信仰日記

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コルトナのマルガレタ

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この一週間ずっと、雨か曇りの天気が続いている。
 その一週間の中で太陽を見たのは一日か二日ぐらいだっただろうか?
 伝道者の書:三章一節には、天の下では、何事にも定まった時があり、全ての営みには時があると言います。
 最近の曇り空もいつかは晴れる今日も、希望をもって生きていけたらとおもいました。
 さて、1247年、トスカーナ地方のラビアノというところコルトナのマルガレタという女性が誕生した。
 彼女は絶望の淵の娼婦とよばれている方で、農家の家に生まれた美しく活発な少女だったといいます。
 しかし七歳の時に母を失い、継母にそだてられたのだが、当然昔の貧しい農家の継母にとってみれば、マルガレタは邪魔で厄介な存在でしかなかったのでしょう。
 
 十八歳になる迄、継母にひどい仕打ちを受けていたようです。
  そんな貧しい彼女の窮乏が彼女を堕落した娼婦としての道を歩ませてしまったのかもしれない。
 けれども、そんな彼女にも転機が訪れたモンテンプルチャーノの若い貴族と知り合い、息子もひとりもうけ、幸せに9年間くらす。

 しかし、罪のためであろうかこの若い貴族の男は、殺されてまた、マルガレタは、子供ひとり連れ、ひとりで生きることになり、困り果てた彼女は、実家に戻ろうとするが父親と、継母に門前払いされてしまった。
実の父に捨てられ、自分のことを邪魔ものとして、虐げてきた継母に見下され、マルガレタは、身も心も真っ暗闇だった。
 
 そんなマルガレタは、藁をもつかむ気持ちで、最後にフランシスコ修道会に助けをもとめる。
 子供も、私もこのままでは死んでしまう。
 以前は娼婦でしたが、その時の彼女は、きっと悔い改めて、生活のために自分を売るような事はしなかったのでしょう。
 だから彼女は、コルトーナに家を与えられ、そこに住めるようになった。
 彼女にとってこの出来事が大きな人生の第二の転機だったのだろう。
彼女は、主・イエス様に必死に赦しをこうものとなる。
 苦行をし、自分の生まれ故郷ではづなをかけて、神に赦しを乞い、自分の顔を傷つけることも、しばしば誰かがやめさせなければ、ならなかった。
このような過激な事をしていたにもかかわらずフランシスコ修道会は彼女を受け入れてくれた。
 父、継母、に捨てられ、愛する人をうしなったマルガレタ、若い頃に罪を犯し、きっと神への赦しも得られず、失意のどん底にいた彼女をすくったのは、
キリストの体としての兄弟姉妹であるフランシスコ修道会の力は、大きかったのだと思う、そして、修道会の家まで与えてくれた無条件の愛がコルトナのマルガレタの冷めた心を主・イエス様への熱心な信仰へかえていった
 1297年の死ぬときまで、食べ物はほとんど口にせず、ろくに寝ないで馬巣織りのシャツしか着ないで貧しい人や苦しむ人々を助けた彼女は、絶望の淵の娼婦といわれている。

 
 聖書では、人類最初の祖先アダムとエバが罪を犯したせいで、人は、一生苦しんで食を得なければならないという。
 また聖書にはヨブという方がいたこの方は、神にもみとめられた義人であり、そんな彼には、七人の息子と三人の娘がいて、その子たちのために全焼のいけにえを捧げていたという。
 神様でさえも正しいとみとめるこのヨブにも、神は全焼のいけにえを捧げさせていた。

 生き物を自分の家族の為に犠牲として捧げるのですが、私たちは、普段あたり前のように肉を食べて生き物を食べて生活をしているけれども私たちの罪は、コルトナのマルガレタの犯した罪と同じ位悪いものであると、聖書には、書かれています。
 聖書では、モーセの十戒という掟があるのですが、そのなかに、殺してはならない、姦淫してはならないとかいてあります。
この二つの罪に大差はないのです。
 聖書には、娼婦の方も多々でてきます。

