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この絵は一浪のころ大田区千鳥町の駅の近く
そして、献身をして牧師になることを決めてはいたが、最後の思いとして、一応、東京芸大を受験するこ
とにした。しかし、あえなく失敗。覚悟はしていたものの、失望は隠せない。目白の予備校のどばたの先
生にそのことを知らせようと思って目白の駅を降りても足が前に進まない。古本屋に何気なくよって、ぱ
らぱらと本をめくったりしていた。目白の商店街の中を歩いている時に、ふと、その商店街の屋根が長く
続いているのを見て、僕の人生はこのように、いつも失敗、いつも不合格で、長い、暗い、トンネルが続
いているのではないだろうか?僕の人生は呪われた宿命の中にあるのではないだろうか?と不安を感じ
た。わたしの人生は、その後、いつもある意味で恵まれた生涯であったと思うが、あの時の芸大受験失敗
4回目!はさすがにこたえたものだった。その後に、教会に住み込んで、教会献身の一年を迎えたが、そ
の時に、大田区で旋盤工を1年近くしたので、失業保険が出るということで、4月から大塚の職業訓練校
に行った。その試験の時も、「また、落ちるんじゃないか?」という不安がやってきた。しかし、こちら
は無事合格して(よかったねー・・・)、毎日、軽印刷の学び、ガリ版、和文タイプ、写植の学びをし
た。この時も楽しい思い出がたくさんあるが、それは省略しよう。
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見に来てありがとう。仕事始めたほうがいいよ
2008/10/28(火) 午後 11:19 [ 龍前 ]
書き込みありがとうございました〜!人生失敗の連続ですね〜!?私の今までの最大の失敗は結婚に失敗した事ですかね〜!?
私の苦しい時の考え方は最後にはいつも「なるようになるさ〜」って居直ってやってきました〜
2008/10/28(火) 午後 11:24
ランダムから来ました。今晩は!ちょくちょく訪問します。よろしくお願いします。
2008/10/28(火) 午後 11:26
28日のブログ拝読しました。
チャレンジへの苦悩、そのアイデンティティーが先生の笑顔をつうじて周囲に平安と慰めを与えていると悟りました。
15年前、私は、事業の失敗者(会社法的破産)とする烙印を押されていました。心の中では葛藤する毎日でした。ある日、通訳をすることになったとき、ある先生が事業失敗者への裁きについて語るとき、それを通訳できませんでした。
それ以来、”人生の失敗”の定義とは何なのかと問いかけています。
70歳を過ぎて思うことは”私の出エジプト”と悟り、次のカナンを目指すことができました。
2008/10/29(水) 午前 8:09 [ SJ.hy ]
龍前さん。コメントありがとう。
こんな僕も、4年浪人のあとに仕事に着くことになりました。
今はもう30数年仕事一筋でやってきました。
ご心配かけてすみません。
2008/10/29(水) 午前 9:03
Zeppnacさん。ステキなブログをおつくりですよね。
わたしも失敗の多い人生を歩んできました。
でも、失敗を通して学ぶこと多いですよね。
運転していて、道に迷うのも多いですね。
失敗を通して学ぶタイプと、自分を考えています。
2008/10/29(水) 午前 9:06
永遠の野球少年さん。
息子さんと一緒に野球していらっしゃるんですか。
僕も中学時代は野球部でキャッチャー、5番か6番打者で
がんばった時代がありましたね。
またいらしてください。
2008/10/29(水) 午前 9:09
SJ.hy さん。いろんなところを通られたのですね。
でも、SJ.hy さんの笑顔は素敵ですよ。
イエス様と共に歩んでおられるからですね。
2008/10/29(水) 午前 9:12
天下の芸大は、ストレートで入学するのは余程の天才でしょうね。
そう言えば、A教会のK牧師は東大に入るために4浪したとか・・・
落っこちて、TBSに入ったと聞いたことがあります。
苦渋を経験して大成する。
僕も・・・笑
2008/10/30(木) 午前 7:00 [ agnus_dei316 ]
agnus_dei316 さん。芸大は結構難しいですね。そうですか。A教会のKsennseiha東大を目指されたのですか。そして、TBSへ。nagnus_dei316 さんは、恵みの道をひた走りっていう感じではありませんか?主は最善を為されますね。
