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わたしの教会献身を受けた教会
わたしが住んだ教会の二階の屋根裏部屋は大変味のあるところだった。ラスコーリニコフの住んでいた屋
根裏部屋のような、船底のようなところである。
まず、二階に上がる階段が、普通に使われるはしごのようで、下が透けて見えるので恐かった。それか
ら、2階に入るところが1、5メートルぐらいの四角の穴なので、普通の姿勢で上って行くと、しこたま
頭を角にぶつけることになる。「頭を低くして入るべし」とか言っていた。部屋は3畳敷きであったがい
わゆる屋根裏なので、天井は平坦ではない。一番高い部分で1メートル60センチぐらい、低いところは
1メートルぐらいで、立っているものなかなか大変。それに窓は南側に小さなのが一つ。それも風が吹く
とごとごと音を立てた。夏は屋根がわらの暑さで熱せられ、夜でも40度を越えるので到底寝ていること
はできなかった。そのような時は教会の会堂の隅にベンチを合わせてその上に布団を敷いて眠った。会堂
は広いので涼しくて気持ち良かった。
この部屋でよく矢内原先生の著作や藤井武の著作を読んだ。当時、高橋三郎先生の著作に刺激され、
「芋を食べても藤井武全集は購入すべき」云々と書いてあるのを読んで、藤井武全集を購入した。また、
エレミヤ書を愛読して、部屋に「ヨルダンの密林ではどうするつもりか」と書き付けて貼っておいた。青
年たちがよく遊びに来て夜遅くまで話し込んだ。泊まってゆくのも結構いた。
この屋根裏部屋の1年は、なんとも味のある1年だった!!
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そう言えば、こういう話、根切君から、聞いたことがあります。
2008/11/14(金) 午後 10:35
じゅんこさん。ある方が、夜中の12時を越えると本音が出る、と言うようなことを言われましたが、あの教会の屋根裏部屋で遅くまで語り合い、論じ合い、祈りあった一年は、味の濃い一年でしたね・・。あ、うちの教会は今もそんな感じのところがありますが・・。あはは・・
2008/11/15(土) 午前 0:24
道先生。ほんとにそう思いますね。わたしの教会のおじいちゃんのT先生が「クレニ君のところへは、よくお友達が来ますね・・」とか言われたことがあります。当時の全共闘崩れの青年とか、三島由紀夫に心酔した青年とか、時にはアル中のおじさんも来ましたね。ラスコーリニコフの、ラズミーヒンとかゾシーモフとか、すばらしい友人がたくさんいたのに、・・・殺人前に彼らに出会っていたらあるいは小説が変わっていたかもしれませんね。ま、あれはドストエフスキーの55歳の時の人生前半の総決算のような作品ですから、そんな風にしたら、全ての構想が崩れてしまうでしょうけど・・。
2008/11/15(土) 午前 0:30
Abe先生。根切君がわたしよりも早く川崎の教会で教会堂の2畳の屋根裏で住んだんですよ。ですから、わたしは、ああ、献身って、二畳間で、特別訓練を受けるんだ・・って、無言の教えを頂いていましたね。彼の影響は強かったですね。お互いに、今も、影響しあって歩んでいますよ・・。
2008/11/15(土) 午前 0:34
そう言えば、僕も教会献身してK教会の旧会堂の屋根裏部屋に寝泊りしていました。毎朝、S牧師と早天祈祷会を二人でしましたっけ・・・。その後、TBSに入学。
ゾシーモフは<カラマーゾフの兄弟>に出てくる長老です・・・聖人ですが、死んで腐臭が出てきて、見習い僧侶のアリョーシャ(カラマーゾフの主人公の一人)がショックを受ける。ドストエフスキーは面白いですね。
2008/11/15(土) 午前 7:12 [ hitsuji1224 ]
