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幼い日の思い出の1つに発熱のときの苦しいイメージがある。わたしは小学生のころにとても体が弱いところがあってよく風邪を引いたり、熱を出したりした。熱が出て苦しいときによくうなされて夢を見た。とても不安定な亜空間があり、そこに大きな車が轟音を立てて回っている。隣にも小さな車が回っている。灰色がかった、少しべージュ色のような亜空間が、うなされているときに、ゆがんだり揺らいだりする。それらの車もベルトでつながって回っている。時々、夜中に、目が覚めると母親が額を冷やすために冷たいタオルをお取り替えてくれたりしていた。「大丈夫か?」と笑顔で問いかけてくれた。朝方に熱がひいいてゆくころに、天空に舞うような大きな車がグーングーンとうなりながら、次第次第に小さくなっていく。熱っぽい不快感が、少しずつ消えて行き、風邪は治っていった。この大きな車のような巨大な機械の悪夢は、小学生のときだけで、中学生になったときには精神がはっきりしたのか再び現れたことはなかった。今考えると、あのときの大きな車の轟音とイメージは、わたしが幼い時に入って行った穀倉の機械の音と似ている。そこは脱穀かあるいは縄をゆう機械だったと思うが多くの車がゴーっとなっていてとても怖かった。その恐怖感がイメージとしてやきついたのであろうか。 |

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熱を出したときに決まって同じ夢を見るというのは、私も同じです。子どもの頃、とても体が弱かったのも似ています。私の夢は、火事の中を大人の男の人に追いかけられる夢なんです。こわかったです。
2006/9/19(火) 午後 10:25
道先生の夢も怖いですね。でも、書きながら昔の田舎の育った家が懐かしく思い出されました。お袋が死んだのが2001年9月8日で10日がお葬儀でした。大嵐の中を東京に帰って来て、翌朝TVを着けたらツィンタワーテロのニュースでした。
2006/9/19(火) 午後 10:52
ご来訪ありがとうございます。私も、長野県での小学校の担任の先生とは今でも往来してます。定年を機会に、ついにその近くに住むことにまでなってしまいました。今どきの息子達にはその心が通じないようで、呆れています。昔の教育は実がありましたネ!
2006/9/20(水) 午前 9:13
多分、幼いときの恐怖心が脳の海馬にやきついたのでしょうね。太宰治が幼いときに見た赤不動が生涯にわたって焼き付いて離れなかったように・・。誰しもそんなキズを持っているものです。それが意識上にあるか意識下にあるかの違いかと思っています。
2006/9/20(水) 午後 8:43 [ kabanotakara ]
小諸通信様 今台湾に仕事できています。真理大学の構内にあるホテルに泊まっています。事務室を特別に借りて返事を打っています。台湾の人は優しいですね。
2006/9/23(土) 午前 1:34
カバ先生。いつも書き込んでくださり感激です。今台湾からです。脳の海馬の部分に焼きつくような恐怖というのもあるのですね。太宰の赤不動の話ははじめて聞きました。きっとそうですよね。でも、あの恐怖感は今はなくなってしまいました。カバ先生の豆まきの時の唇の怪我の話も、海馬に焼き付けられませんでしたか?
2006/9/23(土) 午前 1:39