
そして翌日にこの木を枯らしてしまい、怒るヨナに主は、こういいます。
あなたは、自分で骨おらず、育てもせず、一夜で生え、一夜で滅びたとうごまの木を惜しんでいる。
まして、私は、この大きな町ニネベを惜しまないでいられようかと・・・。
ましてこの世の中には、何十億の人間がいるわけです。
主はこの世の中の正しい人全てが滅びず生きる事を望んでいます。
神は、私達の中に一人でも正しいものが主の十字架を信じ、主の教えを正しくまもり、神を恐れるものが、いるならば、
その人のために忍耐してくださいます。
だから、この日記を見た人も早くこの世が滅ぼされる前に悔い改め、神を信じてなかった不信仰を、赦してもらうことをおすすめします。
信じるのならば、神はいつでも待っていてくださいますよ。 

レッツ・ロール

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昨日7月7日、日本では七夕で、一年に一度、織姫と、ひこぼしが一年に一度出会う日で、私達は竹にそれぞれの思いをかいた紙にかけて、昔は行事として楽しんでました。
そんな日本では、みんなが心暖かな気持ちになれる日にロンドンの同じ多発テロは、おきました。
オルド・ゲートイースト駅〜リバプール・ストリート駅で車両爆破、ラッセル・スクエア〜キングズクロス駅、エッジウエア・ロード駅、大英博物館が近い、タビストック・スクエアのバスで同じにテロがおこなわれた。
聖書では、悪魔の存在がかかれている黙示録の13章には、獣の話があるが、まさに今回のテロは悪魔の仕業だとかんじます。
この間の、スマトラ島の津波にしても、本当に人間は弱くもろいものだなとおもいます。
もしテロの中に自分の家族や愛する方がいたとしたら、このテロをおこした者達は、どう思うのでしょうか?
私は以前同時多発テロ貿易センタービルが、飛行機ののっとりにより、奪われてビルに突っ込んだ事件のことを、思い出します。
私はしばらくして、本屋でレッツ・ロールという本を主のみちびきで、いただきました。
いまでも、教文官などで売られています。
主人公はリサ・ビーマーというかたで、テロで夫ドットをうしないました。
彼女は、妊娠5か月で、この子をいれると3人の子供がいます。
ビーマーは、本の中でこう書いてます。
1984年10月26日、に父は何の前ぶれもなく、胸の痛みで倒れ翌朝死んだとき、かの女は、まだ15歳でした。
「私は、世界がガラガラと音を立てて崩れ落ちるように感じました。
裏切られたような騙されたような気持ちでした。父は私達家族の礎でした。安心してたよれる岩のような存在だったと・・・。
彼女は神になぜ?と問いかけるようになり、教会の活動も消極的になり、いままで、
神への信頼も揺らいだみたいです。
十代の頃のビーマーには、信仰こそ失いませんでしたが、父の死が、かの女の信仰に暗い陰をおとしていたようです。
人間には生・老・病・死と、罪のせいで、出会いと分かれが常にあります。
マタイ10章37、わたしよりも父や母を愛するものは、私にふさわしいものではありません。
と書いてあります。
 これは、主・イエス様以上に他の者をあいしてはならないという意味の教えです。
 神よりも大事なものがあるならば神を憎むことにもなるからです。
  さて、ビーマーさんは、以前父をなくしました。しかし彼女の父が授けてくれた御言葉が、彼女の信仰をまもってくれたのでしょう。
 神への信頼も取り戻し、夫と子としあわせでした。
 
 しかし 彼女は、2001年9月1日のテロで今度は、自分の愛する夫をうしなったのです。
アルカイダの仕業だといいます。
  彼らは、子供達にさえ戦争をおしえるようですが、一人一人の人生には、リサ・ビーマーさんのように、これだけ人を愛し、そして精一杯生きてきたひと達がいるという事をかんがえてほしいです。
私はリサ・ビーマーさんを尊敬します、彼女は、御言葉についに従い、自分の最愛の人よりも、信仰を神の十字架の愛をとりました。
 
