|
浪人1年目の頃に描いた静物画
そのような不安の中で自分のアパートで絵を描いていると、マイクの音が聞こえてきた。「こちらは日本
キリスト教団○○教会です。今晩、教会で特別集会がございます。皆さま、どうぞお出かけ下さい。」そ
のマイクのアナウンスを聞いた時に、「ああ、この辺にも教会があるんだ!今さら、教会に行くのも気が
引ける…… しかし、何をやっているのかな?」。マイクで電話番号を言っていたので、すぐに近くの紙
に書き留めた。次の日の夜だったと思う。意を決して教会に出かけた。電話で住所を聞くと女の人が電話
に出てくださった。場所を教えて頂いた。…大体の感覚で行ってみた。今思うと、ずいぶんと遠回りして
教会を探したような気がする。途中で道が分からなくなってしまった。前の方を歩いている中年のおじさ
んに「○○教会ご存知ですか?」と聞くと丁寧にわたしを教会まで連れて来てくれた。狭い路地を通った
のを覚えている。教会の裏口のほうから連れてきてもらったのようだ。そのおじさんに、「わたしの友人
にS学会の人もいて、本を買ってきてくれたんですよ」と言ったら、「どうせ、信仰を持つんならS学会
り、キリスト教の方がいいですよ」とか言っていた。教会の前まで連れてきてくれたが、その人は帰って
行かれた。○○教会は玄関に小さなライトが点いていて、何となく古い感じがした。ドアを開けてはいる
と、入り口のところに年取った上品な婦人が座っていらして、ニコニコして迎えて下さった。牧師夫人で
あった。わたしを中へ案内してくださった。会衆は25人位であったろうか。講師は大変大きな声の先生
だった。それと東北なまりがすごかった。「わだすたつが、す、えすさまをすんずるなら…・」。「東北
から講師をお呼びしたのかな?」と思って聞いていた。後で知ったのだがこの先生は岩城幸策という有名
な先生であった。説教は非常にわかりやすかった。わかりやすすぎたと言うべきであろうか?「…・わた
しの知っている人は大酒のみでした。彼は教会へ来て本当に変わったのです。彼は奥さんの前に手をつい
て謝り、酒ビンを投げうって悔い改めたのです。家庭は変わりました。皆さん、あなたも今日、変わるこ
とができるのです。……」
わたしはその時に、こう感じていた。「なんという単純な話。現在、キリスト教そのものが、歴史的な
価値においてその存在を問われている時に、酒飲みが酒びんを割った話では…・ここはわたしの来るとこ
ろではなかった…」。そう思っているうちに、説教は終わり、今度は年取ったおじいちゃん先生が、司会
をして締めくくられた。「皆さん、祈りましょう。……今日の話を聞いて、何と恵まれたことでしょう。
皆さんの中でも、いろんな問題を持っておられる方々がいらっしゃることと思います。もし、今日、自分
の罪を悔いて新しい生涯に入りたいと思う方がおられたら、どうぞ、手を挙げて示してください・・」。
わたしはもう帰ろうと思っていたのに、罪を悔い改めたい方は・・・と言われた時に、うっかり手を挙げ
てしまった。それからこの教会の高山牧師に捕らえられることになった。1970年10月のことである。それ
以来、わたしは、現在、2008年の8月に至るまで、この教会にお世話になっている。
|
珍しく静物画ですね。これも灰色を使っているのでしょうか?素敵な色使いですね。こんなにお上手なのに、芸大ではなくて、、、うっかり手を上げてしまった道に歩まれたとは・・・捕われの身だったのですね。ここの教会で美しい奥様との出会いまで用意されていたなんて、、、主のなさることって時にかなって美しいばかりでなく、粋です。東京の下町ですものね♪
2008/8/11(月) 午前 6:04 [ dogmomo3 ]
「ウンの尽き」ですね。
そこから、神様の新しいわざが始まった。
38年、長いようで、短くもある・・・
僕はまだニーチェにお世話になってました。
2008/8/11(月) 午前 6:06 [ hitsuji1224 ]
僕が京都の教会の聖会で(加藤省三牧師でしたね)、招きに応じて手を挙げて、前に進み出て跪いたとき、涙がとめどなく流れてきたことを思い出しました。放蕩息子の10年間の彷徨でした。
2008/8/11(月) 午前 6:11 [ hitsuji1224 ]
素晴らしいうっかりですね。人々は複雑なことを求めますが、単純なことに真実があるのでしょうね。
2008/8/11(月) 午前 8:10
すばらしい絵ですね。色づかいやタッチがプロの画家さんかと思いました〜
教会に行き始めて信仰を持ちつづけられておられることに神様の導きのすばらしさを感じます。すばらしい証をありがとうございます。
2008/8/11(月) 午前 8:48
そのうっかりが大成功の元でしたね。
聖霊が働いてくださったのですね。
2008/8/11(月) 午前 9:17
うっかりというよりも、まさに主が手をあげさせてくださったという感じですね。ハレルヤ!!