 娼婦ではなかったかとされるマクダラのマリヤ、遊女ラハブ、このラハブは旧約聖書ヨシュアという義人を匿った方で勇敢な女性でした。
 神の前に正しいことをした、そのおかげでしょうか。
 彼女の子孫から救世主キリストは誕生します。

 (サルモンはラハブによるボアズの父、このあと、数代の系図が続き、
ヤコブは、マリヤの夫、ヨセフの父であった。このマリヤからキリストといわれるイエスがお生まれになった」となっているのです。)
 

今の世の中の常識では、罪を犯した人は、死刑であり、もうゆるしてもらえないという認識が一般的です。
だから私の知人の何人かは、こんなわたしでは、まだ信仰を持つのは駄目だとかいうひともいます、また私は汚れていると・・・。
 
 しかし、そんな事は私たちの心の錯覚ではないでしょうか、ともいえるのではないですか。
 
  なぜならば、私はしろい象と、みにくい象の話を読んだことがあります。
 内容があまりはっきりしないのですが、釈迦が、ある国の王子に例え話をした話で、
 たしか、白い象は、人でいうならば貧乏者の父母で、みにくい方の象は、逆に富豪の父と母をもっていた子の話を読んだことがあります。
 
 なぜ釈迦が、このような話をしたのかと言うと、その国の王子の母が貧しい者だったようで、ずいぶんと苦しんでいたようですが、釈迦は「白い象とみにくい象どっちがいいか」と言います。
もちろん、白い象に決まっています。
 この例えから教えられたのは、どんなに大きな罪を犯していたとしても、
 悔い改めるならば、その気持ちがあるのならば、もうすでにその人の心は、白い象のように真っ白な心にかえてもらえるということです。
 
 墨よりも黒き、心なれど、雪よりも白くあらわれたりという聖歌がありますが、本当に心清めるとは、神にへりくだるときにいつでも、神は与えてくれます。
 そして主・イエス様はそんな人と共にいて赦してくださいます。
 主・イエス様の十字架は、健康な人のためでなく貧しいものや病人のために全ての人々のためにあるのですから・・・。
 ルカ五:三十一、イエスは、答えて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫なものではなく、病人です。
三十ニ 私は正しい人を招く為ではなく、罪人を悔い改めさせるためにきたのです。

罪人を悔い改めさせる為に・・・。
 
 この人類のなかで、罪人でない人など一人もいないのですから、本当にありがたいことです。
 信じるものは、誰でもこの主・イエス様の赦しを得られます。いつからでも・・・。

エステル王妃

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梅の咲く今日この頃、世の中では温暖化の影響で、20℃ぐらいの陽気が何日か続いている。
 わたしの家の梅の木も、去年よりも早く咲いた気がする。
 さてわたしは、童話集の中で旅人と斧という話を聞いたことがあります。
 2人の(男=隣人)が、旅をずっとしてきた。
 一緒に食べたり、飲んだり、支えあって生きてきたはずでした。
 しかしある時、一本の斧のせいで、彼らは自分達が、隣人であったということに気づいたようです。
 一人が斧を見つけた時、一方の男は、「俺達はみつけた。」とよろこんだが、一方の男は「俺達は、
みつけたではなく、君が見つけた、というべきだ。」
 といった。
 しばらくすると、斧をなくしたもの達がおってきた。
 「俺達もうだめだ。」といった時に、君がその斧を見つけたんだと、言った男が、こう言ったのだそうな。 
俺達ではなくて、君がもう駄目なんだよと・・・。
 

さて、聖書には、旧約聖書の中にエステル記という書物があります。
 エステルは、紀元前473年ころペルシヤのクセルクセス王の嫁、王妃です。
 当時のイスラエルは、北王国と南に別れていて、この物語は、南王国ユダが新バビロニアの王ネブガデネザル王により補囚にあった後、新バビロニア王国も滅び、ペルシア帝国ができるのですが、そのペルシア帝国の王の一人のクセルセスの時代の話です。
 王妃になる前にエステルは、両親をなくし、親戚のモルデカイによって、娘としてそだてられていた。
 モルデカイは、ユダヤ人で上記で書かれたとらわれの補囚の民の子孫でユダヤ人でベニヤミン族の家系
に属していたかたで後にこの国の首相になったかたです。
日本の人がイギリスの首相と王妃になってしまうようなものですが、そう簡単には当然いきませんでした。
 当時王様は、ハマンという人を、同僚の誰よりも高い地位につけていた。
 よっぽと゛王はこのハマンを気に入ったのようで、王宮の門にいる役人は、みな王の命令により、ハマンに対して、ひざまずき敬礼をしなければならなかった。
 しかし聖書では、モーセの十戒というものや神の律法があったために、ハマンにひざまずかなかったこのことによって、ハマンの策略により、ユダヤ人は、全員殺されることになってしまった。
 