 そんな彼女から、愛する人をうばう権利など、誰にもないはずです。
最後、ドット(夫)は、最後、こういいます、「レッツ・ロール」と・・・。
それは、「さあ、僕達には大事な仕事があるんだ。気を引き締めていこう」おそらく彼は、こういいたかったのでしょうと本にかかれていますが、彼にとって見れば、子供のためにもさぞいきたかっただろうとおもう。
聖書では、ペテロという弟子がいます。
彼は、主・イエスさまが、十字架にかかるときに、私は、どんな時にも従うといっていたけど、にげてしまった人です。
そんな彼にでさえ、主は、3度こういいます。
ヨハネ21章で、「あなたは、この人達以上に私を愛しますか。」と・・・。
どんな時にでも、主は、私達を心配してくださいます。自分の子としてあつかうから、時に私達には、悲しみもあるのですが、彼らの死を、同じ多発テロでなくなった人のためにも皆さんがはやく主・イエス様の十字架を受け入れることを、ねがってます。 


 
 

タウンゼント・ハリス

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昔、1858年日米通商条約が、タウンゼント・ハリスによって結ばれた。
彼は、将軍家定と2年間、交渉して治外法権などの、米国にとっては、よくない条件をだされが、大国の権威をふりかざらない謙虚で聡明な人だったおかげで、 家定となかが悪くならずにすんだ。
ある時、ハリスの通訳(ヒュースケン)が、日本の浪士に切られるという事件がおきたその時、日本側の謝礼は、一万ドルだったそうですが、 もし、ハリスがこの条件で日本に異議を申し立てたなら日本は、米国の怒りを買い、米国の植民地になったかもしれない。
私は、自分の命を襲った日本人のため、2年も条約を結ぶためにご尽力をつくされたハリスにたいし、親近感さえ覚えます。
彼のおかげで居留地内の中に、キリスト教を知れる礼拝堂が誕生しました。
 
 しかも、日本人の出入りがゆるされたのです。 自分の命をねらった野蛮な私たちの事を赦し、次に日本に 米国の宣教師をこさせる時には、こうこうこういう条件の人を、いかせてくれるよう、ハリスは、日本人の為におっしゃっています。
 
 日本人は礼節を重んじ、清潔で英明な国民であるから、宣教師を送るにあたっては、
信仰心が篤いだけでなく、博学な人格者でかつ教育、医療の奉仕に殉じる事の出きる者のみを送ってほしいと・・・。
また、ハリスは、日本のキリスト教開教の思いを持っていた。
彼は、こう言っています。「もしも、余が日本を開国させて、キリスト教を迎えしめることを得ば、余はこれを持って誇り自ら幸福となす」と・・・。

 日米修好通商条約を結び横浜他、神戸など、五港の開港を成し遂げたハリスは、1878年2月25日74歳の長寿をまっとうしてしなれた。
 
 聖書では、マタイ5章39で、悪者に手向かってはいけません。あなたの右の頬をうつようなものには、左の頬も向けなさい。
40、あなたを告訴して下着をとろうとする者には、上着もやりなさい。
41、あなたに1ミリオン行けと強いるものとは、一緒に2ミリオンいきなさい。
42、求めるものには与え、借りようとする者は断らないようにしなさい。
そして自分の敵を愛しなさいと主・イエス様はおっしゃりまいたが、彼こそ、この御言葉をしっかり実行し、私達の子孫を導いてくださった。
数少ない、謙虚で勇敢な兄弟でありました。
 彼が日本に、命をかけて、礼拝堂を創ってくれましたが、主は、信じるものすべての心に聖霊を与え、私達に罪を知らせ、私達の心の神殿をどんどん、清くしてくださいます。
 
 また教会には、聖餐式があります。キリストの体(パン)と、血(ブドウ酒)を皆で飲むのですが、神は、御自身の体を裂かせて、律法では、飲んではならない血をのますのは、私達がどんなに世間では、ばからしいと思う罪さえも、犯しません。
という宣言でありますが、昔のソロモン王の神殿歴代誌29章では、3000頭もの生き物がささげものになりました。
 自分の罪のあがないのために・・・。
ヘブル10章の11〜14では、こう書いてあります。
また、すべての祭司は、毎日立って礼拝の務めをなし、同じいけにえを繰り返しささげますが、それらは、けっして罪を除き去ることは、できません、とあります。
キリストが十字架にかかった事実意外には、罪はのぞかれないのです。十字架以外のささげものは、ないのですが、私達は、だから真剣に神に聞き従うこと、神をおそれることの大切さをタウンゼント・ハリスさんからおそわりました。
キリストを信じるものは、救われると聖書では、いいます。

