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大分県中津市の日本キリスト中津扇城教会派遣宣教師、横川智親先在フィリッピン生を月曜日から昨日まで迎えていました。
在フィリッピン32年になるそうです。永住権を獲得しており、長女はフィリッピン人と結婚し、長男はプロの歌手だそうです。 1986年に、フェルディナンド・エドラリン・マルコス政権の人民革命(エドゥサ革命)によって打倒されました。 代わって大統領になったコラソン・アキノは、アメリカ軍撤退や特にプロテスタント宣教師の海外退去命令を出しました。 横川宣教師も裁判所に呼び出され、席に着いたとき何と停電になり、判事が三名いましたが、一番上の判事と二番目の判事が暗闇ではできなと退席しました。暗闇の席で祈って待っていると電気が点き、三番目の若い判事がポンと印を押し退席を命じました。 ああ来て間がなく、やっと教会もできたのにすべてを捨てて帰国しなければならないのかと、失望しながら判事からもらった書類を開くと、何と永住権の書類でしかもハンコまで押されていました。 考えられないような奇跡が起こったのです。在フィリッピン6年で永住権が与えられました。それ以来マニラに教会もでき、日本に良く来られて働きを継続しておられます。 初めてお会いあしましたが、手品の名人であらゆる種類の手品を駆使し、ユーモアたっぷりに聖書のお話しをなさいます。 また風船芸術に長けておられて、幼い子どもたちに大人気だそうです。生駒には新幹線で来られました。隣席は子ども連れでした。その子が泣きやまず両親は困り果て、車内の空気を険悪になりかけていました。 カバンの中から風船を取り出すと、すぐ可愛い子犬をクルックルッと作り上げると、その子の目が輝き手渡すと大喜びで泣きやみました。 両親は御喜びで名刺交換し、長岡京の家にまで招待されたそうです。 芸は身を助くと言いますが、マジックと風船芸術、さらに今回は披露してもらえませんでしたが、春風テモテと言う腹話術の名人です。 フィリッピンでも手品や風船芸術、腹話術を用いて大きくご活躍の宣教師を迎え、月曜日から昨日までお付き合いの3日間でした。 コリント人への第一の手紙 9:19 私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷となりました。 9:20 ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。それはユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。それは律法の下にある人々を獲得するためです。 9:21 律法を持たない人々に対しては、――私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者ですが、――律法を持たない者のようになりました。それは律法を持たない人々を獲得するためです。 9:22 弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。 9:23 私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。 9:24 競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。 9:25 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。 9:26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。 9:27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。 |
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2012年03月01日
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