信仰日記

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今年も早いものでもう、2カ月位になった。
私の近所の公園では、紅葉が散り初め多摩センターでは、もうクリスマスツリー
が、建てられていた。
集団自衛権、安保関連法案、秘密保護法案やTPPなど、最近私たち国民にとって、この
政策はどうなんだろうと考えさせられる事が多い。
戦後70周年で、皮肉にも憲法の9条が破られてしまった事は残念でした。
次の選挙の時に憲法を正しく解釈し、立憲民主主義に相応しい。
総理が選ばれる事、平和であるように祈ります。
さて、今日は主・イエス様にお祈りをして、サレジオ会を創設したドン・
ボスコと、ミヒャエル・エンデさんがかいた、モモという物語から、罪と永遠
の命について、書こうと思います。
1815年イタリアのピエモンテの農家の子として、ヨハネ・ボスコは、この世
に生をうける。
彼がたった2歳の頃、父が他界したせいもあり、ヨハネ・ボスコ(ドン・ボ
スコ)は、幼少期に極貧の中で過ごす経験をした。
しかし、貧しいながら勤勉であったであろう、ドン・ボスコは、16歳でト
リノの神学校に入学しているが貧しかったので、皆から、服や靴を分け与え
られたのだという。
きっとこの時に、ドン・ボスコを通して私たちは、聖書の箇所で、思い悩むな、
食べ物の事や衣服よりもあなたがたの方が神にとって大事である。
また栄華を極めたソロモンでさえ、野のゆり程着飾ってはいなかったのだ、そし
てこの野のユリが働きもせず、紡ぎもしないという御言葉と、1アサリオンで売
られている2羽の雀の1羽でさえも、あなた方の父がお許しならならければ地に
落ちる事はないと言っている聖書の箇所が思い浮かぶのではないでしょうか。
ドンボスコは確かに、野のユリのごとく、自分で作った服ではなく、学費も自分
の力でもなくただただ、神の恵みによってすべてがあたえられました。
なぜ、彼が神を信頼できたのかというならば、神学校へはいる5年前に神から
の啓示を受けて、貧しい者達を助け、教育する事こそが自分の職務であると確信
し、生涯その自分の与えられた使命に忠実でありつづけたと言います。
1859年にドンボスコは22人の仲間と共にサレジオ会を作る。
この修道会は、聖フランシス・デ・サレスの名を取ったと言われており、1888年ころには、南北
アメリカに26、ヨーロッパに38となり、会員数も768人にまで増え、現在世界中に広まっていった。
上述した事から、ドン・ボスコは、少年を守護する聖者と言われている。
また、彼は、手持ちの食べ物を何倍に増やしたり、神の奇跡を起こした人としても有名でした。
さて、今度は、モモという物語の2つばかり抜粋して話を進めて行きます。
この小説は、聖書的な観点からいっても中々良い物語で私自身もはっとさせられる事考えさせられる事
が多々ある童話本です。
その中で、おおぜいの為の物語とひとりだけの物語という章があります。
簡単にいうと女帝が戦争に勝ち、敗北した王に金魚を献上するように要請するのですが、
王は、この女王の欲深い所に目をつけ、偽りの金魚を贈呈します。
その魚の名はクジラでした。
そして、王は、そのクジラは、大きくなると金魚のような金になると教え女王をだます物語で、
察しの良い方は、もうおわかりだと思いますが、女王は、クジラが大きくなればなるほど、欲深くなり
クジラの為の費用がかさみ、またそのお金になるクジラの事だけを考えるようになってしまい、最後
敗北した王に負け、最後女王はクジラの水槽に身を投げて、死んだという話です。
簡単に人を信じていいのか?また、罪とは何たる事なのかをよく表しています。
人は、自分の欲望やこの世を愛しすぎる時に自分という存在を知ってしまう。
与えるのではなく、大きな貪りは、聖書のモーセの10戒でも罪として定められています。
それが例えば、教会を大きくしたり、利益になる事に関してや一般の道徳や法律に触れない事柄
でさえも聖書では、貪ってはならないと言います。
その理由は、この世に未練が残り、神の命令よりも、自分の大切なものが生まれてしまうからです。
この事について、ひとりだけのための物語で、ミヒャエル・エンデさんは、このような物語
をつくり、私たちに永遠の命に至る方法を示唆しているように感じます。
今度の物語は、この2つの物語を私が紹介しましたが、この童話の物語をかたった観光ガイドのジジ
とモモの事をファンタジックに話した物語で、モモがガラスの色とりどりの城に住む姫さまで、永遠の命