 この羊の門をとおるなら、皆すくわれます、使徒16、31主・イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族もすくわれますとパウロとシラスの2人を散々打ってきた、看守にいいます。
そして、この看守達の家族も救われたのですから、今からでも、誰でも主・イエス様をしんじたなら救われます。しんじるならば、誰でも・・・。 

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 小さな頃は、神様がいて、私の願いを叶えてくれる。
私は幼い頃は 、クリスチャンではありませんでしたが、漠然的には、目には見えないものを、直感でかんじていたのかもしれません。
誰でも、どんな人にでもロマン、冒険心や未知なるものえの憧れをもつものです。
しかし、その憧れは、時とともに現実の世界に浸っていく内に、お金や目にみえる現実だけを、理屈ばかり考えるようになるものではないでしょうか?
宮崎はやお監督の作品に、ハウルの動く城という物語があります。
時代は愛国主義全盛の物語で王国の兵士が戦地で活動する時代に荒地に美女の心臓をとって食べる魔法使いハウルの動く城が、あらわれた。
主人公は、ソフィーというハッター帽子やの長女で彼女は、どっちかというなら、現実主義の生真面目な少女なのですが、実は、妹にいつも「本当に帽子屋になりたいの?」、といわれ少し自分の生き方に疑問を感じている少女だった。
しかしある時、彼女は美貌の青年ハウルとであう。
何かに追われているらしいハウルは、偶然ソフィーをそのトラブルに巻き込んでしまう。
その時から彼女の苦労、いや冒険が始まった。
その後彼女は、荒地の魔女に魔法を掛けられて、90歳のばあさんになるが、彼女はすぐにたちなおる。危機感のなかでも、信仰でいうならば、感謝、祈り、を彼女は決して忘れない、心の貧しいもの(どんなときでもいつも感謝している)かたでした。
彼女は魔法を解いてもらう為に、ハウルの動く城に近づく「ばあさんの心臓は食わないでしょう」といって、その後、彼女は不思議と、青年ハウル、暖炉に住む炎の悪魔カルシファー、弟子のマルクル達と仲良くくらす。
ソフィーと、ハウルはいろんな出来事を通して、だんだんお互い心をひらきあうように、愛し合うようになっていく。
 さて話は変わり、この物語ではソフィーが、若返えるシーンがある。
 たとえば、こういうシーンがある。 
 ある時、ハウルの師匠のサリマンに言い訳をするときに彼は、ソフィーに一緒にいってもらった時
  彼女が真っ直ぐに、サリマンに勇気をもって語ると、ソフィーが一瞬わかがえる。
 またハウルは、前は髪は金色の髪であったが、とちゅうで髪が黒く醜くなってしまい落ち込んでしまうが、彼女の生き方彼への愛により、見せかけだけの、自分の中心の生き方よりも、
真っ直ぐにいきること、信じること、心を開くこと、大人への階段をのぼっていくことの素晴らしさを知る、
 彼は戦いの時に醜い化け物になる。
彼は、罪のない人々が死ぬのががまんならない。
正義の心をもっているその厳しさが、強さが、ハウルは穏やかなかたですが、穏やかでおちついた人物のうらがえしなのだろう。
 このものがたりでは、抽象的な表現が多く、髪の色にしても、戦いの時には化け物になったりする個所にしても、勇気をもったりすると、若返ったりする場面にしても、抽象的に私達に対して訴えかけるシーンが多々ある。
 
 何が本当の美なのか?本当の若さとはなんなのか?また、
戦うものの理由が正しくとも自分が悪魔のようにならないようにしなければならないミイラとりが、ミイラにならぬように・・・。
そんな教訓も描かれているように気がする。

 
 後半でハウルの動く城は、ソフィーのミスでほぼバラバラにこの城は、カルシファーの力でなりたっていたしかも、カルシファーは、ハウルの心臓だったようだ。
彼女のせいでハウルが死にそうに、しかし彼女の勇気ある行動と、彼女の信念が届き、彼らは、ハッピーエンドをむかえたようだか゛、この時彼女の髪は白かったが、もう90のおばあちゃんではない彼女は大人の少女だったまるで、神の問いかけのようだ。
主・イエスさまは、御言葉で、誰でもこどものようにならなければ、いけないよ。
というが、年をとっても心は、いつまでも若い心をもつこと、そしていつも誠をもって、いきること全てをさらけだす勇気、そして互いに、愛し、励ましあうことの素晴らしさを、この作品からしりました。
私達の心にも、小さな頃には神様がいたのでしょう。
しかし主・イエスを信じるものには、大きくなっても、死んでも神様がいます。
何処にでしょう?御言葉としてです。信じるならいまからでも・・・。
主・の十字架を信じるならば・・・。
 