 この時にユダヤの民を救ったのは、王妃エステルでしたが、これは、大変なことでした。
なぜならば、当時王宮の内庭にいる王に召し出されずに近づくものは、誰であろうとも、死刑です。
 助かる為には、王が金のシャクを差し伸べられた時にだけ、死刑が免れるのです。
この時王妃エステルは、自分だけ、助かればいい、救われれば、いいとはかんがえませんでした。
  自分の民族を救うべく断食をしてから彼女はこういいます。
「エステル記4;16 このようにさだめに反することではありますが、わたしは、王のもとに参ります。
このために死ななければ、ならないのでしたらば、死ぬ覚悟でおります。」
 彼女は、王妃という立場でいれば、命のきけんもなく、また先ほど旅人と斧の童話の男のように、他人のふりさえすれば、死の覚悟もいらなかったけれど、民族を愛したエステルは違った。
 自分の民族を自分自身のように愛したからだ。
 まったく同じことをしてくださった方が聖書では、主・イエス様です。キリストとは、救世主と書きますが、聖書では、わたし達の原罪は、とても重い罪であるといいます。
 しかし神は、死刑になるのを知っていたのにもかかわらず、わたし達の罪を赦す為に嫌われものになり、あざけられ、ののしられて、十字架の上で、わたし達人類の罪のなだめの供え物となってくださった。
 そして今も、わたし達のためにとりなしの祈りを、していてくださいます。

 主・イエス様にとって、この世の人々がどうなろうと、ほっとけば、自分はエステルのような王妃よりも偉い存在なので害をうけなくてすんだ。
しかし、主・イエス様は、世の罪を取り除く子羊イエスは、わたし達罪を犯し、滅びてもしょうがない戦いと争いばかりしてきた、世界の人々を無償でゆるし、無関係なものとならずに、今も忍耐して信じてすくわれるものを待っていてくださいます。
 
聖書では、放蕩息子の例えがあります。
 自分勝手に親の財産を使い果した息子を親は、ゆるすシーンが、ありますが神は今もまっています。
心から神を信じ救われる人を教会の人達とともに・・・。


 

 
 

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小さな花のテレーズ

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今日の朝の天気予報では、晴れだということだったのだですが、午前中の今日の天気は残念ながら、雨の降りそうな天気でした。

 しかし昼には、とてもさわやかないいてんきになりました。
 今日の天気と同じく人の心は、病気や悩みがあると湖の水の中に照らされる月のように、晴れたり、曇ったりする天気のように変化してしまいますが、神の平安が続けばいいのに、と思うのが人間の常ではないのでしょうか?
 
 さて、時代はうつりかわって、1873年フランスのノルマンディーのアランソンという地方でリジューのテレーズという方が生まれました。
 このテレーズは、イエスの小さな花と呼ばれている方で彼女は幼い頃から、とても体が弱い子供でほんのわずかな風邪でも高熱をだしてしまうような子でした。
 