をもっており、それというのも魔法の鏡によってすべての影を自分の物にできるのだと言います。
ただ、なぜか自分の姿をその魔法の鏡で見ると、永遠の命を失うという事です。
そして、姫は永遠の命を失ってもいいから、どこにいるかわからない、王に会う為に自分が、
永遠の命を失ってしまうと言われていた、魔法の鏡に自分を映して影を作り、鏡と自分の影を
下界に送ります。
さて、王子はジジの事で、明日の国の王子でしたが、王子は悪い妖精に騙され、悪い妖精と暮らして
いました。
そして、王子には、1年の間空に漂う銀の鏡を見ないようにいいます。
そうすると自分が何者であるか忘れ今日の国に行き、貧しく哀れな生活をするようになると
言います。
しかし、あるとき王子は、雨の変わりに流した姫の涙により、天を見上げ、鏡を見てしまいます。
すると、悪い妖精が、醜い者で、モモ姫こそ本当に愛する人だと気づくという物語です。
その後、モモ姫とジジは、今日の国で互いに貧しかったのですが、出会い最後また、明日の
国へ行くという物語です。
ここで、ミヒャエル・エンデさんが私の憶測ですが、言いたかった事は、きっと姫のように、
自分の我欲や愛肉欲に捕らわれると、自分を知ってしまうのだと言いたいのだと思います。
昔、創世記の頃、アダムとエバは、楽園で暮らしていたが、サタンのにそそのかそれ、神が
食べてはならないという、善悪の知識の木を食べてから、自分が神と同じように、恥ずかしい
とか愛するとか感情が芽生えた事から、罪が始まったのですが、きっと知るという事は本来の
聖書の神の書いている律法や掟により、私たちは知っていて、罪や自己を知らないものへと変え
られるのではないかと思います。
誤った罪や欲望は、私たちを神から遠ざけ、この世へ愛が、この世を今日の国、今の世がその人に
とってのすべてとなってしまう。
この事は、今の社会生きてる人の中に会社や家族など、自分の事柄以外に対してだけの執着が強くなる
が故に、社会の為に貢献したり、他人の為に与えるという事や聖書の主・イエス様を信じたり、善を
行うといった、ミヒャエル・エンデさんが紹介したであろう、明日の国=天国を見いだせなくなって
しまっている事に私は多々気づかされます。
その原因は、日々家族や自分の生活の事以外や義や平和に対して、無関心でいる事そして、日々与えられて
いる感謝の気持ちを忘れてしまう原因は、自分の為にだけ貪る罪こそが、今日のこの現実だけを自分の現実
として、捕らえる罪の始まりだからです。
人間には、肉体と霊があり、神は霊であります。
だから私たちは、天国があるといえるのです。
明日の国を天国と仮定するならば、この世の中を貪るようなこの世の欲望や執着を捨て、神に帰依する時
私達の心の中に神の国が実現するのではないでしょうか。
大切な事は、今日の世も現実だけども、明日の国を見る視点も大切な事なのです。
今日は、主・イエス様に祈り、与えられている事、与えるという事の大切さと、貪りについて
お話しをしました。
主・イエス様の十字架は、偽の今日の国の現実に気づかせ、永遠無限不変の明日の国、将来私達が住む
であろう天国へと私達をいざないます。








墨の親石なれど

最近、地震や火山活動が活発かしている。
 この間、日本全体を震わす大きな地震があった。
幸いな事に、震源地と深さの関係もあり、東北の震災のような大きな被害はなかった。
まるで、神が私達の罪に対して、警告を与えているかのようだ。
今日ふと、新聞を見ると、尼さんの、瀬戸内寂聴(93)さんが、戦争の
体験から反戦運動に参加していた。
1991年の湾岸戦争では、停戦を願い断食、2001年の米同時多発テロでも断食をし、イ
ラク戦争の時には、戦争反対の新聞広告を出したという。
昨年の5月に背骨の圧迫骨折で入院して、さらに、9月に胆嚢ガンの手術をしたばかり
で、法話を再開したのは、2カ月前だという。
 今回、2015年6月18日の国会前で彼女が語った事を簡単に紹介します。
 「最近の状況は、戦争にだんだん近づいている」、1922年生まれの私は、いかに戦争がひどくて、大変か身に染みて感じた。
戦争にいい戦争はない。すべて人殺しです。
最近の状況は、寝ていられない程、心を痛めていた。どうせ死ぬならば、本当に怖い
事が起きているぞと申し出てにたいという。
世界の為、日本の為に常に、行動をしてきた。寂聴さんの話に感動しました。
また、日清戦争の時代、勝海舟は、氷川清話でこのように語っています。
日清戦争は俺は、反対だったよ。なぜかって、兄弟げんかだもの、犬も食わないじゃないか。
 たとえ日本が勝ってもどうなる。
