KURENI 主と共に歩む恵みの日々

2019年がやってきましたね〜。チャレンジの一年!!

幼い日の思い出

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先日、埼玉県の方に御用で行った帰り、道路わきを見たら小さなかわいい花が咲いていました。

この紫がかった、茶色のクローバーのような花・・。

とても懐かしく思いました。

わたしが育った田舎の玄関の石のわきからも、この小さな花が咲いていました。

この色調、この優しさ、この小ささ、このつつましやかさ・・・

3,4才の子供だったわたしが、1人で遊びながら、心に焼き付けられた

イメージだ  と深く感動しました。

あまりこんなこと描くのは気がひけるのですが、うちの親父はよく酒を飲みましたね。酒ぐらいしか楽しみがなかったのかなー。まだTVもなかったし・・・。親父は酒を飲むと結構飲むほうで、胸囲も1メートル5センチとかいって大きな人だったので飲みっぷりは良かった。つい友人やお客さまが来ると深酒になる。決まって歌うのが「合羽からげて三度がさー。」と言う歌だった。
「・・・どこねぐらの渡り鳥、愚痴じゃなけれどこのおれにあ− 帰る背もない伊豆の下田の日が恋し」鯉名銀平(?)を歌った「雪の渡り鳥」。わたしは、連日聞いて、親父の節で、覚えてしまった。
「意地に生きるが男だと 胸に聞かせて 旅姿 三月三年 今もなお 思い切れずに 残る未練が 泣いている」 こりゃ、不思議、もう、むかーしの歌なのに思いだすよね。記憶は不思議ですね。
小学校の高学年のころ、例の風呂を炊くのが当番の時にはよく歌いましたね。
それか「大利根無常」
「とねーの 利根の沢風 よしきりの 声が冷たく 身を責める これが浮世か 見てはいけない 西空見れば 江戸へ 江戸へ ひと刷け 茜8あかね)雲」
この歌はせりふが入る。「思う出すなー。お玉が池の千葉道場。三羽烏と歌われた平手三樹も今じゃ やくざの用心棒 フッフッフ 人生裏街道の枯れ落ち葉か。
「ぎリーの 義理の夜風に さらされて 月よ お前も 泣きたかろ ・・・・ 抜いたススキを 奥歯でかんだ」「地獄参りの冷酒飲めば 鐘が鐘が鳴る鳴る 妙遠寺・・」
止めてくださるな 妙進殿 落ちぶれ果てても 平手は武士じゃ 散り際だけは 知っております ・・・・
ジャジャジャラジャジャンジャンジャン・・・♪・・・・
小学校6年生の男の子が、棒の切れ端をもって、平手三樹になったつもりで、振り回していました。なんか笑っちゃいますね。
「真室川音頭」とか「芸者ワルツ」なんかはもう書けません・・・。

ああ、今日は、どういうわけだろう。親父と一緒に酒飲んだような雰囲気になってしまった。すみません。まじめな皆さんの多いブログに乱れたことを書いて・・・。親父の誕生日は12月10日でした。

小学校6年生のころに、親父と話をした。
親父が風呂に入っている時に、ぬるいので炊いてくれと言われて、風呂の釜に杉の葉やまきをくべていたときだった。「おまえも大きくなったな。いいか、男は時代の流れと言うもの知らなきゃいかん。世界を広く知るんだ」。「そう?いろんなこと知ってるよ。この間、村の○○で殺人事件があったよね。あの家は嫁と姑さんとの仲が悪かったって・・・」。「うーん、まあこの辺の事件はそれでいいが、もっと世界のことや政治のこと、時代の流れや歴史を知らなくちゃいかんな・・・」。そんな話をしながら、 「へーうちの親父はいろんなことを考えているんだ・・・。えらいんだな・・・」と考えていた。

親父は大変「人のいい性格」だったと思う。
僕が小学校の4年生のころ、あるとき、コタツか囲炉裏のようなところで寝込んでしまった。そしたら、親父が、寝ていた僕を抱き上げて布団のところまで運んでくれた。少し酒が入っていたようだったが、抱き上げて運んでゆくときに独り言を言った。「・・こいつはかわいいよな・・。最近は大きくなって、足もこんなに伸びてきて・・・・」。僕はそのような親父の呟きをうつろに聞きながら、寝たふりをして、布団まで運んでもらった。親父は明治時代の男だから、人前であまりほめるようなことはなかった。しかし、あの時、「ああ、親父は怖いだけでなくて、僕のことをとてもかわいがっているんだ!」と子どもながらに感じた。親父の愛。これが子どもの時の第一の印象だった。

幼い日の思い出の1つに発熱のときの苦しいイメージがある。わたしは小学生のころにとても体が弱いところがあってよく風邪を引いたり、熱を出したりした。熱が出て苦しいときによくうなされて夢を見た。とても不安定な亜空間があり、そこに大きな車が轟音を立てて回っている。隣にも小さな車が回っている。灰色がかった、少しべージュ色のような亜空間が、うなされているときに、ゆがんだり揺らいだりする。それらの車もベルトでつながって回っている。時々、夜中に、目が覚めると母親が額を冷やすために冷たいタオルをお取り替えてくれたりしていた。「大丈夫か?」と笑顔で問いかけてくれた。朝方に熱がひいいてゆくころに、天空に舞うような大きな車がグーングーンとうなりながら、次第次第に小さくなっていく。熱っぽい不快感が、少しずつ消えて行き、風邪は治っていった。この大きな車のような巨大な機械の悪夢は、小学生のときだけで、中学生になったときには精神がはっきりしたのか再び現れたことはなかった。今考えると、あのときの大きな車の轟音とイメージは、わたしが幼い時に入って行った穀倉の機械の音と似ている。そこは脱穀かあるいは縄をゆう機械だったと思うが多くの車がゴーっとなっていてとても怖かった。その恐怖感がイメージとしてやきついたのであろうか。

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