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講義の感想=平野洋子通信生 小平先生はTHE REVELATION OF THE WORLD(みことばの啓示)というチャートを使って1年間計3回に渡って講義されました。私たちはなぜ聖書の終末預言を学ぶのか?それは神様がクリスチャンに神のことばに精通することを望んでおられるからであり、今の時代に対する理解が、神様に対する献身姿勢を強め、終末が近いことを預言によって知る時に宣教に駆り立てられ、クリスチャンは終末預言のなかに慰めと希望を見出せるからです。正直、この講義を受けるまでは終末をあまり意識せず、黙示録に出てくる登場人物も誰を表しているのかわからないまま読んでいました。 小平先生は時代ごとに聖書の諸契約(アブラハム契約、パレスチナ契約、ダビデ契約、新しい契約)→ダニエルの69週→教会の時代→携挙→大患難時代→再臨→千年王国→最後の審判→新天新地の順で講義され、とても分かりやすかったです。聖書の契約や預言をもとに描き起こされたチャートのイラストもかなりインパクトがあり、引き込まれました。3回目の今回は大患難時代〜新天新地だったのですが、私たちクリスチャンに関係のある「携挙」「キリストの再臨」「最後の審判」「新天新地」の箇所は特に興味深かったです。 世の終わりの最初に起こる「携挙」では、イエス様が救われているクリスチャンたちを迎えるために、天から下って来られます(空中再臨)。キリストの体である教会は、一瞬のうちに、死者の場合は体と霊がイエス様に似た栄光の体に復活、生者の場合も栄光の体にされて、空中でイエス様と出会い、そのまま天に上げられて地上から取り去られるので「大患難時代」を通ることはありません。(患難期前携挙説) 「大患難時代」ではイスラエルの目が開かれて、神様は再びイスラエル民族を顧みられ、神様は彼らの地を回復し、祝福の場所とされます。そのためにエリヤとモーセが再び来て、3年半の間預言し、殺され、復活します。旧約時代にバビロンのネブカデネザル王が見た夢と、ダニエルの幻、その後数百年後の新約時代に使徒ヨハネが見た幻も一致しています。エルサレムの神殿が再建され、礼拝が復活し、多くの改心者が起こされますが、反キリストが現われてイスラエルと契約を結びます。しかし、反キリストはその後契約を破り、自分が神だと宣言してこの時代に改心した人たちを迫害します。 「キリストの再臨」はイエス様が昇天された同じオリーブ山から携挙された聖徒たち(クリスチャン)とともに地上に再び来られます。イエス様は「初臨」の時は神の愛が全面的に現れて、救い主として罪を赦すために来られましたが、「再臨」の時は神の義が全面的に現れて、王の王として人間の罪をさばき、世界を治めるために来られます。イエス様は反キリストによって集められた軍隊と戦って(ハルマゲドンの戦い)勝利され、反キリストと偽預言者たちは捕らえられて「火の池」(地獄)に投げ込まれます。 「キリストの千年王国」ではサタンが捕らえられ、千年間「底知れぬ所」に閉じ込められますが、その後一時的に解放されます。サタンは人々を惑わして大軍勢を率いて、また神様に対して戦争を挑みますが、神様は天から火を下し、彼らを滅ぼされ、サタンは捕らえられて「火の池」(地獄)に投げ込まれます。イエス様は王の王、主の主として千年の間地上を支配され、その間事情には完全な義と平和があります。また千年王国が始まる前に、大患難時代に救われて殉教した人たちが復活して(第一の復活)、イエス様とともに千年間地上を支配します。 「最後の審判」の前に救われないまま死んだ人たちが復活します(第二の復活)。その後、すべての人が神の前に立ち、いのちの書に名の記されているクリスチャンは罪にさばかれませんが、名の記されていない人たちはそれぞれの罪に応じてさばかれ「火の池」(地獄)で永遠に苦しむことになります。私たちは1人でも多くの方に福音を伝えて、罪を悔い改めてイエス様を信じて救われるように導かなければなりません。 今の世界は「最後の審判」によって終わり、現在の天体は火によって消滅します。「新天新地」が神様によって造られます。救われている者は新しいエルサレム(天国)に住むことがゆるされています。救われた私たちは永遠の時の中に入って行きます。 聖書は人類創造から将来の「新天新地」に至る歴史の中に明白ないくつかの時代が存在していることを示しています。それらは①無罪の時代(人類創造〜楽園追放まで)②良心の時代(楽園追放〜大洪水まで)③人間政治の時代(大洪水〜バベルの塔まで)④約束の時代(アブラハム〜エジプト移住まで)⑤律法の時代(シナイ山〜カルバリ山まで)⑥恵みの時代(カルバリ山〜大患難時代、再臨まで)⑦王国の時代(再臨〜最後の審判、新天新地まで)です。これを「ディスペンセーション神学」(壮大な神の摂理、計画、聖書を文字通りに解釈する立場)といいます。私たちが生きている教会の時代は⑥恵みの時代のなかにあり、ペンテコステの日に天から聖霊が下り、教会が誕生した時から始まっています。このことは旧約時代には知らされておらず「奥義」と呼ばれていたことをこの授業を通して知りました。この「教会の時代」は教会の携挙によって終わり、その後で地上には7年間の「大患難時代」が始まり、その後メシア(イエス様)が「再臨」され、イエス様によって「千年王国」の時代が始まります。旧約時代に与えられていたさまざまな契約はこの「千年王国」時代に成就し、この時代が過ぎると「最後の審判」があり、そして最後に「新天新地」が生まれます。 これらのことから聖書では「イスラエル」と「教会」は別のもので同時進行で書かれてあり、黙示録や福音書に書かれてある世の終わりの記事は「教会」の終末論ではなく、「イスラエル」の終末論であることを知りました。「教会」は「携挙」され天に携げられ、私たちは「大患難時代」を体験しないからであり「大患難時代」のいろいろなさばきも「イスラエル」のことについて書かれているからです。この2年間、小平先生の小預言書と終末論でさまざまなことを学ばせていただきました。できれば来年度の大預言書も聴講させていただきたいなと思うほどです。感謝します。 |

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