 中国は、やはりスフィンクスとして、外国の奴らにわからぬに限る。
中国(支那)の実力が分かったら最後、欧米からドシドシ敵が押しかけてくる。
 日本は支那と組んで、商業なり、工業なり、鉄道なりやるに限るよ。と言っています。
中国、朝鮮は、日本にとっては、兄弟のようなもので、互いに協力し合う事が大事なのだ
といっているのです。
彼自身、剣持てども、剣が抜けぬようにしていたそうで、平和主義者でした。
世界は、今や、第3次産業の発展により、グローバル化してきた中で、インターネットなど
で、他国の人達との交流がなされるようになりました。
 聖書では、神は、人間を被造物としてつくられたのだといいます。
この意味は、人は神に似せて作られていると言うことです。
人間は、もとは、神に創られた兄弟のようなものなのです。
ところが、一部の人達の利権や争いの為に、上述した勝海舟や瀬戸内寂聴さんのような、考え方
が、出来ない事は、悲しいことだと感じた。
さて、今日私は、東京帝国大学の山本 有三さんが書いて、朝日新聞で掲載されていた。
 小説の路傍の石と言う物語から主・イエス様から教えられた事を書こうと思う。
主人公の吾一の父の祖先は武士でしたが、位の低い武士でありました。
だから、武具を質屋に入れていたのだそうですが、勇敢な方で、手柄を立てたのだといいます。
祖父も勇敢な方で、将軍が朝廷に恭順する事に反発した武士が、彰義隊をつくり明治新政府に反対
して起こした隊でしたが負けて、祖父も逃げたといいます。
また父は、幼くして父を失い、後見人に財産をだまし取られたり、土地の権利書の問題で、
愛川一家の土地かそうでないか、国ともめ、裁判を起こして負けてしまいました。
財産もなく、お金もない状況で、父は、裁判の問題で東京にいて、仕事もしない状況でした。
吾一の成績は優秀で、学校では、勇敢で知恵のある物として絵描かれおり、子供の頃は貧しいけど幸せでした。
 後に、いせ屋の秋太郎とおきぬのもとで働かせるまでは、学校で勇気があり、賢い子で通っていました。
それが、彼の家が貧しいばかりに中学校にも通えず、母の為にいせ屋で働き始めると、おきぬは、手のひらを
返したように吾一を見下すし、秋太郎はそんな事はしなかったが、彼の名前は、吾一から五助に変えられてしまった。
その後、彼は母が亡くなるまで我慢していせ屋にいるが、母が亡くなると、以前父が手紙で東京にいると言うので
その場所に行くと、今度は、そこの大家のおかみと娘にさんざんこき使われ、ほぼただ働きのような生活をさせられた
挙句、捨てられてしまう。
その後、インチキくさいおともらい稼ぎ仕事をする老婆と、葬儀の時にもらい物をし、設ける仕事をしていたが、そん
な人間として最低な生き方に我慢できなくなった、吾一は印刷の職場につく。
ここでもさんざん苦労し、いじめられた吾一は、以前の先生の次野先生と出会う。
次野先生は、以前いなば屋のおじさんに協力してもらい、中学校へ行くように、話をしてくれた人だ。
 けれども、母の仕事をもらうために仕方なく、いせ屋で働く事になった。
だから、次野先生は吾一のもっとも信頼できる人だった。
 次野先生は、いなばのおじさんから、当時で言うと大金の100円を愛川 吾一の為にもらっていた。
このお金は、吾一をいせ屋のような所でこき使われないようにし、学校に行かせて立派な人になって
ほしいと思い、吾一の為におじさんが次野先生に渡しておいたものでした。
しかし、次野先生は、そのお金を結婚した嫁の病気を治すために、半分使ってしまった。
今は、東京の商業学校で教えているようだが、作家を夢見ている貧困生活の為、残りの金も使ってしまった。
そんな中で、吾一が何処にいるのか探してはいたが、次野先生は、吾一にこの小説路傍の石で、あやまり、
最後、商業学校に入れる事を約束してこの物語は、終わるのだが、この物語は、まだ完成してないまま、
山本有三さんは、ペンを折った。
当時明治の中期の時代、軍国主義がだんだん鮮明になって行き、社会主義の思想が弾圧されていき、自由に書けなくなって
きたのが理由でペンを折ったと言われており、続路傍の石が書かれているのであるが、作者の意向もあり、私が上述したように、
次野先生が吾一にあやまるシーンで終わっているものが多いそうだ。
なぜ、筆者である山本有三さんが、続路傍の石があるのにも関わらず、完成させず、このままの状態で終わらせたのか。
それは、次野先生を自分自身に抽象的に置き換えたからではないだろうか。
 次野先生は、子供達に正直でうそをついたりしないように教育する教育者であるばかりではなく、将来、次野先生が、文学家に
