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クリスマスにはたくさんの思い出があります。
小学4年生のころに、神主の息子「かつのり」が親友で彼が私に教えてくれました。
「あのな、クリスマスって、キリストの誕生日なんだとよ」
「え〜?冗談言って・・。まさか?」
「うちの父ちゃんは神主で何でも知ってるんだよ。きっと間違いないよ。」
「かっちゃん、ほんとうかね・・・?信じられない・・・」
小学校4年生のクレニさんの会話でした。
これはその高校生のころの自画像
高校3年生のころ。
東北の白河におりました。ちょうど倉田百三とか、太宰治とか、柳田謙十郎とか、下村湖人の「次郎物語」などを読んでいたので、教会のようなところに行きたいな・・・。それで、最初、姉の家に行きました。義理の兄のお酒の話に付き合っていたのですが、途中からクリスチャンの中学時代の恩師、渡辺正夫先生の所に行きましたね。先生は静かにお部屋におられて、「愛と認識との出発」に出てくる「野生児として生きよ。Y君に与う」のYは「矢内原忠雄なんですよね。・・・」などと話したのを覚えている。先生と話して自分の兄貴のアパートに帰るときに、白河駅の所を通るときにとても寒かった。でもきれいに夜空が晴れていて、わたしは思わず、「神様。どうぞ世界中の方々に平和と幸福を与えて下さい」と祈りましたね。
そして浪人1年生のころのクリスマス。
芸大油絵科を狙って、受験に備えていたころ。18歳。9月から時々行っていた川崎の教会のクリスマス会に招かれた。30名ぐらいの参加だったでしょうか。キャンドルサービスの後にゲームがあった。骨だけにしたかさにチョコレートなどをぶら下げて撮ったりして、厳粛な教会でこんなことをしても見いのかなという感じだった。最後に役員の金沢さんが車で大田区の千鳥町のアパートまで送ってくださった。車の中でも笑い声が絶えず、車を下ろしていただいた後、見上げた空のきれいだったこと。その夜のわたしのこころは喜びでいっぱいだった。
そして、浪人二年目のクリスマス!わたしはこの時に、人生の最大の経験をした。
洗礼を受けたのだ。1969年12月21日。練馬の小さな教会でのできことだった。
わたしはこの日、クリスマス礼拝で市川先生から、頭に水をかけていただき、キリストの血潮で贖われたり!という雷に打たれたような衝撃を受けた。涙が流れて止まらなかった。
その日の夜は、うれしくてうれしくて、クリスマス祝会の終わった後で、自分のアパートに帰るのにまっすぐ歩けなかった。あたらしい人生が始まった!
洗礼を受けた数日後の自画像。テーブルの上の聖書がいいね・・・!
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