agn*s_*e*316さんも屋根裏部屋での教会献身組みですか?同じ時代の、同志ですね。K教会との不思議な導きですものね。
ゾシーモフはラズミーヒンの友達で、お医者さん。ラスコーリニコフの病状を見てくださる独身の青年医師だったと思います。ラスコーリニコフのお母さんや妹さんの絶大な信頼を受けていますね。「カラマーゾフの兄弟」の長老はゾシマ長老ではありませんか?その葬儀の時にアリョーシャはカナの結婚式の夢を見る・・・。現実世界がグイーンと引き伸ばされて、天国の宴会の描写になる場面ですね。わたしの尊敬する人に、「リュウゾシマ」と言う人もいますが・・。ふふふ
2008/11/15(土) 午前 7:34
ハハハ、僕としたことが間違いました・・・<(_ _)>
大学入学前は、「罪と罰」3度は読んでいると思うのですが、入学後はニーチェばかり読んでいて、ドストエフスキーは余り読まなくなっていたのです。ロシア文学専攻なのに・・・。もう35年以上読まないな・・・(^_^;)
kureniさんのほうがよくご存知で・・・
「リュウゾシマ」は傑作ですね。笑いました・・・(*^。^*)
2008/11/16(日) 午前 6:32 [ hitsuji1224 ]
「弘法も筆の誤り」と言うところですね。
実は、最近、「罪と罰」とか「カラマーゾフの兄弟」
とか友人と読んでいるんですよ。かなりゆっくりしかも全部
音読で・・・。「罪と罰」など、前半を20時間ぐらいかけて
じっくり読み、更に、工藤精四郎とか原卓也の解説とか、加賀乙彦の解説など、一点集中で、ドストエフスキーに凝ってんですよね・・。あれ?余計なこと言っちゃったかな?
2008/11/16(日) 午後 10:44
いいですね。
僕も加わりたい気持ちです。
ひょっとして、TBSの授業で・・・?
多忙極めるkureniさんなのに、すごいですね。
2008/11/17(月) 午後 10:52 [ agnus_dei316 ]
ロシア文学専攻のagnus_dei316 さんに加わっていただけたら
最高ですね! これは気のあった友人との読書会です。ぼくも
あちらこちらと気が多くて反省するところ大です。でも、
ドストエフスキーという方は多面的で、おもしろいですね。
2008/11/19(水) 午前 10:23
今日は、「罪と罰」の読書会がありました。蒸し風呂のようなラスコーリニコフの部屋に、お母さんと妹のドーニャ、それにラズミーヒンとゾシーモフが話し合っている時に、ソーニャが初めて入ってくる場面でした。18歳のソーニャのおどおどした様子を見ていてラスコーリニコフは内心が逆転するような衝撃を受けます。この辺の描写は大変すばらしいと思いました。暴力に訴えてでも世の悪を取り除こうとするラスコーリニコフとジーっと人間の弱さと破れを一身に負う少女の犠牲愛の姿。この衝撃が、ラスコーリニコフを逆転の人生へと導いていったように読みました。上巻の終わりに近い部分です。
2008/11/20(木) 午後 9:59
矢内原忠雄の著作を読まれていたのですか。当時のクリスチャンは結構、読んでいたのかもしれませんね。東大の学生にも大きな影響を与えたようですし。私は藤井武は読んだことがありませんが、先生に勧められて、小池辰雄の本を読んでいました。
2008/11/23(日) 午前 8:09
ドストエフスキーの小説は、カーニヴァル的だと評したロシアの評論家がいました。バフチン。
個性ある登場人物が一同に会し、それぞれの個性をぶつけ合う。
モーツアルトのオペラの8重唱のようなものです。
ソーニャは家族のために犠牲となって娼婦として家族を養います。その金で父マルメラードフは酒で酔いつぶれ、自己を呪う。心を病む気位の高い義母。ラスコーリニコフはそんなソーニャ一家を見て、回心へと導かれるのでしょうね。