なる事を夢見て、酔っぱらって勢いよく話をするシーンがある。
 私の憶測かもしれないが、次野先生を山本さん個人と重ねてこの物語の終わりを吾一に対して不正を行い謝るシーンで終わらせている
のだと私は、痛感した。
文学者はいかなる時代に於いても間違った意見に屈服するのではなく、正義と平和を愛し生きて行くことの大切さを教えたいのだと思う。
 そして、その時代の一人一人が、そのように、悪い時代に流されずに正しい行いをする事の大切さを訴えたかったからこそ、
自分自身の弱さに不甲斐なさを覚え、責任を感じた山本有三さんの路傍の石は、素晴らしい文学であったのだと思いますし、
私はこの作品を称賛しております。
聖書で、ルカ20章17で主・イエス様は、このように言っています。
「家を建てた者たちの見捨てた石、それが礎の石となった。」
家=この世の指導者、見捨てた石=主・イエス様であると思われるが、山本有三さんの路傍の石の小説は、まさに世の中の迫害に会いながら
も、その思想を曲げずに資本主義、自由主義、社会主義の理念を通した。立派な作品でした。
今日は、主・イエス様に祈り、どのような時代においても、正しい生き方をする者事の大切さを学びました。
人間には、肉体と魂があります、
霊と誠により礼拝をしなさいと聖書で主・イエス様はいいます。
でも主・イエス様は、行いを正し悔い改めて、主・イエス様を信じた人全てを平等に天国へ入れてくださいます。
初めの者も後の者も、多く与えた人も少なく与えた人も平等に罪をあがなってくださります。
だから主・イエス様の十字架を信じる人は、だれでも救われる事ができます。
 

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昨日家から少し離れた道を何げなく歩いていると、
そこには春に咲く小さな青い花が咲いていた。
私の家の庭には、梅の木が2本植わっている。
家の近くのほうの白い梅は、満開なのだが、庭の奥の梅は、
まだ、そんなに咲いてはいない。
でも、ヒヨドリ、メジロ達は、そんな事は気にしない。
どちらの梅の木にも同じようにやって来る。
さて今日は、主・イエス様に祈り信仰による生きる事の意義
と恵みについて、書こうと思う。
周知のとおり、今から約4年前、東北で震災があった。
その時の津波により2万人の尊い命が失われ、また、
人の怠慢に怒りくるったのかのごとく、福島の原発が
爆発してしまった。
パウロ・ネメシェギという上智のカトリックの先生は、
著書で、原発と言うものの脅威について、書かれておられた。
そして、昨日報道された話によると今だに原発の海への放射
能の漏れは、終息していない事が新聞で、久々に露呈された。
私達は、現実に、目を向けて生きる必要がある。
私が、紹介したい話は、その当時、日本キャンパス・クルセード・
フォークライストが、作っている、HOPE FOR LIVING JAPAN
という東北支援の為のDVDに出演していた、森 祐理さんの証に
ついてです。彼女は、京都市美術大学声楽専修卒の福音歌手です。
国内外で、被災地を巡り、刑務所で慰問活動が認められ、法務大臣
顕彰を受賞なされた方なのですが、このように彼女が、人々の為に、
歌や支援活動をするきっかけとなったのは、阪神淡路大震災での森
さんの弟の死がきっかけでした。(このことに関しては、上記で紹介
した東北震災の人の支援DVDでも森さんは、証をしている。)
彼女の弟は、大学4年生で、神戸に下宿していたのだと言います。
その下宿のガレキの下で、彼は遺体となり、見つかりました。
牧師や、父に担がれて毛布でくるまれ、家に運ばれた時、森 祐理
さんの心には、ガツン開けられたような心の穴が開いたといいます。
家で、紫に腫れ上がった弟の顔を眺めていた、裕理さん、その時
心の中に弟さんの声が響いてきたのだといいます。
お姉ちゃん、俺死んでいないよ」「俺もっといいころ天国へいったから
心配するな」と・・・。
その時、涙があふれ、でもその涙は、悲しみの涙ではなく、死をも乗り
越えさせて下さる、主・イエス様の大きな神の力を感じた、畏怖の涙で
あるといいます。
その時から、森さんは、上記で書いたような活動を始めました。
そして気づいたのは、自分だけが苦しんでいるのではなく、どんな人も
心に傷を持ち、慰めを求めているのだ、彼らの痛み、苦しみだけではな
く、彼らの優しさ、温かさが私の心の穴にどんどん流れこんできたのだ
といいます。
森さんが言いたい事それは、全知全能の神がある主・イエスキリストを
