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高校時代も図書室に行き、できるだけ多くの本を読みたいと思った。一体、世の中は、どのようになっているのか、今まで生きてきた人々はどのような事を考えて生きてきたのか、とても素朴な疑問だった。高校1年生になった、初めのころに読んだのは、ロマン・ロランの著作だったように記憶している。「ジャン・クリストフ」「魅せられたる魂」「ベートーベンの生涯」等、芸術と人生に関する本が心引かれた。豊島與志雄と言う人の訳だった様に覚えている。ジャン・クリストフなどどんなに読んでも分厚い三巻本が読み進まない。蛍光灯の下で、コタツに入りながら、朝方まで読みふけった。 |

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kureniさんって、文学青年だったんですね。芸術と人生ですか。高尚なジャンルです。私は、1年生と2年生の頃は、もっぱら太宰治でした。3年生になってクリスチャンになってからは、キリスト教作家の本を多く読むようになりました。遠藤周作、曾野綾子、三浦綾子…。そういえばkurniさんは、三浦綾子さんの「道ありき」の読書会をされていらっしゃるのでしたね。寝たきりの綾子さんと、クリスチャン青年の前川さんのプラトニックな愛がすばらしいと思いました。
2006/10/20(金) 午後 10:56
道先生、書き込みありがとう。道先生に書いてもらったりしないと、人生の半分が空回りしているような感じがします(これは、少し言いすぎですね)。心の軌跡を聞いてもらえるなんてすごいことですからね。ロマンロランとかニーチェとか書いていますが、高校一年ですので、理解には本当に限界がありますね。でも、世界の中で、あるいは歴史の中で、影響力のある人たちが、どのようなことを言っているのだろうというのは非常に興味がありました。道先生は、1,2年は太宰治ですか・・。次に書きますが、わたしの感動は倉田百三でした。
2006/10/20(金) 午後 11:26
凄いデスね。私は父の書斎に忍び込んで「ドストエフスキ−」の小説を何編か読みました。(「罪と罰」「カラマゾフの兄弟」等)衝撃でしたね。その衝撃が大きく、それ以来小説はほとんど読まなくなりました。大学時代大江健三郎の「飼育」など読みましたが、自分としてはドフトエフスキ−で小説は尽きたと変な思い方をしたのです。いかんね。
2006/10/24(火) 午後 10:23 [ kabanotakara ]
でも、高校生の時ですからね。よく解りませんでした。ニーチェの思想の解説に「人生は醜悪であり、無意味であり、虚無であり、価値を見つけることはできない。しかし、それゆえにこそ、人生を受け入れることこそ期待される超人の姿であり・・・・」と言うようなことが書かれていて、友人や先生と議論したことなどを思い起こします。ドストエフスキーは浪人時代に熱中しました。
2006/10/25(水) 午前 0:36
それにしても凄い読書家だったのですね。勉強もし読書にも励み、人望厚く、凄かったのですね。
2006/10/25(水) 午後 11:43 [ kabanotakara ]
Kaba先生、最近仕事が込んできて、なかなか返事が書けませんでした。すごい読書家だったんですね・・、など言われると、とても現実から離れているような感じがします。実際は、片思いで、心が傷付いて、癒しと真実を求め続けている高校1年生だったんですね。中学は野球部でキャッチャーをしており、高校の柔道大会では柔道部員に勝ったりしたぐらい体格はよかったのですが・・・。
2006/10/30(月) 午後 10:47