牧師雑感

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夏の思い出

生駒聖書学院は,伝道実践に重きを置いており,2ヶ月間を夏期伝道期間と指定。夏休みという名称はありません。夏期中は院内滞在を許可せず、必ず伝道訓練期間として訓練します。
種子島から出て来て、4月5月の学びを終え、幸い恩恵により院内滞在を特別許可された。条件は院内清掃と草刈り。
当時はキャンパス中夏草が生い茂り、切っても切ってもすぐ伸びてくる。
草刈り機はなく,鎌で刈るだけの作業。
朝早くから,真昼の炎天下もしないと間に合わない。
午後3時ころからは伝道会の手伝いへ。案内チラシのポスティング。子供会屋路傍伝道。毎日毎日出かける、
一番多かったのは天幕伝道=50坪ほどのテントを空き地に張って,集会場を造る。椅子を並べて4日から5日間の毎晩伝道会。
集会前には大ダイコを打ち鳴らしで、ただ進ぜよただ進ぜよ信じる者はみな救われる!
マイクもなく蛮声を張り上げながら、今晩大きなテントの中で、キリスト教の集会へどうぞ。
集会が終わり,電車に飛び乗り学院へも生駒駅から歩いて帰るので遅くなる。
近鉄沿線ほとんどの駅近くで毎晩、いろん亜教会の集会がある度にかり出される。
ほんとうに若さにかまけて良く動いた。
現代は伝道会が少なくなり、日本の福音化を考えると,もっともっと伝道を展開したい。
ありがとうございます。きょうもまた天国の一日です。感謝です。
ローマ人への手紙 10:9-17
なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」
ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。
「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。
しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。
遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」
しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。「主よ。だれが私たちの知らせを信じましたか。」とイザヤは言っています。
そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。

やすけさは川のごとく

カナダの弁護士スパフォードは,1871年シカゴの大火災で全財産を失った。
その前に息子を病期で亡くしてもいた。
2年後、休養をとるため、妻と4人の娘とヨーロッパ旅行を計画した。
彼に急用が出来、家族が先に船で出発した。ところが家族が乗った船は,大西洋の真っ只中で、大型船と正面衝突し、妻だけが助かった、娘たちは4人とも海に沈み死んでしまった。
スパフォードは妻を迎えるために行く船に乗った。
その船が愛する娘たちが沈んだ海域にきたとき、彼の心は限界に達した。激しい心の痛みと悲しみを科開け、彼は神に対して一晩中、泣き叫び祈った。
ところが突然、絶望に泣きくれていた驚くような聖霊の力がのぞんだ。
それまで経験した事のないような平安が、彼の心に望み満たした。
この夜の悲しみを越えた不思議な平安だった。
スパフォードは,次の朝、やすけさは川のごとくを書いた。

安けさは川のごとく 心浸す時
悲しみは波のごとく わが胸満たす時
すべて 安し 御神共にませば

悪しき者 迫りくとも 試みありとも
御子イエスの血のいさおし ただ頼むわが身は
すべて 安し 御神共にませば

見よ わが罪は十字架に 釘づけられたり
この安きこの喜び 誰も損い得じ
すべて 安し 御神共にませば

よし天地 崩れ去り ラッパの音と共に
御子イエス現るるとも などて恐るべしや
すべて 安し 御神共にませば

「安けさは川のごとく」
新聖歌252番(聖歌476番)

与える幸

愛を与えることは,サービスや手助けを求め、あれもこえもと言う前に,自分から進んで実行する事です。
難しい事ではなく、おはよう!と爽やかな笑顔を向けるだけでも、回りにも笑顔が広がります。
喜びの声を聞くだけで笑顔が広がります。
さらに励ましや優しい思いやりの言葉もうれしさを広げます。
感謝の言葉やありがとうも幸を運びます。
朝の祈りは人々の幸を求めましょう。自分が求めるよりも,回りの幸を求め祈る朝です。
十字架の愛を覚えつつ、その大きな愛を受けた事を、忘れないようにしましょう。
復活されたイエス様が,いつも共におられます。
その愛を与える力を与えてくれます。
ルカの福音書:31-38
自分にしてもらいたいと望むとおり、人にもそのようにしなさい。
自分を愛する者を愛したからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、自分を愛する者を愛しています。
自分に良いことをしてくれる者に良いことをしたからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。罪人たちでさえ、同じことをしています。
返してもらうつもりで人に貸してやったからといって、あなたがたに何の良いところがあるでしょう。貸した分を取り返すつもりなら、罪人たちでさえ、罪人たちに貸しています。
ただ、自分の敵を愛しなさい。彼らによくしてやり、返してもらうことを考えずに貸しなさい。そうすれば、あなたがたの受ける報いはすばらしく、あなたがたは、いと高き方の子どもになれます。なぜなら、いと高き方は、恩知らずの悪人にも、あわれみ深いからです。
あなたがたの天の父があわれみ深いように、あなたがたも、あわれみ深くしなさい。
さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。
与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。
 