信じるならば、私の弟にまた会える、死は終わりではない。主・イエス
の十字架を信じ、信じて口で告白し、罪を悔い改める人達は、誰でも救わ
れるですと言いたかったのではないか思います。
もし、主・イエス様が、私達の罪の身代わりとなり十字架に架かってくだ
さり、私達を救ってくださらなかったならば、私達は、絶望に打ちひしが
れてしまうかもしれません。
でも、確かに主・イエス様を信じる人にとって、死は始まりになります。
ローマ6:22 あなたがたは、今は罪から解放されて神の奴隷となり、聖な
る生活の実を結んでいます。
行き着くところは、永遠の命です。罪が支払う報酬は死です。
しかし神のたまものは、私達の主・キリストイエスによる、
永遠の命なのです。
主・イエスを信じる人は、今からでもあとでも救われます。
なぜならば、信仰の父アブラハムは、割礼を受ける前から信仰により神の
義を獲得していたからです。


国の繁栄と栄えは

最近は、ゲリラ豪雨と言われる雨が多々ふるようになった。
この間、三鷹で、雹が降ったと言う。
聖書で、神である主・イエス様は、言う。神は、悪人にも善人
にも同じように恵みの雨を降らせてくださると。
さて、今日は、内村鑑三が書いた。デンマルクの人々と言う小説
から信仰の持つ力と生きる意味について書こうと思う。
1864年デンマークは、ドイツ、オーストリアと戦争し、デッペルの一戦
で敗北を期す。
これにより、良い領土もとりあげられ、デンマークの人々は、悲嘆にくれていた。
ところが、そのような、苦境をものともしないかたがいた。彼の名は、工兵士官
ダルガスと言う人です。
ダルガスは、土木、地質、植物等々の学者で、また、詩人でありました。
そして、彼の祖先は、ユグノー派であったのだそうです。
ユグノー派は、ルター、カルバァンの時代、キリスト教で宗教改革が起き、カトリ
ックとプロテスタントの2派に分かれた時にプロテスタントの集団で構成された党で
スコットランドでは、プレスビテリアン(長老派)、イギリスでは、ピューリタン
、オランダでは、ゴイセン、フランスでは、ユグノーといった党が出来たのですが、
早く言えば、プロテスタントの一派です。
彼らは、なぜデンマークにいるのかと言うならば、1685年の頃信仰の自由を獲得する
為に故国、フランスを追われたからです。
このユグノー派の方達は、熱心と自由、勤勉であり、イギリス、オランダ、ドイツ
で、多くの有利的事業を展開したといいます。
その祖先のダルガスが何をしたのかと言うならば、デンマークの国土の二分の一を占める
人間のエゴや欲により荒廃した砂漠を豊かな大地にする事でした。
彼は、戦争で負けた、怒り悲しみ復讐心を戦いや暴力ではなく。聖書で書いてあるように
剣で持って失った物を鋤を持って取り戻そうとしました。
彼の精神には、預言者イザヤの精神、主・イエス様の精神が宿っていました。
預言者イザヤは旧約聖書に出てくる人物ですが、彼の時代、イスラエル、ユダの神の民は、バビロン捕囚
アッシリア捕囚にあい、絶望的な状況におかれていました。
しかし、最終的には、パレスチナ帰還が実現します。
同様にダルカスのデンマークの地を豊かな大地にする試みが信仰と祈りによりはじまりました。
しかし、シラーが言うように天然には永久の希望がある壊敗は、人の間に於いてみるのだ、と言うことば
の通り、中々物事はうまくいかなかったといいます。
天然の砂漠でしたならば、水をそそげば、沃土となるのだそうですが、人の為に失われた痩せ細った大地
は、そう簡単には、いかない。まず木を植え林を作り、その林に生き物が住み、食物連鎖が起き、大地は、
復興していくのですが、木が育たない。
強梗なる樹木でも失敗しました。
それでもダルカスは、あきらめず、研究し、その研究は子供に受け継がれ、2世代で、ついに、樅の木を
育てる事そして多くする事に成功する。1860年には、15万7千エーカーであった山林が1907年には、47万6
千エーカーに増え、デンマークは、四国を少し大きくした位の国にかかわらず。
日本の総人口の二分の一の人口にも関わらす゛、貿易は、日本の二分の一の経済力を持つにいたり。
牧場、家畜、沿岸の漁業、世界の彫刻でも名をあげ、アンデルセン、キルケゴールなど、優れた文化を形成して
行きました。
これらの元となったのは何でしょうか。
それは、主・イエス様を信じる信仰と自由宗教から来る熱意と忍耐、そして国と人への愛それに加え、主・イエス様
の恵みである。樅の木の不思議な力が加わり、デンマークは、復活しました。
