KURENI 主と共に歩む恵みの日々

2019年がやってきましたね〜。チャレンジの一年!!

クリスチャンになって2年目の頃

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教会の屋根裏に教会献身者として住み込んでいた頃の体験のひとつ。夢の話をしましょう。

1972年の頃。当時、わたしにとっての、唯一のよりどころ的な存在は、矢内原忠雄先生でした。勿論矢内

原先生に関しては書物の上でしかあったことがありませんでした。自分の内なる罪の贖いと、外なる社会

的罪との果敢なる戦いをした矢内原先生の信仰世界は、わたしの不安定な精神状況の中で大きな支えでし

た。「余の尊敬する人物」の中のエレミヤやパウロ、また、藤井武や新渡戸稲造などは大きな感動をもっ

て読みました。また「キリスト教とマルクス主義」も、わたしなりに自分の考え方を整える時の支えとな

りました。

  その頃に見た、夢の中に矢内原先生があらわれました。

 夢の中で、わたしは故郷の田舎の部屋にいました。少し、暗いつくりの家の隠居の建物の一部屋でし

た。そこで、何か考え事をしていたような、何かに悩んでいるような時でした。ふと見ると、着物を着流

した立派な紳士が入ってきました。肩に小さな子供を乗せ、右の腕で支えていました。

「あ、矢内原先生だ!」と思わず叫びました。

「先生、わたしの家にまで来てくださったのですね。すみません」と言うと、彫像のような直立不動の先

生は、謹厳に、やさしく、わたしに語りかけた。「・・・・・いつの時代でも、多くの問題はある。世界

は罪と混乱で満ちている。しかし、あなたは何を見ているのか。風にそよぐ葦であるか。そうではあるま

い。神の遣わした、預言者か。・・・・・・・あなたに歌を贈ろう。『・・・・・世は・・・時代の風に

そよぐ葦 ・・・神の預言者・・・・』」。わたしは感激して、この句は決して忘れてはいけない!すご

い句を頂いた!と感激し、復唱しました。

そこで目を覚ましました。

わたしは教会の二階の三畳の屋根裏部屋で、目を覚まし、涙ながらに、布団の上で正座して神様に感謝し

て祈りました。しかし、短歌の正確な言葉は思い出せませんでした。でも内容は、覚えています。「多く

のものは時代の風に流される葦のようだ。しかし、神の遣わした主の預言者は、時代をわきまえ、神のみ

言葉に立って、大胆にみ言葉を語るのだ」という意味でした。今、考えると大体、このような感じだった

かと思います。

『・・・・・世はなべて時代の風にそよぐ葦 磐に立てかし神の預言者・・・・』」

 

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矢内原先生のお名前は存じ上げていますが、ご著書は拝見したことがありません。今度読んでみたいと思います。

2008/12/1(月) 午前 9:17 minorun

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先生、ご無沙汰しております。シロクマです。
矢内原忠雄先生は、たしか内村鑑三の弟子だったと伺っています。お名前はよく存じていますが、お顔を写真で拝見したのは初めてです。凛々しい方ですね。

2008/12/2(火) 午前 1:25 シロクマ

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書物でしか会ったことのない矢内原先生が夢に出て来るなんて!しかもそのことを詳しく30年以上も覚えていらっしゃるなんて、牧師になる器は違うなあって、感心しました。わたしなんて、さっき見た夢だって忘れちゃうのに。明治のクリスチャンの気骨ある生き方、見習いたいけど、無理かなあ。

2008/12/2(火) 午前 6:21 道

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みのるん神父様お忙しい中お出かけくださり感謝です。なかなかカトリックの方と知り合うのはあまりチャンスが無いものですからとてもうれしく思います。末永くおまじわりをよろしくお願いします。会堂が立派ですね!