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ドイツ中部のチューリンゲン州に、世界初の幼稚園を創られた、フレーベルという方がいたそうです。
彼の父は、厳格なルター派の牧師で、朝夕の礼拝や日曜学校の出席をことあるごとに、フレーベルに強制したそうで、その父の神への信仰を持ってほしい、救われてほしいという思いがあだとなり、フレーベルは、礼拝中に聖物納室に閉じこもり、ひとりこもっていたそうです。
しかし父の熱心が主・イエス様への情熱が違う形でフレーベルに信仰を与えました。

彼は幼稚園の創設者でありますが昔の世でも、幼稚園を創るには、お金がいりますし、まして彼の時代は運悪く、反ナポレオン戦争などがあり、経済的に国が安定していたかというならば、そうではない時代でしたのでとても苦労したようです。
 
 また国民が、余裕もなくてなんの利益にもならない、幼稚園をつくることに疑問を持っていた。
 当時のプロイセン政府も、彼の教育観を理解できなかった。
彼が、なぜ教育者の道を歩んだのかは一人の人物の一言だったそうです。
 主・イエス様の導きだったのでしょう。

 彼は、20代のころ、人生の岐路にたたたされます。
彼は父の死後、初めは建築技師になろうとしますが、彼はフランクフルトにグルーナーが校長先生をしている模範学校の教師をしているときに、「建築家よりも、教育者になりなさい」と勧められ、それがきっかけで教育者の道に進む、彼は、熱心に教育学をまなび大学では、言語学、鉱物学、物理学、のような自然科学を研究なされ、彼の教育観の基礎をきづいたようだ。
彼は、幼稚園の創設のため、ストックホルム大学教授の座も捨て、自分にあたえられた、主・イエス様の導きを選ぶ。
例えていうなら、シャンボ・ジェット機の機長が、バスの運転手になるぐらい、ばかげた話だったのではないかと思う。
しかしかれは、夢をあきらめないかただった。
聖書でもヤコブ4章15で、「主の御心なら、私達はいきて、このことを、あのことをしようと」
また聖書には、ルツ記という書が、あります。
夫も妻も、ユダのベツレヘムのひとで妻の名は、ナオミといい、二人の息子がいてかれらの地に飢饉があり、彼らはモアブの野へいくが、夫が死に彼らの息子は、それぞれモアブ人の妻と結婚していたが、不運にもその二人の息子も死んでしまう。
 
 ナオミは、二人の嫁に実家にかえるように、勧めた時にモアブ人のルツだけが、ナオミにこういったそうです。
「あなたを捨て、あなたから分かれて帰るように私をしむけないでください。あなたの行かれるところへ私も行き、あなたの住まれるところに私も住みます。あなたの民は私のたみ、あなたの神は私の神です。」
あなたの死なれる所で私も死に、そこに葬られたいのです。
もし死によっても私があなたから離れるようなことが、あったら、主が幾重にも私を罰してくださるように」といいました。
当時、神の民はイスラエル人だけでありました。
イスラエル人は、、異国人と結婚してはいけなかったようで、しかもモアブ人は、イスラエル人の敵でさえあった。
ルツにとってみれば、結婚などできるわけがないにもかかわらず、彼女の選んだ道は、神への信仰でした。
フレーベルも、ルツもナオミも、神のためにいきた真の信仰者であります。
自分の人生を全て捨ていきた。 心を尽くし、力を尽くし、精神を尽くして、あなたの神である主を愛せよ。という教えがありますが、現代の世でも、昔の世でも、神は目にはみえなかったそれなのに、世界のほぼ3分の1の人が主・イエスキリストが十字架にかかったのは、私達の罪のみがわりなってくださった、また主の復活と終わりの日の私達もキリストと共に蘇えるとしんじてる、事実に改めて彼らを通して、神の存在そして、信仰というものの素晴らしさを主から教われました。
最後、フレーベルの幼稚園創設の意志は、今現代の世界にひろがりました。
神は、彼らを愛したから、そして信じるものも救われるから、
 

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