敗戦により、領土の幾つかを取られた小国デンマーク、彼らが教えてくれた事、それは、国の復興に必要な物は
その民の平素からの修養にあり、善き宗教、善き道徳、善き精神があればこそ、内村鑑三が冒頭で挙げた聖書の御言葉
イザヤ35章のレバノンの栄えを喜び叫んだ。聖書箇所と同様に、デンマークも復興をしたと言う事です。
最後に第一コリントの手紙15章12〜紹介します。
ところで、キリストは死者の中から復活されたと宣べ伝えられているのなら、どうして、あなた方の中に、死者の復活
などない、と言っている人がいるのですか。
もし、死者の復活がないのならキリストも復活されなかったでしょう。そして、キリストが復活されなかっのなら、私達
の宣教は、実質のないものになり、あなたがたの信仰も実質のないものになるのです。それどころか、私達は、神について
偽証をした者ということになります。 なぜなら、、もしかりに、死者の復活はないとしたら、神は、キリストをよみがえらせ
なかったはずですが、私達は、神がキリストをよみがえらせたと言って、神に逆らう証言をしたからです。
もし、死者がよみがえらないのなら、キリストもよみがえらなかったでしょう。
主・イエス様の十字架こそ私達の唯一の救いの道であり、希望です。
 
 
 

 
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今年も早いものでもう2月になろうとしている。
私の母が、家の上にたった一つつぼみだけ、花が咲こうとしているのだと聞き、寒さの中に生きると言う事、生命の大切さを覚えた。
さて、今日は、田中 英光さんの書いた小説のオリンポスの果実と言う物語から、人を愛する事と人の思いの強さと罪の事について
また、愛情について学びたいと思う。
まず、田中英光と言う人物は、東京生まれ、早稲田大学政治経済学部卒大学在学中に、漕艇選手として、ロサンゼルスオリンピックに
出場し、今回の物語は、その経験を生かした恋愛と若き20代の頃の青春物語である。
太宰 治を尊敬し、私淑しており、私個人として思うのだが、今回紹介するオリンポスの果実は、太宰の作品と似ている傾向がある。
何が似ているのかと言うならば、例えば、太宰は、人間失格を書き、その主人公は、何度か恋愛の相手と心中しようとするのだが、
実際、太宰も、フィクションとは一概に言えず、実際に恋愛の相手と一緒に心中した。
太宰は、自殺するのであるが、自分の自叙伝であるかのような、作品であり、田中さんの作品の場合も、実際田中さんが、この主人公
大坂と熊田 秋子のように、田中も漕艇選手であり、相良 八重が、熊田 秋子のモチーフとされており、太宰と違うのは、田中の場合
恐らくであるが、田中=大阪、熊本=相良といったように、フィクションなのだけれども、実際のノンフィクションである、田中の関係し
た人生、人間関係を模写した物を、そのまま文学として発表しているような感じがする。
当時1932年のロサンゼルスオリンピックにボート競技選手に選ばれた坂本28歳になって女房子供ができてから書いた作品という所から物語は始まる。
主人公の大坂が、20歳位の頃で、満州事変が、1931年頃であったので、当時は、少し前が、世界恐慌であったので、とても大変な世であった。
初め大坂(ダイハン)は、横浜から、船で、上述したオリンピックに、出場する為また、その前の演習も兼ねて、ハワイ、サンフランシスコなどへ行く、
その船のなかで、熊本 秋子に会う。
主人公と同じ高知の生まれ、そして、隣りの床屋さんの家の何の変哲もない普通の女の人でも、主人公にとっては、そうではなかった。
一目見てから好きになり、その好きとは、安易な肉体関係を持つ事よりも、むしろ、文学的なメルヘン的な思いを抱いたそうです。
その頃から、犬のように、熊本の事を追い回すようになり、何をするにも、熊本の事を意識するようになる。
しかし、自分は、今は競艇の選手であるという事との葛藤に若き青年である。大坂は、苦しむ。
初めの内は、2人の関係は、少なからず、うまくいっていた。
熊本の知合いの内田と熊本と主人公と競艇仲間で、卓球をやったり男女仲良く話す事が1人のオリンピック選手であるという自覚の尊厳により、許されていた。
当時の日本は、今とは違い手を握ったりする事だけでも、ひどく中傷されるような時代であった。
だけども、主人公と熊本はこの頃まて゛楽しく過ごす。
主人公も練習に身が入り、元来主人公は、文学青年で体会系の人ではなく何事にも引っ込み事案な方であったが、全てが順調に言った。
ところが、男女のなかで、いかがわしい事件が起きてから、男女が一緒に遊ぶどころか話す事さえ禁じられてしまう。