2008/11/24(月) 午前 6:48 [ hitsuji1224 ]
Danさん。当時、わたしは浪人中で、油絵ばかりを描いていました。間だの古本屋から矢内原全集を見つけて購入し、藤井武全集は岩波からこの当時新しいのが出ましたので近くの本屋さんで購入しました。藤井武の「聖書から見たる日本」とかイザヤ書からのメッセージに感動していました。小池辰雄先生のものは後になって「詩編」の一巻本を購入して読ませていただきました。ドイツ文学者で詩人ですね。詩編46編の講解など、印象的でした。
2008/11/24(月) 午前 8:46
agn*s_*e*316さん。楽しい文章をありがとうございます。うちは今日これからバザーで、皆さんが9時ごろから集まります。わいわいがやがやと楽しくやろうと思っています。ドストエフスキーはサーヴィス精神が旺盛ですね。モーツアルトの8重唱ですか・・なるほど。
それと質問なのですが、ラスコーリニコフは、ソーニャ一家によって回心に導かれるのでしょうか?と言うのは、わたしは今回、もう一度「罪と罰」をぱらぱらとめくってみて、どうもラスコーリニコフは、回心してはいないんじゃないか?老婆殺しの出来事を、罪を犯したとは、最後まで罪を犯したとは考えていないんじゃないかと感じているんですが・・・。この辺はいかがなものでしょうか?あ、バザーの方々が来はじめていますね・・・。じゃ、また・・・。
2008/11/24(月) 午前 8:55
それと、道先生への文章に、55歳のときの人生前半への総決算と書きましたが、45歳の間違いでした。すみません。思い違いでした。でも、彼の人生前半の総決算と言うべき作品であるのは間違いないと思うのですが・・・。
2008/11/24(月) 午前 8:58
バザーご苦労様・・・
こちらは栃木地区の集会が日曜日夕方、月曜日丸一日ありました。
講師は、大○溥先生(聖書協会理事長)でした。
とても充実した講演でした。
ラスコーリニコフの回心については、僕の憶測です。確信犯としての殺人なら、ラスコーリニコフはこれほどまでに世界の読者から支持されていなかったと思います。ソーニャを通して、生き返ったラザロそして甦りのキリストを見たからこそ、自首していくのだ思います。
ソーニャについては、ラスコーリニコフは自分と同じ種類の人間だと考えますね。つまり、自分を殺した人間だと。
2008/11/25(火) 午前 6:41 [ hitsuji1224 ]
いや〜、文章からの想像ですが、これは夏場を除き「神思う場所」最適な場所ですね。(私が大学時代の下宿部屋は四畳半の畳、あるものは蜜柑箱の机といちさなFMラジオだけでした)この頃次々と無教会系の人々の著作を読まれたのですね。
2008/11/25(火) 午前 9:50 [ kabanotakara ]
agn*s_*e*316さん。祝日のいつも主の御用すばらしいですね。
バザーも楽しかったですね。
時間があったらアップしますね。
それとラスコーリニコフに関しては、わたしも昔はソーニャのまで回心して自首したように思っていたのですが、何か、違うような気がしますね・・・。もっと複雑で、自分のうちで、ある思想と別の思想がしのぎを削っているような・・・・、そんな感じがしますね。
2008/11/25(火) 午後 9:04
kab*no*a*ara先生。ほんとほんと・・・。夏場の40度を越えてしまうとちょっと暑すぎですが、それ以外は「神思う最適な場所」でした。それでも、昼間は職業訓練校へ、そして夜は友人たちがひっきりなしに来て信仰談義と人生相談。職業訓練校の夏休みに内村鑑三のロマ書を読みましたが、8章ぐらいで、後はなかなか進みませんでしたね。矢内原先生の「世の尊敬する人物」とか、「新渡戸稲造先生」の項などは感動でしたね・・・。
2008/11/25(火) 午後 9:08