 
 母はこう言っています。「病気になると、何ヶ月も前から、普通でない息切れがして少し速く歩くと、すぐ胸がヒューヒューと変な音を立てる」とてもテレーズは、弱いからだでした。
そんなテレーズを母は、きっととてもかわいがったのでしょう。
 いつも心配してくれていたのだそうです。
 悲しいことにテレーズの家族は、体は丈夫ではなかったようです。
 父ルイ、母ゼリーと、9人の子がいたのだそうだが、そのうちの4人は、結核などの病気で命を落とす。
 テレーズを心配し、やさしくそだてていた母も4歳の時に他界、しかし、病気や病があっても彼女には、やさしい家族の存在があった。 
 母はとても信仰ぶかいひとだったのであろう、5人皆が、修道会に入る。
テレーズは、特に信仰に熱心な方で普通ならば、自由を束縛されるような、修道女になるのを普通ならば、嫌がると思うのだが、かの女は、14歳の回心体験の後、すぐにカルメル会の修道女になることを希望する。
 まだ14歳といえば、恋愛をしたり友達と遊んだり、学校に行き、将来を友達とかたりあいながら、自分の人生を主・イエス様に委ねる一方この世に生まれてきたのだから、もっと人生を謳歌したがるのが、普通であると思う。
 しかし、かの女はみずから毎年修道会にはいることをのぞみ16歳でカルメル会にはいる。
 そして、その年に自分の父をテレーズはうしなっても、彼女の信仰熱心は変わらず厳格で厳しいといわれるカルメル会の主・イエス様への奉仕をなし、22歳の時に見習い修道女の教師に抜てきされたのもつかのま、テレーズは皮肉にも結核で亡くなった。
 家族の中の兄弟、姉妹の誰かはわからないが、自分の家族を失っているのに、テレーズもこの結核にまけてしまい。24歳という若さで天に帰った。
 テレーズの一生は、まさに主・イエス様に全てをささげた一生で、父、母を亡くしても、戒律の厳しい修道会の中でも、主の十字架の為に生きたかたでした。
 その彼女が結核にかかりこうおっしゃいました聖母像を見つめながら、テレーズは、つぶやく、「おお! どれほど熱心にお祈りしたことでしょう!・・・けれど、何の慰めもない臨終です」
午後、少し持ち直して、数週間ぶりにベッドに座る。テレーズは、紫色になった手を合わせて言う「おお、神様!・・・私をお憐れみ下さい・・・ああ、マリア様、私を助けにいらして下さい! 神様、苦しい!・・・杯は、満ちています・・・縁まで満ちています。
 私は死ねない気がするまだ・・・・。
 突然4時半頃、顔色が変わり、最後の瞬間が近づく。テレーズは、微笑んでいるが、もう、最後の瞬間まで、何も言わない。
胸を引き裂かれるような、痛ましい息切れが、2時間以上続く。顔は、充血し、手は、紫色に、足は、氷のように冷たく全身は、震えている。玉のような汗は、額から滝のように顔一面に流れ、呼吸困難は、益々ひどくなるばかり。時々息をするために、弱い叫び声を漏らす。
 しかし最後には彼女は信仰を確信する主・イエス様は彼女に勝利の言葉をさいご送ってくださった。
 テレーズは、十字架を見つめながら、はっきりした声で、「おお! 私は、主を愛します」と最後の愛の奉献を行い、そのあとすぐ、「神様!・・・私は・・・あなたをお愛しします!」と付け加えた。
彼女は小さな道は「小さな道」は苦しみの道といいます。
 でもただの苦しみの道だとはいっていない、私たちの心の中で自我が生きている間、神の愛が常に私たちの心の中で燃え続けなければなりませんと、テレーズさんはいいます。
 神の愛が燃え続けるためには、どうしても苦しみ続けなければならないのです。私たちの心の中が純化されるためにはどうしても苦しみ続けなければならないのです。
 苦しみは私たちの心を純化させるためにどうしても必要なのです。
小さな道とは自分を徹底的に捨てること、そしてキリストのために生き誰かのためにいきること、常に人に優しく、自分に厳しいテレーズは、自己犠牲の道にこそ本当の罪からの解放があり、偽者のいまの世の快楽や世の楽しみよりも、素晴らしい神の恵みがあるといいたかったのではとおもいます。
このような病の中でも、かの女はかみをあいしたのは、キリストの十字架があったから復活があるからです。
 主はイザヤ53章でこういいます。「主・イエスは自分の命の激しい苦しみのあとをみて満足すると」
世界の救世主であるキリストは、全世界の罪を赦す為私達を天国という永遠の楽園に導くためにその罪をあがなう為に十字架に架かって死なれた。そのめぐみか゛神の愛がテレーズを最後まで 死ぬまで、キリストをあいさせたのです。 
 そして信じるものには永遠がまっています。
  今からでも救われるのです。




