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この頃描いた練馬の風景
あのころはとにかく、いろんな事を勉強したかった。
ある時、同じ部屋にいた根切が、仕事を終えて、TVでプロレスを見たいと言い出した。うるさくて閉口
したわたしは、次の日に、部屋のテレビのコンセントの所から、はさみでコードをちょん切ってしまっ
た。次の日に根切は「何をするんだ。お前!」と怒った。また、この頃だったと思うが、根切がエレミヤ
書を、感動して徹夜で読んでしまったというのを聞いて、おどろいた。当時、根切は、まだ洗礼を受けて
1年ぐらいしかたっていない。旧約聖書の中のエレミヤ書(!)。何が書いてあるか分からないような預
言書も、その気になれば、現代でも読めるんだ!これは快い刺激となった。わたしも旧約聖書などにも挑
戦し、睡眠不足で仕事をし、時にはうとうとしながら旋盤の仕事をして親父さんに叱られたりした。
水曜日は近くの日本キリスト教団久ケ原教会でしばらく聖書研究・祈祷会を守った。その頃、桃井先生
は、カルヴァンのキリスト教綱要やボンフェッファーの著作等を皆で読みあっておられ、とても刺激だっ
たのを覚えている。また、しばらくして、練馬の教会の方の聖書研究・祈祷会に出席した。その頃、出席
者がなかったので、会を開いていなかった。先生にお願いしてロマ書の研究から始めて頂いた。また、こ
の頃は、うちの教会の青年たちの導きだったのだろうか?新宿伝道所というところに集まって問題提起者
が学び会をしていたので、わたしも加えて頂いた。学びは田川健三の「原始キリスト教の一段面」とかシ
モーヌ・ヴェイーユの著作だったりで非常に難しかった。わたしはスミの方にいて小さくなって聞いてい
るだけだった。また、日米安保条約の改定が6月末にあり、それに対する反対デモが次第に激しさを増し
ていた。4月、5月のころは、一日おきのようにして午後5時の仕事を終えてから、国会前にデモに出か
けた。しかし、20歳のわたしには不可解なことばかり多かった。思春期特有の悩みがあり、教会に対す
る不信感も多くなり、次第にすべてがしらけてみえてきてしまった。デモの後などに皆で新宿の鯨カツな
どで食事をしている時など、わたしは問題提起者らの言動に大きな不信を感じた。6月の安保改定も、あ
れだけの反対運動の盛り上がりを見せながらも、結局はすんなりと通ってしまった。
すべては自分の力のおよばないところで決定されて行き、けだるい空しさだけが残った。
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