2008/8/11(月) 午後 7:59
dogmomoさん。うっかり手を上げたのが、運のつき・・じゃなかった、主イエスの愛へと導かれた恵みの道。絶望の石を枕にしたヤコブが、主の臨在と恵みに触れて「ここは天の門だ!」と叫んだというところをこの間説教でしましたが、暗闇への光でしたね。
それとこの絵はセザンヌ風に描いてみようと思っていた頃の絵で、浪人1年目、まだ、灰色っぽいものに興味を持つ前の頃の静物画です。
2008/8/12(火) 午前 10:40
agn*s_*e*316さん。昨日は一日、休暇を頂いて、田舎に帰ってきました。兄と三人の姉たちを訪ねて帰ってきたのは、夜中の2時になってしまいました。皆、年をとってきましたね。77歳が最年長。いろんな身体の故障をかかえています。話をしていて、私はこのときに、うっかり、手を上げて(!)教会に変えれたからよかったな!とほんとうに思いますね。主イエスの恵みに満たされ希望の中を歩むことの大切さを痛感しています。
2008/8/12(火) 午前 10:45
agn*s_*e*316さんは加藤先生の聖会で取り扱われたのですね。背後にお母様やお姉さまの愛と祈りがあったことでしょうね。わたしも親族の救いのために毎日、早天祈祷会で祈っています。
2008/8/12(火) 午前 10:48
Danさん。確かにいろんな複雑な要素がこの世界には多くありますが、大切なのは単純なこと。主イエスへの人格的な応答という一事ですね。ハレルヤ!
2008/8/12(火) 午前 10:51
HIKARIさん。コメントありがとう!HIKARIさんのブログにもたくさんの証しがありますね。あのときから、今まで信仰の生涯を歩めたのは最高の祝福だとおもっていますが、これは、奇跡のような出来事でもありましたね。
2008/8/12(火) 午前 10:54
道先生。ほんと、あのうっかりが、人生の恵みへの決意でしたね。背後に聖霊なる神様の豊かな導きがあったことを痛感しています。それにしても、道先生も、スピード社の水着で、金メダルを狙っていますね!ははは。世界新記録のような恵みの生涯ですね、道先生の生涯は。
2008/8/12(火) 午前 10:57
つちはしさん。猛暑のテキサスから、さわやかなエールを感謝します。あんなに説教のときに、「もう、帰ろう・・・」と思っていたのに、高山先生の一声で、うっかり・・・・。牧師の働きの影響は、説教だけでなく、主の恵みに応答する姿そのものから発する、恩寵の輝きのようなものでしょうかね・・・。ご主人様によろしく!
2008/8/12(火) 午前 11:02
内村鑑三が娘の葬儀の時、棺を前にして「バンザイ!」と叫び参列に来た人がびっくりして信仰に入った有名な話がありますが、酒瓶を叩き割るっていうもの衝撃的場面ですね。それは別にしてうっかり手を挙げられたとか・・。人生は不思議ですね。
2008/8/12(火) 午前 11:49 [ kabanotakara ]
そうですね。わたしも牧師を30年していて、この時と今の感想とはかなり違うものを持っています。あの20歳の時には、お酒におぼれて悔い改めた話なんか、日本帝国主義の経済的なアジア進出に比べたら、どうってことないと思っていました。でも、家庭を破壊し、精神的な病を引き起こすアルコールの害からの解放もまた決して小さいものではない、と思っています。
2008/8/12(火) 午後 10:58