2008/10/30(木) 午後 9:43
kureni 先生、芸大に入らなかったことで、今日があるのだと思いますが、それにしても、芸大の先生方は、この絵の感覚が、分からないのですかねえ。 いい色です。
2008/10/31(金) 午前 11:28
イヤー褒めて下さるのはAbe先生とか、ブログの仲間だけですよ。この絵は浪人1年目の大田区の兄貴のアパートにいた頃ですね。結構ブログで見ると、いい色彩で見えますね。(あは、自画自賛とはこのことですね、笑)
2008/10/31(金) 午後 11:03
こんにちは、お久しぶりです。kureniさんの人生いろいろつらいことが多かったようですが、それもこれも神様の素晴らしい御計画のもとだったんですね。
息子は走って野球もしていますのでママは忙しいですう〜〜。
2008/11/1(土) 午前 4:41
つらい経験が、牧師になるkureniさんには、必要な経験だったのですね。順風満帆の人には、苦しみの中にいる人の気持ちがわかりませんからね。
2008/11/1(土) 午前 8:12
つちはしさん。お元気そうで何より・・。そうそう、31日に教会員が亡くなって、前夜式、お葬式、そして今日が聖徒の日、午後、墓前礼拝、そして夜の夕拝・・・・。ホームランを打ったときのように、ベースを走り続けて、今日はふらふら。明日からは、二泊三日のセミナーが続いています。あっちもこっちも、忙しいですなー!!感謝、感謝!
2008/11/2(日) 午後 10:30
道先生のコメントはすばらしい。いつも励ましを下さいますね。そうですよ。失恋したものでなければあの苦しみは解りませんね。それにしても今日のアパルームを夕拝前に皆で読んだのですが、キリストの謙卑について学びました。フィリピ2:6−。ドストエフスキーの「罪と罰」の話をしましたよ。酔っ払いのマルメラードフが馬に蹴られて死に、あの主人公の殺人者ラスコーリニコフが深い同情を寄せ、売春婦姿のあられもないソーニャがやってくる。常識ある人からはどうしようもない人たちに見えるけれども、世界で最も真実な美しい人たちと描く深さに感動しますね!
2008/11/2(日) 午後 10:38
うわー、大田区千鳥町、、ものすごく地元に近いです。今は、オーストラリアです。
2008/11/5(水) 午前 11:37 [ Chipmonk ]
大田区千鳥町の近くなんですか?池上線の懐かしい電車は今も走っているのかな?シドニーの電車はいかがですか?
2008/11/5(水) 午後 10:37
芸大受験者は浪人が当たり前でしたね。今もそうだと思いますが、私の頃は、一次が学科、二次試験が石膏デッサン、三次が私の場合彫刻の実技試験でした。私の場合は、三次まで行きましたが、ふなれな彫塑で自分の手を作りました。周りの受験生の作品を見て、これでは合格は無理だと思いました。しかし、二次まで合格したので大阪の母に電話で連絡したところ、芸大に合格したと聞き違え、近所に言いふらす有様。後で恥じをかくことになりました。浪人も考えましたが浪人しても合格出来るとはかぎらないので受験可能日の武蔵美を受験することにしました。この記事でその頃を思い出しましたが、先生はこんなに素敵な作品を沢山残しておられるのにどうしてダメだったのでしようか。運が悪いとしか言いようがないですが、神が先生を必要としていたのでしようね。
2008/11/8(土) 午後 11:28 [ kabanotakara ]
カバ先生。先生の時代とわたしの時代は少し受験の内容が違いましたね。わたしの時には一次が石膏デッサン、二次が油絵、そして三次が学科となっておりました。ですから受験勉強はほとんどがデッサンと油絵。わたしの友人なんかも、二次に合格してから、あわてて三次の学科試験の準備に入るというようなことが言われましたね。学科は3点取れればいい。ほとんど形式的なもので、実際的な評価は、デッサンと油絵の実技のテストだ、と教えられていましたね。あの頃もう少し、勉強のほうにも力を入れていればよかったと今は思うのですが・・・。英語力とか・・。ま、デッサンや読書に時間が取れたのもすばらしい恵みでしたね!カバ先生は三次テストまで行ったんですね。すばらしい!
2008/11/10(月) 午前 8:58