|
内村鑑三の夢を見たことがある。
わたしが40歳ぐらいのときであろうか?
僕は田舎の中学校の校庭のそばの岩山に立っていた。この岩山は赤茶けた切り立った壁のような
働きをしていた。 わたしはその切り立った5メートルぐらいの高さに岩山の上に立っていた。
誰かいるような人の気配を感じて、わたしは下へ降りていった。そしたら、
岩のくぼみのようなところに一人の人が静かに立っていた。
内村鑑三だった。その顔は憂いに満ち、人間の罪を悲しむ預言者の風貌だった。
「内村先生!ここに来られたのですか・・・?」
何か重要な話があると言わんばかりだった。
「君の息子の○○○は元気かね?」と尋ねられた。
「元気にやっています。先生は、息子のこと知っておられたのですか?」
わたしははにかむような、懐かしさと尊敬をこめて先生と話した。
先生と話してから、高鳴る胸を押さえつつ、先生の前から、野球部のバックネットの張られた
竹やぶを過ぎて、窓から明かりが漏れるうちの方へと歩いていった。
ささやかな夢だが、わたしには忘れられない夢である。
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用






ええ〜〜〜っ!!
○○○を心配してたん??
気になる夢〜〜〜〜
2010/11/14(日) 午後 11:47 [ - ]
nne**kyさま。そうなんですよね。
○○○が中学生になる頃ですかね・・・?
昭和のはじめに召された内村鑑三が
彼を知るわけはありませんがね・・。
夢だからね。
2010/11/15(月) 午前 8:21
不思議な夢〜
いつかどこかで、解き明かされるといいですね。
2010/11/15(月) 午後 9:48 [ マスカット・アレキサンドリア ]
マスカット様 とても不思議な感じのする夢でした。
文字にしてみると、なんでもないようなんですが、
夢から覚めたときには感激して、ノートに書き
留めておきました。(引越しで、そのノートが紛失して
いるんですが・・・・)
2010/11/15(月) 午後 11:29
kureni様の思いが夢の中で実現したのでしょうか?
夢の中でも内村鑑三に会って、お話ができるなんて、まさに夢の世界です。
2010/11/16(火) 午後 7:32
みかんさん。この夢も結構前の夢ですね。
息子もいまは31歳です。20年前ぐらいの
夢だったでしょうかね。そうそう、先週の
土曜日は暗い夢を見ましたね。暗い夢は
久しぶりでした。
2010/11/16(火) 午後 11:25
内村の夢を見るなんて、先生が如何に若き日に内村の影響を色濃く受けたのかが、伺われますね。因みに不信仰の私の夢には全く出てきませんでした。四十代頃は「愛しい女性達」登場したり、布施明と手を繋いで草原を散策した夢はあったのですが・・。まるで布施とは漫画のようですね。私の精神性の低さが疑られますね。(笑)
2010/12/10(金) 午前 11:34 [ kabanotakara ]
カバ先生。夢の話に付き合ってくださって感激です!
わたしは、内村が好きですね。最近、また、時々、
内村の「余はいかにして・・・」とか、内村に関する
文章とかを読んでいます。
わたしも高校生の時には、夢の中で、彼女に振られる夢を
よく見ましたね。目を覚ましてからも泣いてました・・・。
2010/12/10(金) 午後 11:14
この9月に清里に集まった大學の聖研の仲間も全く不思議なことに何らかの形で間接的に内村と係わっていたのです。その発見に驚きました。
2010/12/13(月) 午後 1:37 [ kabanotakara ]
記事を読んでそんな感じを持ちました。日本の教会への
内村鑑三の人気はすごいものですね。今回の日本
キリスト教団の総会でも、聖餐式の説教者が内村鑑三の
話をして、「余のキリスト教は十字架教だ」という言葉の
紹介をしました。聖餐式等の聖礼典を最終的には否定した
内村を聖餐式の説教で語るのも妙ですが、内村の信仰の
原点を触れると、日本の教会は興味と尊敬を持って聞きますね。
そうそう、カバ先生のお父様も多分、「十字架教」だったの
ではないかと思いますが、カバ先生の贖罪信仰への問題提起は
どこから来られるのでしょうか・・・・?
2010/12/13(月) 午後 9:40