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住み込んだ教会の牧師館からのスケッチ
3月の半ばのころ、小学生のころからの友人、谷保や数人が、わたしが献身を考え、教会の二階に引っ越
すということを言っておいたら、僕が、予備校で絵を描いている時か、会社で働いていて、留守の時に、
谷保の車(ちり紙交換車)で運んでくれた。T牧師先生は「役員会にかけてから…」とか言っていたのだ
がもう、荷物を持ってきてしまった。先生としては、教会献身をする青年が与えられたことを感謝すると
ともに、急に、引越しの道具を持ってくる青年に少し、恐れを感じていたようなところもあったようだ。
ペンテコステの礼拝の時に、野村姉とともに転入会の恵みに預かった。
その直前、牧師先生が下の方から、二階にいる僕を呼ばれた。下に降りてゆくと、「クレニさん、あな
たは練馬○○教会で何をやって来たのかね?」と聞かれる。「はあ?」と聞いてゆくと、練馬の教会の牧
師先生から、教会籍の転籍のことで連絡があったが、そこに「クレニ君は大変、熱烈な信者ですが、教会
訓練が不十分なのと、いわゆる問題提起者の一員でしたので、そのへんのところを丁寧にしないと、貴教
会に迷惑をかけるといけないと思います…云々」と書いてあった。「先生、大丈夫です。もう、過去のこ
とですから!」と言って先生を安心させようとしたが、先生はまだ不安が残っているようだった。
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同情してくれてありがとう。でも、母教会の先生にとっては、当時の問題提起者は本当に大変な存在だったと思いますよ。礼拝中に後ろの席をヘルメットをかぶって出席したり、説教中、「ナンセンス!」なんて叫んだりしていたんですから。勿論私はそこまではやりませんでしたが、彼らと一緒に行動していたのですから、転会先の教会で、教会に住み込んで、ヘルメットをかぶった仲間と教会を占拠されたら大変ですから、心配は当然だったでしょうね。いかにも1971年の頃の話です。
2008/11/5(水) 午前 7:09
おもしろそうなブログですね。また、続きを読みたいので、お気に入りにポチさせてくださいね。
2008/11/5(水) 午前 11:34 [ Chipmonk ]
オーストラリアのシドニーからはるばる来て下さって、感激です!!ステキなブログに行かせていただきました。今後ともよろしく。僕もお気に入りに入れさせていただきますね。
2008/11/5(水) 午後 9:51
私も学生運動を,高校生の頃はやっていましたね。でも,クリスチャンになってからは,ゲバ棒じゃ世の中は変わらないと悟りました。kureninさんもそうでしょ?屋根裏部屋で生活したんですか?恵み溢れる苦労ですね。
2008/11/6(木) 午後 10:08
今のKureniさんからは想像がつかない破天荒?というか、まじめぶり??というか、何というのでしょうか、、、物事を性急に解決できるという熱血漢振りとでもいうのでしょうか、、、まじめな人ほどあの時代には破天荒にも熱血漢にもなれたように思います。主のお計らいは、私たちには想像もつきませんが、、、完璧ですね。 いつもながら素敵な絵をありがとうございます。
2008/11/7(金) 午前 1:09 [ dogmomo3 ]
道先生。クリスチャンになって「ゲバ棒じゃ世の中変わらない」って悟ったんですね。聖書の内容を深く理解しておられたのですね。わたしにとっては、二つのことが大きな問題でした。自分の罪に染んだ性質からどのようにして解放されるのか、そしてもうひとつはこの世の悪にどのように立ち向かえばいいのか?前者の答えは主イエスの十字架の贖いへの信仰であり、後者は反戦運動と思っていたんですね。でも、現実の壁は厚すぎて、20歳の青年には無力感に悩む日々でしたね。屋根裏部屋は最高でしたね。あははは・・。
2008/11/7(金) 午前 7:32
じゅんこさん。わたしは性格が単純なんですね。自分の力によって社会は動くと思っていましたね。このころ、夜、遅くまで礼拝堂の前でで座布団を持っていってそこで正座して、御言葉を読み、祈りましたね。あるときには講壇の壁にめらめらと燃える炎の幻のようなものを感じ、やがて起こる「リバイバルの炎か?」と思ったこともありました。今も、そのような感覚がありますね。自分の限界性は年と共に認識してはおりますが・・・。じゅんこさんが元気でおられるので、ほっとしています。ブログの復活を祈ります!
