KURENI 主と共に歩む恵みの日々

2019年がやってきましたね〜。チャレンジの一年!!

予備校生・浪人をしていたころ

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1968年、7月−8月は新宿区の下落合で牛乳屋でバイトをしていた。おやじさんと華々しいけんかをし、2

ヶ月ぐらいでやめることになったことを前回書いた。悔い改めの涙のことも書いた。

しかし、実際は、僕の方も悪かった。自転車で朝3時半ごろから配達を始めるが、5時半ごろになると汗を

かいてのどが渇く。全部配り終わる時間の6時半ごろは、真夏の朝で、かなり疲れてしまう。あるときど

ういうわけか配り終わったら、一本残ってしまった。「おかしいな・・・?」思ったが、「ま、いいか。

プロレタリアートの僕が朝3時に起きて労働をしているんだ。配達の牛乳の一本ぐらい飲んだって、悪い

わけじゃないよ・・」と自分を慰めて「ぐっ」と一本飲んでしまった。そのおいしいこと!おいしいこ

と!暑さと疲れがサーっと消えて行った。悪いことは、一回では終わらない。真面目だったわたしだが、

翌日からは冷凍庫から、牛乳の箱を自転車に積んで持ってゆくときに、一本余計に持ってゆくことにし

た。朝の仕事の終わりに、いただく一本はいつもおいしかった。そして、数日すると、今度は、配達の半

ばで一本、終わりに一本と二本づつ頂くことにした。おやじさんが何も言わないのをいいことに、その次

には、白い牛乳だけではおもしろくないと「森永パンピー」とか「フルーツサワー」だの、貧しい自分で

はあまり買ったことのないものまで、持って行って、飲むことにしていた。今考えると、店主の親父さん

は、数人の配達員に託した本数や残った本数を記録しておくのは当然のことだろうに、幼いわたしは、ま

だわからないと思っていたのだ。このころのことを思い出すとわたしは、顔から火の出る思いがする。

(一応、弁明しておくが、この10年後、ある教会の集会で、このときの盗んで飲んだ牛乳の代金をおやじ

さんに返しに行った。そのときはお店はコンビニエンスストアになっていた・・・。おやじさんは留守だ

ったが、お店の人にお金に手紙を添えて手渡したら、その日の夜に「なつかしいね・・・。へー、牧師さ

んになったの・・・。すごいですね。お金頂きました。今度、遊びに来てください」と許していただき、

親しく声をかけていただいた。良かったですね・・・ホッ・・・・)

