アドナイ・エリエゼル=主は助け主
詩篇46:1 神はわれらの避け所、また力。苦しむとき、そこにある助け。
121:1 私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。
121:2 私の助けは、天地を造られた主から来る。
いつでも、どこでも助けて!と言える幸と恵です。
クリスチャンになって、11月24日で61年。最初から7歳の今日まで、そしてこれからもいつも助けてください。アーメン。と祈れることは本当に感謝です。
マタイの福音書14:22-33を、読んでみましょう。
それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群衆を帰してしまわれた。
群衆を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた。
しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。
すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。
弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「あれは幽霊だ。」と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。
しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」と言われた。
すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」
イエスは「来なさい。」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。
ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ。助けてください。」と言った。
そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」
そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ。
そこで、舟の中にいた者たちは、イエスを拝んで、「確かにあなたは神の子です。」と言った。
クリスチャンになっても、イエス様がともにいると信じて祈っていても。人生の波=仕事や経済、家族や人間関係、健康や病=をかぶって、沈みそうになることもあります。
その時、「主よ。助けてください」と言えます。イエス様がすぐに手を伸ばして、手をつかんでくださいます。
そして、二人が船に乗り移ると、風がやんだように、問題が解決します。
詩篇107:28-31 この苦しみのときに、彼らが主に向かって叫ぶと、主は彼らを苦悩から連れ出された。
主があらしを静めると、波はないだ。
波がないだので彼らは喜んだ。そして主は、彼らをその望む港に導かれた。
彼らは、主の恵みと、人の子らへの奇しいわざを主に感謝せよ。
いつでもどんな時でも、主よ。助けてくださいと、主イエス・キリストのお名前で、助けを求めたいものです。
へブル2:18主は、ご自身が試みを受けて苦しまれたので、試みられている者たちを助けることがおできになるのです。
へブル4:16ですから、私たちは、あわれみを受け、また恵みをいただいて、おりにかなった助けを受けるために、大胆に恵みの御座に近づこうではありませんか。
ヨハネの福音書わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。