牧師雑感

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報い豊かに

信仰の報い
真の信仰は、ものの考え方や、心の持ち方を根本的に変えてしまう。全知全能の神を天の父とし、愛と恵みのイエス・キリストを主と信じる時、不安と恐れは消え、ありがとうございますと、感謝と賛美、喜びと祈りの日々です。
幸と平安が笑顔となり、人々に幸を届けます。
アーメンと信じれば救われます。
信仰には報いがあります。
その報いは信じれば罪から救われ、神の子になり、神のいのち=永遠のいのちを受け、死んでも天国です。生きていても天国の喜びに耀きます。
ありがとうございます。今日も天国の一日です。感謝です。

ヘブル書11:1 信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。

11:6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできません。神に近づく者は、神がおられることと、神を求める者には報いてくださる方であることとを、信じなければならないのです。

ローマ書1:17 なぜなら、福音のうちには神の義が啓示されていて、その義は、信仰に始まり信仰に進ませるからです。「義人は信仰によって生きる。」と書いてあるとおりです。

4:17-21 このことは、彼が信じた神、すなわち死者を生かし、無いものを有るもののようにお呼びになる方の御前で、そうなのです。

彼は望みえないときに望みを抱いて信じました。それは、「あなたの子孫はこのようになる。」と言われていたとおりに、彼があらゆる国の人々の父となるためでした。

アブラハムは、およそ百歳になって、自分のからだが死んだも同然であることと、サラの胎の死んでいることとを認めても、その信仰は弱りませんでした。

彼は、不信仰によって神の約束を疑うようなことをせず、反対に、信仰がますます強くなって、神に栄光を帰し、

神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。

マルコ9:23 するとイエスは言われた。「できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです。」

東が西から

詩篇103篇
12−22 東が西から遠く離れているように、私たちのそむきの罪を私たちから遠く離される。
父がその子をあわれむように、主は、ご自分を恐れる者をあわれまれる。
主は、私たちの成り立ちを知り、私たちがちりにすぎないことを心に留めておられる。

人の日は、草のよう。野の花のように咲く。
風がそこを過ぎると、それは、もはやない。その場所すら、それを、知らない。
しかし、主の恵みは、とこしえから、とこしえまで、主を恐れる者の上にある。主の義はその子らの子に及び、
主の契約を守る者、その戒めを心に留めて、行なう者に及ぶ。
主は天にその王座を堅く立て、その王国はすべてを統べ治める。
主をほめたたえよ。御使いたちよ。みことばの声に聞き従い、みことばを行なう力ある勇士たちよ。
主をほめたたえよ。主のすべての軍勢よ。みこころを行ない、主に仕える者たちよ。
主をほめたたえよ。すべて造られたものたちよ。主の治められるすべての所で。わがたましいよ。主をほめたたえよ。

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