2008/12/2(火) 午後 9:58 ps2**62000

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シロクマさん。お元気でがんばっておられることでしょうね。矢内原先生はすばらしい方ですね。まっすぐに主イエスの弟子として青年時代から歩んだ方ですね。戦時中は右翼に戦後は共産主義者に挑まれつつも福音信仰に徹した証し人ですね。

2008/12/2(火) 午後 10:01 ps2**62000

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この頃は20歳で、教会献身のときだったので、本当に純真に、主の僕として歩もうと言う一心だったんですね。(今でも、そのつもりですが・・・)このときの夢はとても感動で、目が覚めてから思わず、その場で正座して祈りましたね。しかし、わたしも年を取りましたが、福音の使徒として歩む気骨や預言者のような洞察力や戦いの姿勢が弱いですね。先日、藤田若雄さんの「礎をすえるもの」という矢内原先生の伝記を読み返して感動しました。

2008/12/2(火) 午後 10:08 ps2**62000

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こういう高尚な夢をみたいものです。私の見る夢は、ヘビやトカゲの夢ばかりで…
昔田舎には、本当に沢山のヘビがいました。子供心に、あれが本当に怖かった…(笑)

2008/12/2(火) 午後 11:31 abeishihara

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今、毎朝の早天祈祷会で、創世記をゆっくりゆっくり読んでいます。3-4節ぐらいづつ。今日は創世記41章1-4節でした。ファラオの見た夢。「見よ」、と言う語が、ナイル川に立つファラオと、つややかな越えた雌牛と、醜いやせた雌牛の前にあって、今朝はこの三者を見つめて黙想しました。異教の支配者、幸い、そして災い。歴史を導く神を知るヨセフがこのときファラオの前に導かれたのですね。創世記の夢と昨日は「罪と罰」に出てくる四つの夢なども考えていました。夢は面白いですね!!

2008/12/3(水) 午前 7:44 ps2**62000

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Mok sa nim(牧師)ご無沙汰しました。
矢内原先生との出会いを読ませていただきました。
私は24歳(その時大学1年)のとき矢内原先生の本にであいました。混乱の時代(北送する)でした。多くの友人がマルクス主義に傾注し、パラダイスを目指して帰らぬ人になっています。私は、「キリスト教とマルクス主義」を読み、誘惑に勝ってクリスチャンになりました。
息子が生まれたとき、通称名をただお(漢字はでは禎雄と書きましたが)と命名し、高校卒業までは呼んでいました。私の夢を息子に託したのです。私は先生を尊敬し、そのような人格を身につけようとしました。イエス・キリストは先生のメガネから眺めるだけでした。ところが、48歳の時から苦難の時がありましたが、初めて、イエスと直接にであいました。

以上のようなことを思い出しました。
私も今は72歳、「あなたの律法を楽しみとしていなければ、この苦しみに私は滅びていたことでしょう」(詩119:92)を痛感し深い恵を悟る年齢になりました。
クリスマスが近づきます。
「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人にあれ」と祈ります。

2008/12/4(木) 午後 9:52 reh*bo*h*j

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Mok sa nim(牧師)ご無沙汰しました。
矢内原先生との出会いを読ませていただきました。
私は24歳(その時大学1年)のとき矢内原先生の本にであいました。混乱の時代(北送する)でした。多くの友人がマルクス主義に傾注し、パラダイスを目指して帰らぬ人になっています。私は、「キリスト教とマルクス主義」を読み、誘惑に勝ってクリスチャンになりました。
息子が生まれたとき、通称名をただお(漢字はでは禎雄と書きましたが)と命名し、高校卒業までは呼んでいました。私の夢を息子に託したのです。私は先生を尊敬し、そのような人格を身につけようとしました。

以上のようなことを思い出しました。
私も今は72歳、「あなたの律法を楽しみとしていなければ、この苦しみに私は滅びていたことでしょう」(詩119:92)を痛感し深い恵を悟る年齢になりました。
クリスマスが近づきます。
「いと高きところには栄光、神にあれ、地には平和、御心に適う人
にあれ」と祈ります。
SJ Hyun

2008/12/4(木) 午後 9:58 reh*bo*h*j

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SJ Hyun さん。そうですか。驚きでした。息子さんに「ただお」のお名前を頂くほどに傾倒しておられたのですね。矢内原先生には今も、特に詩編の研究のときなどお世話になっていますね。矢内原先生の詩編注解はいいですね。

