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先日、久しぶりに、田舎に帰った。東北自動車道路からインターで降りて、市内を通り抜け、それから、 |

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先日、久しぶりに、田舎に帰った。東北自動車道路からインターで降りて、市内を通り抜け、それから、 |
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しかし、何といっても、一番衝撃を受けたのは、2年生の夏休みに読んだ、倉田百三の「出家とその弟子」そして「愛と認識との出発」だった。毎日、美術室でデッサンをしていたが、その合間に、深い感動をもってこの本を読んだ。「女性の中に自己を見出さんとする時」等に現れる大正期の一高生、倉田が青年期の独特の、愛と性の問題を赤裸々に、また、体験的につづったもので、わたしにとっては実に衝撃的な本だった。倉田は、初め、フリーセックス論を語る。芸術的な、宗教的な情熱をもって。それを読んで、16歳のわたしは、ショックを受け、「そのような人生観もあるのだ、すごい!」と思った。それから、更の読んでゆくと、彼は、そのフリーセックス論を否定してゆく。そして、人間の肉的な欲求は、悪である。性欲は悪である。それは罪であり、真実の愛とは対極にある、自己中心の本質であると語る。そして、真実の愛とは、自己を与える事であり、自己を犠牲とする事である、それはキリスト教の愛であり、仏教の慈悲であり、性欲の充足などではありえないと結論する。この本は、わたしのとっても、文字通り、「愛と認識との出発」となった本で、忘れる事ができない。今、考えると大正時代の背景を持つ、白樺派のような宗教混交や、極端な理想主義が鼻につくが、この時は、熱に浮かされているように、倉田百三に夢中になった。 |
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高校時代も図書室に行き、できるだけ多くの本を読みたいと思った。一体、世の中は、どのようになっているのか、今まで生きてきた人々はどのような事を考えて生きてきたのか、とても素朴な疑問だった。高校1年生になった、初めのころに読んだのは、ロマン・ロランの著作だったように記憶している。「ジャン・クリストフ」「魅せられたる魂」「ベートーベンの生涯」等、芸術と人生に関する本が心引かれた。豊島與志雄と言う人の訳だった様に覚えている。ジャン・クリストフなどどんなに読んでも分厚い三巻本が読み進まない。蛍光灯の下で、コタツに入りながら、朝方まで読みふけった。 |
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わたしが行った高校は県立の男子校だった。いろんな中学から男子が集まった。女子高もあるが、女子高は市のもう一方の端のほうにあった。大変封建的な風土だったのである。高校生活は非常に暗いところから始まった。中学時代があまりにも渡辺先生の人格と言うか善良な性格がクラスや学年を支配して、まじめで、明るく、解放感に満ちた雰囲気でわたしもいつでもクラス委員のような存在だった。しかし、高校生になると、今までの田舎の中学校とは違って、なかなか厳しい現実が待っていた。中学生の時には、あまり勉強をしなくても、どうにかある程度の点数が取れたが、高校になると急に、難しくなったように感じた。特に英語は難しく感じたし、数学など、とても複雑でいやな科目になってしまった。それと高校に入ると共に大学の受験勉強が一年生の時からかなり指導がなされて、牧歌的な雰囲気の中で、読書などに精を出してきた中学生時代とは違って、何か無味乾燥に思われた。進路指導の先生は、うちに帰って1日5時間は勉強に費やせと言った。美術部に入って、毎日、石膏デッサンなどに時間を取られたわたしには5時間の予習復習は相当きつく感じた。 |
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