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若いときに絵を描いているときに友人が言った。
「ドガだ!西洋古典と印象派の近代を結びつけるのは彼だ。
それに彼は色彩もすばらしいし、形体についても堅固な物を持っている!」
少し青年らしい興奮か彼は言った。 確かにドガは西洋絵画の中心点にいるのかもしれませんね。
ドガのことを語る前に彼の生涯を一瞥しておきましょう。
彼は、1834年、パリの銀行家の息子として生まれました。
「ドガ」(de Gas)という名前は、貴族風の苗字で、どうも、
フランス革命後に勢力を伸ばした新興ブルジョワらしいといいます。
でも、エドガー・ドガの生まれた頃にはあまり裕福ではなく、
父親は沢山の借金を作って死んでいったらしいですね。
ドガが沢山のパステル画を描いているのは、多く売って、借金を返さねばならなかった
とも言われます。
彼は1855年、21歳のときに、エコール・デ・ボザール(官立美術学校)に入り、
アングル派の画家ルイ・ラモートに師事したそうです。その頃、イタリアを訪れ、
古典美術を研究に没頭。ドガは、普通、印象派の画家と見なされていますが、
どうしてもその生涯に古典的な歩みを捨てることはできませんでした。
彼は1874年、40歳のとき、以来、印象派展に出品し 1862年、28歳の時に、
マネと知り合ってからは印象派の画家グループに参加してきました。でも、光と影の
印象派のようにはなれずに、ルネサンスの画家たちや、新古典派のアングルの影響を受けて
自分の画風を作り上げてゆきます。「現代生活の古典画家」と自らを呼びました。
彼の作品にはほとんどが室内風景です。それは彼が網膜に弱さがあって強い日光には
さらせないという理由があったからだそうです。しかし、バレエの踊り子や浴女を題材にして、
この世のものとも思えないような鮮やかな作品を描きました。
その素描力はすばらしいものですね。
でも、そのすばらしい作品とは違って、彼は、ひどく気難しく、皮肉っぽく、多くの人との
衝突が絶えなかったそうです。
しかし、そんな皮肉の人がこんなすばらしい作品をかけるのですかね・・・?
そのぐらい神経が細やかだったからこそ、このような作品を残せたのでしょうかね・・・。
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