2008/11/7(金) 午前 7:42
セミナーでお会いできてよかったです。
すっかり大家の域ですね。
自伝、いつか出版する運びになればと期待しています。
2008/11/7(金) 午後 9:40 [ hitsuji1224 ]
いやいや、先生とお会いできて、いつも刺激になります。
agn*s_*e*316さんの鋭い論理と深い神学的洞察には感心しています。
今度、agn*s_*e*316さんの説教集を分けていただきたいですね。
2008/11/7(金) 午後 11:27
教会の二階に引っ越したのですか。教会献身?私は教会は高校まで時々通いましたが、教会のことは良く知りません。牧師先生から教会訓練って言うことが必要なんですね。学生運動をする学生は問題提起者と呼ばれていたんですね。この頃は多分私は大学の聖書研究会と文芸部でサークル活動をし、大学の帰りはコンチェルトと言うクラシックを黙って聞く喫茶店でバッハばかりリクエストと神学や哲学関係の本を斜め読みにしていましたね。・
2008/11/8(土) 午後 11:41 [ kabanotakara ]
私も学生時代は目黒区に住んでおり、大田区の教会に通っていました。Kureniさんよりだいぶ後の時代であり、学生運動も下火になっており、私が教会に通ったのも塾のアルバイトが目的でしたが。
2008/11/9(日) 午後 10:44
カバ先生。日本の教会のかなりの数は、牧師として献身を決意した場合、教会献身というのをします。それは1年間、教会に住み込んだりして、朝の祈りのときを持ったり、牧師から霊的な訓練を頂き、また、教会の実際的な働きの手伝いなどを体験し、1年かけて、献身の決意が確かかどうかを深く探ります。教会の屋根裏に住みながら、ずいぶん、自我が砕かれるような、恵みの体験をいたしました。すばらしい人生の1ページでしたよ。
2008/11/10(月) 午前 8:47
Danさん。大田区の教会に通っておっれたのですか・・。わたしの時は1970年。なかなか厳しい時代でした。わたしは大田区に住みながら教会は練馬の桜台の教会に通っていました。ダンさんの恩師は大田区の牧師ですか?
2008/11/10(月) 午前 8:50
大田区の牧師は二年間、断食までして私のことを祈って下さいました。私が救いに導かれたのはその教会を去って一年半後のこですが。
2008/11/10(月) 午後 10:53
クレニ先生は恐い人だったのですか?そういう方には見えませんけど。。
イエス様によって変わったんですね。。。
2008/11/11(火) 午前 0:18
danさんの証はすばらしいですね。読ませていただきました。断食してまで魂のために祈る先生は主の証しの器ですね。お互いそのような先生に習いたいものですね。
2008/11/11(火) 午前 7:28
ホーリー先生。わたしは恐い人ではありませんよ。でも、ある方面から見ると恐い人だったのかな?差別された側とか、圧迫された側に立つという見方をすると、どうしても、過激な革命とか闘争とか言うところに立たざるを得なくなりますね。暴力に対して非暴力で、憎しみに対して愛で戦ったマルチン・ルーサー・キング牧師の歩みはすばらしいですね。オバマさんにも祈りつつ期待してはいるのですが・・・。
2008/11/11(火) 午前 7:33
先生とご一緒できて感謝でした。込尾隆義
2009/3/18(水) 午前 5:18 [ k46*7*4 ]
k4688*7*4さん。今、インチョン空港で書き込んでいます。空すばらしい旅行でしたね〜。感激でした!またゆっくり書き込みますね。
2009/3/20(金) 午後 5:57 [ クレニ ]
k46*7*4 さん。ホームぺじまでは行き着いたのですが、書き込みができず残念でした・・・。こんごともよろしく・・・。
2009/3/23(月) 午後 9:28