主人公が、熊本と懇意であった事は、漕艇仲間全員がしっていたので、元来弱気で経験の浅い主人公は、さんざんイジメられてしまう。
でも、熊本が後に、外人選手と二人でいたといううわさがたった時も、熊本の事となると彼は引き下がらない。
それだけ、思いが強かったからだ、熊本の方も、上述した男女の事件があり、ちょうどその頃、ハワイにつく頃であったが、もう、2人ともこれからは、お互い
選手としての自覚を持つ必要があり、恋愛にうつつを抜かしている時ではないと思っていたので、熊本は、こんなにしていて、みつけられては、大変やわ、これ
あげましょうと言って、杏の実を、主人公にあげる。
主人公は、彼女の事に近づけなけなくなった変わりに赤い日記にその思いを書くようになり、ロサンゼルスで後に買う財布に、その杏の実を大事に持っていた。
練習にも精彩さが欠け、先輩から怒られ、そんな中、副監督から貸してもらった、コダックを主人公は失くしてしまい、その事の猜疑心から熊本の事をあまり、
考えなくなる。
でも心はそうでなかった。
そして、最終的には、ロサンゼルスオリンピックに主人公も熊本も参加する。
結果は、第一次、二次ともに3位であり、熊本の高跳びの成績は、良い成績ではなかった。
しかし、漕艇の日本の選手は、瞬発力こそなかったのだが、もし、もう少し距離があれば、2位を追い越していたであろう、すさましい追い上げをみせ、そして練
習は、他のどの国よりもたくさんこなしていた。
海外の国からは、非科学的であるように見られていたが、日本人は、(第10回ロサンゼルスオリンピックの開会式で入場行進する日本選手団。金メダル7個を獲得
した=昭和7年7月30日(金メダル、銀メダル各7個、銅メダル4個という大成果を挙げた。特に男子競泳陣は6種目中5種目に優勝、)という大挙を成し遂げて
いた。
漕艇は、体の小さいな日本人には、向かない競技であったので、いい成績を残せなかったが、私がこの物語を読んで、関心したのは、たとえ4挺身半の開きがあっ
たとしても日本の選手は、ゴールまで全力を尽くし、倒れる程に、頑張ったと言う事である。
お国の為に、彼らは必至でありました。
そして、それは、過去2年間の血と汗終った合図でもあった。
でも、良い事もあった、きっと神様からのご褒美だったのだろう。
ダンスフォールでの楽しいひと時、プールで黒ん坊(日本人) の頭にボール当て、仕掛けが破れ、右上の鳥かごに腰掛けていた、アメリカ美人がプールに落ちたりし
て楽しんだ事、射撃場本物のインディアンと腕相撲、ハリウッド見物、スタア、ロジタ・モレノと踊ったり、チャイニンズ・グロオマン劇場では、接吻の長さだけ、
気になりはしたが、ベニスの町や様々な観光地に行く、そんな中も主人公は、熊本の事を絶えず思い出す。劇場でのキスの長さ、また、ベニスに、バスで向かう途
中、女子だけがのっている、バスから、熊本が、人形を窓に押し付け、大坂(ダイハン)主人公のの注意引こうとする、わざとらしく、似合わない、大胆さがにがに
がしく、大変に醜くみえた。彼が好きだったのは、素直で大胆な彼女であったから。
でも、もしかすると、彼の彼女に対する愛に反比例するかのような、彼の真っすぐ彼女を愛しているのに、行動にだしてくれない彼の態度が、彼女をこのように素
直でない作られた行動をさせてしまったのかもしれない。
ハワイから、今迄書いた時まで、主人公は、熊本に何もしてはいない。好きだとか嫌いだとか直接は言わないでも、彼は、家を出る前に買った啄木歌集「悲しき玩
具」に熊本は、自分の楽しかった思いを書き、また、上述した熊本が、外人と二人でいた疑惑の時、熊本に主人公の大坂は、「秋っぺさん、泣くのはおよしよ。も
う横浜は、近いんだ」と慰め、笑ってといった時、彼女はにっこりと笑う。
少しづつでは、あるが距離を縮めてはいた。
そして、横浜へ帰ってから、彼女に手紙をだしている。
手紙を返事を待ち、貞潔を守っていた彼ですが、皮肉にも返事はかえって来ない、その内、主人公は、兄の指導下で、本格的な左翼運動、学内のサークルで検挙、
工場、ストライキ、捕まる。等々若者が通る若き日の闘争、ヤンガー・ジェネレーションの日々を過ごし、徴兵制度で徴兵され、戦地へ赴く。
その戦地の中で、あなたはいったいぼくが好きだったのでしょうか。
この物語はそこで終っている。
その箇所から、最初に戻ると、最初のページには、10年後の結婚した主人公が、杏の実を庭に捨てるシーン、また、30歳位の熊本が九州の方で女学校の体操の
先生をしていると言う事が書かれている。
