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この絵は一浪のころ大田区千鳥町の駅の近く
そして、献身をして牧師になることを決めてはいたが、最後の思いとして、一応、東京芸大を受験するこ
とにした。しかし、あえなく失敗。覚悟はしていたものの、失望は隠せない。目白の予備校のどばたの先
生にそのことを知らせようと思って目白の駅を降りても足が前に進まない。古本屋に何気なくよって、ぱ
らぱらと本をめくったりしていた。目白の商店街の中を歩いている時に、ふと、その商店街の屋根が長く
続いているのを見て、僕の人生はこのように、いつも失敗、いつも不合格で、長い、暗い、トンネルが続
いているのではないだろうか?僕の人生は呪われた宿命の中にあるのではないだろうか?と不安を感じ
た。わたしの人生は、その後、いつもある意味で恵まれた生涯であったと思うが、あの時の芸大受験失敗
4回目!はさすがにこたえたものだった。その後に、教会に住み込んで、教会献身の一年を迎えたが、そ
の時に、大田区で旋盤工を1年近くしたので、失業保険が出るということで、4月から大塚の職業訓練校
に行った。その試験の時も、「また、落ちるんじゃないか?」という不安がやってきた。しかし、こちら
は無事合格して(よかったねー・・・)、毎日、軽印刷の学び、ガリ版、和文タイプ、写植の学びをし
た。この時も楽しい思い出がたくさんあるが、それは省略しよう。
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