 
 

ビルマの竪琴

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蛍の光、窓の雪、書よみつき日かさねつつ小学唱歌でよく卒業式の時に歌われている曲ですが、私は、こ

の歌を歌う時、大きく広くまた時に母のように穏やかで、また父のように力強い海の荒波をおもいだします。
 

さて私は、ビルマの竪琴という物語をよみ、主・イエス様から人を愛することまた、祖先を、国を大事にする愛国心を諭されたような気がします。
 
主人公は、水島上等兵という方で隊長は、音楽学校をでた若い音楽家で兵隊に熱心に音楽を教えたのだそうです。
 
水島は、はじめは音楽を全く知らなかったのですが、本来天分があったようで、すぐに竪琴を弾けるまでに成長したようです。
 
この水島上等兵は、ただ優しい心をもっているだけでなく、彼は、部隊を安全な道に導く勇敢な人で、イギリス兵の斥候がいた時に、自分一人で音楽を奏でて、自分がおとりになったりました。
 
  また、グルカ兵にあった時にも水島は、ビルマ人になりすまし、日本兵はどこにいったか訪ねられた時に自分の部隊のいる場所と違う場所を教え、何度も部隊をすくったかたでした。
 
 ある時、彼らは、がけの上の村に着き、初めはこの村人を信頼していたのでしたが、村人達は、日本兵の敵であるグルカ兵の仲間でした。
 
 
そして、彼らが敵のグルカ兵に自分達の存在をしらされてしまい、水島の部隊が危機にさらされた時に、彼らは自分達が罠にはまったのを気づかれないように歌を歌いながら、戦いの準備をしますが、彼らが必死にはにゅうの宿を歌い戦いの準備をした時に奇跡がおこりました。


 敵のイギリス兵たちが、一緒になって庭の千草や自分の故郷をなつかしみはにゅうの宿を一緒に歌い、みなで敵である日本兵と共に自分の家族の写真をみせて、かたりあい、森全体に曲が流れました。

なぜ、このような事がおきたのかというならば、3日前にすでに、停戦になっていたからでした。
 
そして、彼らは、イギリスの捕虜になり彼らは救われ、みな日本へかえるはずだったのですが、ある時、隊長は、水島に対してこうおっしゃります。三角形の岩山に今も日本へいがたてこもっていると・・・。

誰かいって降伏するよう説得してきてはくれまいか!


 きっと、この時に水島は、日本に戻らず、死んだ人達の供養をする為に僧になると言う選択をすることになったのでしょう。
 
水島は、自分の命を懸けて、かれら同胞の日本兵に降伏をもとめにいったのですが彼らは、酒を飲み捕虜になるのならば、死ぬ覚悟でした。
 
もう何をいってもきいてくれなさそうでしたが、かれは、隊長に対し誠意をもって、必死の説得をします。
 
水島上等兵は命を懸けて彼らを救おうとしたのに、彼らは腰抜け臆病ものとののしりますが、水島は、彼らの一番前に行き、自分が死んだら降伏しろ!といいます。
自分がしんだらと・・・。

 水島のいのちを懸けた必死のよびかけが、彼らの目をさまし、三角形の山の日本兵は救われました。
 
しかし、誰よりも勇敢でまた隊長から弟のように愛されていた水島は、結局部隊のいる捕虜の収容施設にもどらなかった・・・。

 みな水島がもどってくるのを待ち望み、自分のことのように水島を心配し、一緒に歌をうたっていた「もう、水島は死んだのかも?」
 
あるとき、みなで合唱していると、ひとりの水島そっくりのビルマ人をみなは、みたのですが、
彼は、まるで自分達のことをしらないかのようだった。

 みなで議論がなされ、あれは、水島だ!ではなぜ部隊にもどらないのかと・・・。
隊長は、すっかりがっくりなされ、意気消沈なされてましたが、ある時子供がはにゅうの宿を弾いていて、