私はこの最初のページに、熊本へ対する主人公の愛の深さ強さを感じる。
最初のページではないが、(オリンピックの翌々年熱狂的な、文学青年になり、あなたとの思い出書きたく、原稿560枚になった。)という言葉の中に、心の思い強さ
深さが560枚と言う、原稿そして、著者田中自身の人を愛する強き思いが描かれている。
モチーフとなった、熊本 秋子こと相良 八重は、ノンフィクションの実際に存在した人物であるが、この人は、結婚をしている。
このオリンポスの果実の物語では、フィクションだが、熊本が後に結婚したのかは書かれてはいない。
でも、実際、田中は結婚して、10年も歳月が流れて、思いも薄れてきていたのであるし、小説で、熊本が結婚したと書く事は出来たのであるが、敢えて書かなか
った事に、その愛の深さが分かる。
この物語から教わる事は、愛と罪との事だ。
神学用語で、ハマルティア=罪という的外れという意味合いにもとられるこの意味がある。
また、人の強き思いを聖書では、偶像崇拝という。
それは、神よりも、自分の生きる使命よりもその物を大事にし、その生活すべてをその事に捧げてしまう行為をさす。
教師としての愛、物への執着、自分を愛し、人の為に生きない行為これらは、皆罪の結果から来るものであり、それらは、神を愛する事と相反する。
話は変わるが、この間私は、横浜の方で、家もなく厳しい生活をしている人達を支援する会に一日参加させてもらった。
その時夜7時から10時位の間に食事とチラシをくばったのだが、最後帰る時に、私に今日配った、シチューをくださった。
そのシチューは、女性と男性の多くのボランティアの人と教会や他の団体からの支援で出きたもので、その中には、夜寒い中で寝ている人への愛情が込められていた。
一杯だけれども、少し大きめの入れ物、ジャガイモが多く入っていて、お腹にもやさしいシチュー、少ししか食べ物を食べてない人の胃は、縮小してちいさい、そんな
人達への愛情が込められている一杯のシチューに私は、その人々の中に、神様の愛を見ました。
人が言う愛欲と愛とは違う本来の自己である、神様の神性の愛を感じました。
欲望や自我があるから、人は争う・・・。
私は、以前知合いから私が教会の話をした時にこのように言われた事があります。「人を好きになった時、神様を取るのか愛する女性を取るのか」
私は、その時神様が私達にふさわしい人を備えてくださると言ったような覚えがありましたが、その時相手は、ああといった何かあきらめに近いといった感じで
そうですかといったのを覚えています。
私がこのように言うのは、若い頃にあなたの創造主を覚えよと聖書にありますが、青年の頃は、オリンピックへの旅は、一種の青春の酩酊のごときものが
あった。と田中さんがいうごとく、一種の幻でもあります。
この幻は、10年単位で、覚める人もあれば、そうでない人もいるかもしれません。
何にせよ、私達をその欲望の炎や自我の利己心から守るもの、それは、あなた自身が主・イエス様の十字架の愛を知り、聖霊の愛の炎によってしか、この欲望の炎は
蹂躙できません。
聖書では、神は愛であると言います。
でも人が、罪故に自我の強さと執着により、罪により、的がはずれる時もあります。
そんな中、支えてくださる人の愛、神の愛、背後の祈りが私達を支えます。
最後に御言葉を書かせて頂きます。
ガラテヤ6、7〜 思い違いをしてはいけません。神は侮られるような方ではありません。
人は種を蒔けば、その刈り取りもする事になります。
8 自分の肉のために蒔く物は、肉から滅びを刈り取り、御霊のために、蒔く者は、御霊から
永遠のいのちを刈り取るのです。
生きるにしても、キリストの為に生きる人は、死ぬのが益に変わります。
死は、恐怖ではあっても、始まりになります。
死後の世界では、涙も恐怖もありません。天使と神と全治全能の神である主・イエス様を信じた
人達が集まる永遠の不変の世の始まりです。
しかし、罪から来る報酬は死ですとあるように、その罪の贖いなしには、救いは成就しません。
主・イエス様の十字架による和解を受入れる事、私は、道であり命であり真理である主・イエス様
を信じる事によって死後の裁きを受けた後の勝利者になれるのです。
主・イエスを信じるならば、私達は誰でも今からでも救われます。
 
 
 
 
 
 
 

 
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トクトル
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