エリムとは

午前10時=生駒聖書学院教会で礼拝説教。
午後2時=大阪エリムキリスト教会説
JR天王寺駅北側信号から3分。秀光ビル4階090-8659-8292【永田吉秀神学生】

出エジプトの大脱出、紅海が割れて海の中ヲ通って400年の奴隷生活から解放された。
喜びの賛美の歌声も高らかに勝利の道を前進。
ミリアムは90歳でしたが、タンバリンを打ち鳴らし,若い娘たちの先頭で歌い踊りました。
2400年後の今も,イスラエルには美しいタンバリンダンスがあり、聖地旅行の度に劇場に行きました。
主に向かって、この歌を歌った。彼らは言った。「主に向かって私は歌おう。主は輝かしくも勝利を収められ、馬と乗り手とを海の中に投げ込まれたゆえに。
主は、私の力であり、ほめ歌である。主は、私の救いとなられた。この方こそ、わが神。私はこの方をほめたたえる。私の父の神。この方を私はあがめる。
アロンの姉、女預言者ミリヤムはタンバリンを手に取り、女たちもみなタンバリンを持って、踊りながら彼女について出て来た。

大感激から3日後、あらのを進み,飲み水がなく,やっと見つけた水は苦くて飲めない。
あの大脱出の感激も消え、民は不平不満のつぶやきのうず。
人生の縮図のような箇所です。
クリスチャン生活も,イエス様の十字架の救いで,罪赦され神の子とされたのに、人生の旅路に出会う,不条理や人間関係の複雑さ。さまざまな出来事に、神の子であることすら忘れてしまいそう。
不平不満に恥あり、泣き言、文句、はては人を非難することまでやってしまい、赦すものかと、笑顔も輝きも失ってしまいます。
しかし、モーセは不思議な方法で苦い水を飲める水に換え、乾きが癒やされました。
この苦い水のマラから少し進んだ所にエリムがありました。
素晴らしい祝福のオアシス=現在も最大のオアシス=
苦しみや試練は,大きな祝福への近道です。
70本のナツメヤシの木憩いの木陰だけでなく,ナツメヤシの実は最高の蜜の甘さ、汲めどもつきない湧き上がるオアシス。
クリスチャン人生の祝福は耐えることなく継続します。
日曜日ごとに集う礼拝の時はオアアシス。
エリムには大きな木という意味もあり、今日も礼拝に集胃、聖書のメッセージに憩いと勇気を受けて,真夏日を乗り切りましょう。
イザヤ書66:11-14
 あなたは、彼女の慰めの乳房から乳を飲んで飽き足り、その豊かな乳房から吸って喜んだからだ。
主はこう仰せられる。「見よ。わたしは川のように繁栄を彼女に与え、あふれる流れのように国々の富を与える。あなたがたは乳を飲み、わきに抱かれ、ひざの上でかわいがられる。
母に慰められる者のように、わたしはあなたがたを慰め、エルサレムであなたがたは慰められる。
あなたがたはこれを見て、心喜び、あなたがたの骨は若草のように生き返る。主の御手は、そのしもべたちに知られ、その憤りは敵たちに向けられる。

砂上のあしあと

ポストに和歌山市に住む卒業生からの大型封筒と美しい文字の手紙。。
Footprintsの詩と写真と申命記31:8.
主があなたと共におられる。
主はあなたを見放さず,あなたを捨てない。
恐れてはならない。おののいてはならない。

あしあと
ある夜、私は夢を見た。
私は、主とともになぎさを歩いていた。
暗い夜空に、これまでの私の人生が映し出された。
どの光景にも、砂の上にふたりの足跡が残されていた。
一つは私の足跡、もう一つは主の足跡であった。
これまでの人生の最後の光景が映し出されたとき、私は砂の上の足跡に目を留めた。
そこには一つの足跡しかなかった。
私の人生でいちばんつらく、悲しい時だった。

このことがいつも私の心を乱していたので、私その悩みについて主にお尋ねした。
「主よ。私があなたに従おうと決心したとき,あなたは、すべての道において、私ともに歩み、私と語り合ってくださると約束されました。
それなのに、私の人生のいちばんつらい時、ひとりの足跡しかなかったのです。
いちばんななたを必要としていたときに、なぜ、私を捨てられたのか、私にはわかりません」

主はささやかれた。
「わたしの大切な子よ。わたしはあなたを愛している。わたしは決してあなを捨てたりはしない。
ましてや、苦しみや試みの時に。
足跡が一つだったとき、わたしはあなあとぉ背負って歩いていた」

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