2008/12/5(金) 午前 0:32 ps2**62000

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すばらしい夢をご覧になったのですね。「パンセ」もイメージするような夢ですね。「余の尊敬する人物」で矢内原忠雄はリンカン大統領をあげていますが、オバマ氏もリンカンの言葉を引用して演説しています。矢内原先生の考えは時代を超えていますね。
最近の学生はポポロ事件も矢内原門も知らないようです。

2008/12/5(金) 午前 0:35 ダン

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SJ Hyun さんへ。それはそうと、今週の月曜日、ギデオンのクリスマスに行ったら、会場が会社の7階でした。約、30人ぐらいの参加でしたが、一人一人思い出のクリスマスを語り合いました。この社長の時にこのような話をされました。「わたしは昭和8年、韓国の済州島生まれです。そこではわたしが小さいときからクリスマスキャロルをする習慣がありました。イブの夜は両親初め家族が皆白い正装で夜中の2時ごろから朝までのキャロリングの青年たちを待つのです。2歳ぐらいのわたしも寝ていたら起こされました。大きくなったらあの青年たちのようにキャロリングに回るんだと思いつつ大きくなりました。クリスマスが主イエス様の誕生日だと言うのはずっと後になって分かりました。・・・。Hyunさんを思い起こしておりました!

2008/12/5(金) 午前 0:41 ps2**62000

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Danさん。夢の話はおもしろいですね。わたしもこの矢内原先生の夢と後になってみた内村鑑三先生の夢は、宝物の体験(?)のようなものです。内村先生や矢内原先生のまっすぐな預言者的な信仰は筋金入りですね。ポポロ事件や矢内原門のことはわたしもあまり細かくは知りませんでした。

2008/12/5(金) 午前 0:53 ps2**62000

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いつも喜んで祈ります。

2008/12/10(水) 午前 9:48 [ 近い人 ]

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私の父は信仰の父として「矢内原忠雄」、学問の父として慶応大の経済学者「小泉信三」、そして人生の師として俳句の師「青木此君楼」だったようです。私の実家の和室の欄間には「矢内原」先生の写真が主を亡くした今でも飾ってあります。私は矢内原先生の講演を一回だけ中之島公会堂に聞きに行ったことがありました。当時、父のもとに「嘉信」が送り届けられていたことを思い出します。矢内原先生の著書を父の書棚からこっそり取り出して読んだことを思い出します。夢にまで現れたのですね。凄い!!

2008/12/10(水) 午後 11:10 [ kabanotakara ]

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おろかものさん。コメントありがとう。(おろかものさん・・て呼びにくいですね・・・笑い・・)。いまおろかさんのブログに行ってきました。たくさんの情報が詰まっていますね。今後ともよろしくお願いします!

2008/12/11(木) 午前 0:07 ps2**62000

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カバ先生。お父様の生涯を読ませていただいております。共産主義運動で監獄にまで入られたのですね。まっすぐな方だったのですね。自由詩にもお父様の感性と信仰が現われていますね。そうですか、矢内原先生の影響が強かったのですね。実家の欄間の矢内原先生のお写真も拝見したいですね。

2008/12/11(木) 午前 0:12 ps2**62000

私が始めて矢内原先生の事を知ったのは「さざえさんうちあけばなし」の本です。以来矢内原先生の事が気になり書物を見るようになりました。先生が今治のご出身と知り、親しみを覚えました。

2008/12/22(月) 午後 8:07 yay*m*y1972

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あ、サザエさんの「うちあけ話」、僕も銀行の待ち時間に読んだことありますね。みんな静かにしていると、カランコロンと下駄で矢内原先生が入ってくるというの・・・。そうそう、愛媛県のご出身でしたね。新居浜って何県でしたっけ?あそこには、黒崎幸吉とか藤井武等も一時いたんじゃなかったんでしたっけ?

2008/12/22(月) 午後 9:09 ps2**62000


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