その下弦が水島の音調と同じなことに気づき、かれは、あのビルマ人が水島かどうか調べるために「おーい!水島一緒にかえろう」と鳥に教えてそれを物売りの婆さんに水島にとどけてくれとたのみます。
 

さいご日本にかえる日が近づくなか、隊長達はビルマ僧があの水島であることを信じ必死で歌います。
そして明日帰るという時にあのビルマ僧があらわれたのですが、はじめかれはじっとだまって歌をきいていたのですが、水島が好きだったはにゅうの宿をうたった時、みなの思いでが一番強いこの歌をうたったその時この僧はがっくりと首をたれかれは、水島の作曲したはにゅうの宿を弾きました激しくつよくたからかに、


皆「さあ、はやくこちらに入ってこいよ」なみだながらに叫んだのですが、彼は、仰げばとおとしをうたいさっていきました。
 
なぜかれが一緒にかえらなかったのかというと、死者の供養のためでした。
 

そのことのために水島は、隊長がかの日におっしゃったことば「自分達はこれからともに悲しみ互いに助けあおう自分達はいままで生死を共にしてきた。これからも共にしよう運命に耐えていこうこのさきビルマの国で骨になるかもしれないその時は一緒に骨になろうそうして、もし国へ帰れたならば共に再建の為に働こうと・・と言った言葉を忘れようとしました。
 
隊長や皆にとって水島は、自分達のために命をかけてくれた親友以上の存在になっていました。
 そしてさいごかれの仕事を見守り、皆日本へかえるのですが、この物語を通して、主・イエス様は私達に兄弟愛とは何かを教えてくださったような気がします。
 
聖書には、在留異国人をあいせよ!またあなたの隣人を愛せよとかかれていますが、隣人が、今の世では、他人として区別されつつある現代の世にこの物語は、どんな人でも、音楽を通し共感できるまた、

 
主・イエス様は、私達の罪のために十字架にかかりましたが、自分意外の人のために命を懸け自分の幸せさえ放棄して、死者のための供養をする水島のような清い行いが、私達の心を開き、人を大事にする気持ちをはぐくむのだと主・イエス様から導かれました。
 私達も、ひとりひとりがそうなれるようにいのるからこそ私達も伝道したいと望んでいます。
  
 聖書には、放蕩息子のたとえがあります。
 弟は、父から財産の分け前をいただき幾日もたたないうちにその大事な財産を使いはたしてしまうのです。
 かれが、豚のたべるいなご豆で腹を満たしたいとおもう時かれは遠い我が家をおもいだします。
 
しかし悔い改めたそんな子に主・イエス様は、走りよって彼を抱き、口付けしこえた子牛をひいてほふってくださった。
 
私達の罪は、聖書ではとてもおもいとかかれています。
 
人間は、生き物を食べなければいきれないのが、その証拠でありますが、主・イエス様を信じるのならば

いつでも主は、その人を手厚く迎えてくださいます。
 そして隊長達が、水島上等兵に「おーい、水島一緒に帰ろう!」と言ったように今も私達によびかけています。
 「おーい、一緒に天国へ帰ろう!」と・・・。
 
 

