KURENI 主と共に歩む恵みの日々

2019年がやってきましたね〜。チャレンジの一年!!

中学生のころの思い出

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7月15日(金)わたしどもの命の恩人とも言うべき「渡辺正夫先生」が
 
召されました。74歳の生涯でした。わたしと友人のNが、前夜式とお葬儀の
 
御用をします。
 
 
 わたしが小学6年生の頃、一つ年上の甥が中学生になった。彼は目を輝かせて、中学校のことを話してくれた。「面白い先生がいる。この先生は自分のことを『ガマ』とか『ガス』とか言っている。この先生は実はクリスチャンで、友人のNが首に十字架のネックレスをかけていたら『そんなの遊びでするもんじゃない』と言って、『じゃ、それを譲ってくれ』と言ったんだ。」 悪童どもにもてあそばれていたカメを助けた浦島太郎の美談のように小学生のわたしには響いた。「中学校にはめずらしい先生がいるんだ」と思っていた。 それにシュバイツアーのイメージなどが重なった。
そして、中学生になった時に、担任になられたのが、実にこの渡辺という先生だった。先生は新潟県の出身で色の白い、口の大きな方で、教師になって初めての担任がわたしどもだった。24歳の理想と使命に燃えた先生は、わたしども田舎の中学生に体当たりで教育をしてくださった。「人生は出会いで決まる」と言われるが、わたしにとって、渡辺先生との出会いは、文字通りの「人生をまったく変える決定的な出会い」だった。
・・・・
 
文字通りの「人生をまったく変える決定的な出会い」でした。
 
先生、ありがとうございました。
 
後からの追加 写真など。
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                   立派な祭壇でした。
 
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               使い古しの聖書(文語訳)
 
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   昭和35年2月13日に新潟で購入と記されますね。ざっと50年前!!

中学2年生の終りのときに、尊敬と淡い憧れを持っていたM子先生が転任して行ってしまいました。
M子先生は音楽の先生で、図書室の方の責任も持っておられました。先生はA組の担任、わたしはB組の学級委員長でした。B組の担任が男性のW先生。このW先生が内村鑑三の話をして下さった先生です。
よく放課後などは文集つくりなどしてガリ版でガリ切り(懐かしい!)などをしていました。その時に、やさしく美しいM子先生は自分の小さい時の話をしてくれたり、ずいぶん僕のことをほめてくれたりしました。冗談などをいって、コロコロと笑う声がとてもすばらしく響きました。中学3年生まで転任することなく、ずーっと一緒だと約束してくれたりしていました。
そのM子先生が転任するという報告が新聞に出ました。
その日は3月の終りのころでした。少し昼寝をして、夕方、川の土手を歩き始めました。早春の川の流れを見ながら、一人で歩いていたら、とても悲しくなってしまいました。「M子先生が、遠くに行ってしまう。M子先生が転任してしまう!」。夕焼けに染まる空を見上げていると、涙が湧いてきて止まらなくなってしまった。独りで何時間も歩き続けました。「先生うそつきだ。転任しないって言ってたくせに・・」。先生の下宿の近くまで歩いて行き、それから静かに家に帰りました。
日記帳に先生の思い出を6頁ぐらい殴り書きに書きました。
また涙があふれてきました。

中学三年のときの運動会におやじが見に来た。その時、生徒会の役員をしていたわたしが、入場行進の時に、日の丸の端を持ち、先頭に立って進み、国旗掲揚(こんなのあったんだ)のあとに、ラジオ体操をする際、朝礼壇のようなところで皆を導く役だった。おやじはそれがうれしかったのだろうと思う。めずらしく、朝早く、入場のときから校庭の隅の方に敷物を敷いて陣取りこちらの方を見ていた。入場行進のときも、ラジオ体操のときも、おやじの方が気になった。今、思い出すと、何か、セピア色の写真の中におやじの部分だけ光が照っているような不思議な感覚がある。翌年の5月、おやじは脳溢血倒れた。あの時、おやじは55歳だった。

渡辺先生はとてもユニークで面白い先生だった。中学2年生のときにか3年生のときの年賀状に「わが理想の人」という内村鑑三の一文が載っていた。
「善人必ずしもわが理想の人にあらず。
わが理想の人は勇者たるを要す、
真理と正義のために情と闘い、
慾と闘い、友と闘い、家と闘い、
国と闘い、世と闘う者たるを要す。
…わが理想の人は世と相対してひとり陣を張る者なり、
終生の孤立に堪え得る者なり。」 (「内村鑑三所感集276ページ)

中学生のわたしは大きな感銘をもってこの年賀状を読んだ。

ある時、渡辺先生の家に遊びに行った。先生は留守だった。鍵もかけてなかったので、いいや、いいやといって入り込んでしまった。部屋はきたなかった。ま、23歳の独身男性ですからね。食べかけの茶碗とかおなべ、読みかけの本などが散らかっていた。もう1つのお部屋は書棚があり、いろんな本が並んでいた。わたしはこんなに本を持っている人に会ったのは初めてだった。書棚の片隅に、写真がかけてあった。後になって先生に「この人は誰ですか?」と聞くと、「俺のおやじだ」といわれる。先生とは似ていない。本当は誰ですか?と聞くと、「あれは内村鑑三と言うえらい人だ」と言われた。
先生の本棚には、岩波の内村鑑三全集や世界思想全集等があり、中学生になったばかりのわたしには、それらが、とても眩しく見えた。先生は、よく内村鑑三の「愛吟」から取ったと思われる詩を、1年B組の文集で載せてくださった。ロングフェローの「人生の歌」などは、とても感動的で今も覚えている。「我に告ぐなかれ、悲しき調べをもって、人生はただむなしき夢なりと。…・・こは、魂に言われしにあらざるなり…」とか、ローエル という詩人の「貧しき者の財産」等、まだ、心に刻まれている。

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