 この後、当時、大田区の池上線の千鳥町というところに住んでいた兄の所に行く事になった。四畳半の

アパートであったが、兄貴を拝み倒して、住まわせてもらった。なんせ、芸大の油絵科は競争率45倍

(!)。50人ぐらいしか取らないところに2500人ぐらいが殺到したのだ。どうしても合格するか

ら、3月まで置いてくれとお願いした。この千鳥町のアパートが、わたしの精神的な、霊的な出発となっ

た。

高田一丁目の毎日新聞店に配属となって毎朝、3時過ぎに起きて、新聞の配達を続けた。

昼は、「すいどうばた美術学院」という予備校で石膏デッサンや油絵などを描いた。

当時の悩みは時間のないことである。4時ぐらいで新聞店に帰って夕刊の配達をせねばならない。

夕方に、クロッキー(女性のヌードデッサン)や自由な学びができる友人がうらやましかった。

 7月の終わりごろだったと思うが、「下落合の牛乳屋にアルバイトに来ないか」と長瀬という友人に

誘われた。彼もはじめは新聞配達のアルバイトをしていたが牛乳屋でのアルバイトに変わっていた。

牛乳屋は新聞屋より朝が早いが、新聞屋のように夕刊がないので、朝の仕事だけで、

昼間はまったく自由時間になるという。聖母病院の近くである。そのようにした。


しかし、このころは様々な疲れが溜まっていた。4月に田舎から出てきて、青雲の志を持って

一生懸命がんばってはいる。しかし、18歳の青年には、いろんな世の中の矛盾が見える。

友人たちと芸術論や人生論を戦わせ、朝まで話しても、世界にある矛盾は解けるものではない。

ある時、牛乳屋のおやじさんと真っ向からけんかをした。

友人が「大丈夫か?お前、最近は体がやせてきたと心配していたが、心の方もやせちゃったんじゃない

か?前はもっといい何かを持ってたよ…」などと心配されるありさまだった。

このころは1968年、70年安保の直前で、わたしの友人なども大学の学生運動などに走っている者も

いたし、学園祭の時に来た講演者、針生一郎氏などは、「芸術とは一体何なんだ?君たちは、絵筆を

握っているけれども、その手にゲバ棒をあるいは持つべきではないのか・・」というような講演をした。

わたしなどはかなりショックを覚えた。彼は大阪万博の会場で、その欺瞞性を暴くために、

そこに行く。食事は会場の試食品を食べながら、いろんなパフォーマンスをやりたい・・」と

いうような内容だった。わたしも、次第に、新左翼的な考え方が強くなってきていて、「大体、

僕たちのような貧しい者が働いて、ブルジョワのやつらに搾取されているんじゃないか。社会構造

自体がおかしいんだ。・・・」 そのように考えると、牛乳屋の太り気味のおやじさんなども、

自分が戦うべき社会的な敵のように思えたりもした。

 瀬川に、「お前、魂もやせちゃったな・・」といわれた日はショックで、その夜、ちょうど、

有島武郎の「アッシジのフランシス」を読んでいた時だったと思う。彼の神の前に悔い改める

涙の回心の場面を読んで、わたしも涙が止まらなかった。神の御前に正座して、男泣きに泣いた。

「ああ、こんなに涙が出てきて、泣くことがあるんだ!」と自分の発作的な状況に、驚いていた。

新聞配達の仕事は朝が早い。3時とか3時半に起きて、新聞を仕分けをした。その当時はまだチラシ折込の

機械がなかったので、手作業だった。その新聞配達のお店は5,6人が泊り込みで生活していた。1968年の

ころで、部屋は6畳ぐらいのところに二段ベッドが2つあって、計4人が泊まれるようになっていた。今

考えるとかなり劣悪な生活環境だった。友人の一人が、新聞配達の組合でも作って、生活の改善要求をせ

ねばならない、などといっていた。でも、わたしはその当時はすべてが新しい体験で、少しぐらい困難が

あることがむしろ楽しかった。眠い目をこすりながら、朝、3時過ぎに仕事場に下りてゆくとおやじさん

や先輩がチラシの折込の仕事等をしていた。寝ぼけまなこでいたからか、電球の光が虹色に放射状をなし

ていたのを覚えている。最初、わたしの担当していたのは120件ぐらいで、大体、6時半過ぎには一応

配達は終わる。その後にNHKラジオの英語会話などの学びもしていたことがあった。そこで、同じ「すいど

ーばた」に通うSに出会った。彼は九州男児で、「東京の空は赤かー!」などといっていた。彼は後に4

年間の浪人の後に、芸大に合格し、大学院でも優秀でヨーロッパ一周と100万円ぐらいの賞金をもら

い、数年後はフランス国費留学をした。

高校の3年が過ぎて、田舎の父母の家に、お世話になることは終わった。

1968年、2月、いよいよ、新しい旅立ちの日がやってきた。
高校生の終わりのころ、わたしは、美術大学を目指していたので、美術部の顧問、柳沼先生の
指導を受けることになった。目指すは、東京芸術大学の油絵科。
しかし、先生は多くの、芸大を目指した学生を知っているので、「あせるなよ、
1、2年の浪人はどうって事ない」と語ってくださったし、先輩たちも、
浪人生活の事を教えてくださった。当時は、美大に入る前に、美術予備校に入って、
デッサンや油絵の基礎を身につけることが常識になっていた。
先輩方の話によれば、この美術予備校は、不思議な人が多くて、おもしろいという。
目白の「すいどーばた美術学院」か、阿佐ヶ谷の「フォルム」か、このどちらかに行くのがよい。
先輩は自由な雰囲気のフォルムが良いと言った。でも、わたしは「すいどーどばた」
の方を取った。当時、「すいどーどばた」全盛の時代で、芸大油絵科の合格者50人のうち、
45,6人は「すいどーばた」から入ったと言われていた。
僕は高校3年間、毎日、2時間ぐらい石膏デッサンをしていたので、それなりの
自信があり、先生も「けっこう、いけるよ!」と励ましてくださった。
しかし、自分の家は貧しいし、大学の学費は到底出してもらえそうもない。
また、そのつもりもなかった。美術部の先輩に、アルバイトして学費を稼いで、
自由に生きればよいと教えられていたので、とりあえず、毎日新聞の奨学生制度にお世話になり、
朝と夕に新聞の配達をし、日中は大学や予備校に通うということになった。
高校3年の2月。卒業式を待たずに上京。
芸大の油絵科を受験。予想通り、失敗。
そのまま、高田一丁目の毎日新聞店に配属となった。
いよいよ、青春時代のはじまり!と言う感じだった。

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