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レオン

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今日は、土曜日雨がザァザァ降っている。
 

私の家の近くには、大きな池の真中に大きなきがあって、シラサギのようなとりが、そこでよく

休んでいる。
 でも、だいたい群れをなしているようだから、きっと寂しくはないのだろう。

さて、私は映画でリュック・ベンソン監督が作ったレオンという物語を見て、聖書でいう愛とは、何なのか、少しきづかされたような気がしました。
 
登場人物のレオンは、殺し屋ですが、少し普通の殺し屋とは、違う。

 ニューヨーク、リトル・イタリーの古びたレストランの主人トニーに子供の頃から、殺し屋としてそだ

てられた。
]
 皮肉にも、彼の父親代わりの人が彼の唯一の親類だった。
 
しかし、レオンは稼いだ金を車や、俗世間でいう、競馬とか、金もうけの為に、不動産業や金融業とか

金には執着がなく、彼の唯一の楽しみといえば、自分と同じように根のない観葉植物に水をやり、毎日牛

乳パック2リットルとトレーニングだけがかれの殺し以外の生きがいだったのかもしれない。
 
そんな何十年と、人と接したこともなく、また心を開くこともできない、唯一の親友といえば観葉植

物・・・。
 そんなレオンに転機が訪れた。

 彼の隣には、12歳の少女のマチルダという少女がいて、彼の父、母、マチルダ、4歳の弟の4人家族だっ

たが、マチルダは家族から疎まれ、嫌われているようで、かの女はとても孤独な少女であったようです。

 ある時、かの女の父がヘロインのことで、麻薬取締局の汚職捜査官スタンフォードという男ともめてい

た。
 そのときには、何も起こらなかったようだが、マチルダが買い物に行っている間に家族が、4歳の弟ま

でもが、このスタンフォードと部下に殺され、かの女は、隣のレオンに助けを求めたのが最初の出会い

で、レオンは、とまどったが、少女を助けてくれる。

 かくまっているときに、彼の正体が殺し屋であるということを、マチルダに知られてしまったので、マ

チルダを、殺すこともまた追い出すこともできずにいて、彼らの奇妙な生活がはじまった。 

 少女は、レオンに殺しのテクニックを知りたいといい、さいしょ断っていたが、だんだん心を開き仲良

くなり、彼は殺しを、マチルダは、読み書きを教えはじめる。


 マチルダは、レオンとは対照的な存在で、とてもバイタリティーのあふれた元気な少女で、いろんな遊

びをレオンとし、そんな少女マチルダの存在は、全身くろ服で心を知らなかった彼に初めて、光が愛とい

う感情が人に情というものが生まれたようだ。

 次第に彼らは、人として、また特別な存在として、意識しだし、レオンは、育ての親トニーに何かあっ

たら金をすべて、マチルダにあげてくれと頼むようになる。

 そんなレオンにとって、初めて殺伐とした人生の中のろうそくの光のような幸せも長くは、つづかなかった。 


 ある時、マチルダは自分の家族をころした、麻薬取締局の汚職捜査官スタンフォードをみつけてしまう。

 しかし、逆にマチルダはスタンフォードにつかまり、彼は、ホテルに何百という警官隊を呼ぶ。


レオンは、勇敢に彼らと戦い、マチルダを逃がすそして自分は、彼らとの戦いで負傷したが、何とか警官

隊に化けて、見つからずに外の光に向けマチルダとのまた楽しい幸せな日々を思いながら、歩きはじめた

そのとき、真後ろにスタンフォードが銃をもって、かれを殺した。
 
しかしレオンは、体に手榴弾をもって、最後にこういう「マチルダから」と・・・。

彼は、命を架けてまで、マチルダの復讐を果した。

 そこまでしてまで、レオンにとってかの女の存在は、大切なものだった。

 聖書では、主・イエスさまの教えで良きサマリア人の話がある。
 
ある時に強盗に襲われ、体を負傷した人がいたけれども、祭司もレビ人も要するに神の選民達は、さっ

さと、どこかにいってしまったと、そこに、神の民ではない、サマリヤ人がきて、この人を憐れに思い手

厚く看病し、宿代まで、だしてくれた。

 そして、主・イエス様は、いいます

 「この3人の中で誰がこの人の隣人になったのか」人は、誰でも人に親切にされれば、とても嬉しい

し、いやなことをされればその人の事を嫌いになります。  

 愛は、いつの日か言葉によって、祈り相手のために何かしてあげることによって、知れるものなのかも

しれません。 

 キリストが十字架にかかって、全人類の人の為に罪の身代わりとして死んで下さったのも、きっと誰か

が、母マリヤが、また親戚のヨハネの優しさがあったからではないでしょうか。

 愛とは、自分の力だけでは、えられない、一人一人の協力が自分を捨てて私達をすくってくださったキ

リストのように、自分達も、相手のために生きれるものになりたいそして、一人でもおおくの人が主・イ

エス様を信じて天国にはいれることを祈っています。 

天国に入るのには、誰でも、主・イエスの十字架を信じれば入ることができるのです。

信じるだけで、だれでも人殺しのレオンでさえも・・・
 

  
 


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