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マタイの福音書13:33 イエスは、また別のたとえを話された。「天の御国は、パン種のようなものです。女が、パン種を取って、三サトンの粉の中に入れると、全体がふくらんで来ます。」 人間にとって飲み食いは、生活の最も基本的なものです。主の祈りの中心に、われらの日用の糧=毎日の食物=とあるように、それは何よりも神聖なものと、イエス様は教えてくれました。 人間の罪の原因は、エデンの園でアダムとエバが食べてはいけない善悪の木の実を食べたからでした。 イエス様の時代、パンがその食事の中心でした。 麦が各家庭で石臼でゴロゴロと、丁寧に粉にされます。子ども時代、家に石臼があり、麦粉やそば粉を作るとき、ゴロゴロと石臼を引かされました。だからそれで作られるうどんやソバが食事でした。そのトラウマか?今でも麺類はほとんど食べません。今年も一度も、麺類を口にせずの食生活を続けています。まあ独り暮しの贅沢です。 大麦のパンを焼くときは、パン種でふくらませました。上手にパンを焼くことが、主婦の一番の役目で。数日ごとに必ず自分の家で焼きました。
だから、パン種のたとえ話は、主婦達にはピンとくるはなしでした。ユダヤジンはパンにナイフを伊レッズ、手で裂いて食べます。パンの上に肉を置くこともありません。 上等なパン種とは、神のことば=イエス様の教えです。 神のパン種を人々の心が受け入れると、たとえ火のような試煉に焼かれても、ふっくらとして最高の輝く人格になるのです。 必要なことは神のことばを心に受け入れることですね。祝福を祈ります。アーメン。
Ⅱテモテ3:16−17聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。 それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。 ヘブル4:12 神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。 Ⅰペテロ 2:2 生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。 詩篇18:30神、その道は完全。主のみことばは純粋。主はすべて彼に身を避ける者の盾。 箴言30:5−6神のことばは、すべて純粋。神は拠り頼む者の盾。 申命記神のことばにつけ足しをしてはならない。神が、あなたを責めないように、あなたがまやかし者とされないように。4:2 私があなたがたに命じることばに、つけ加えてはならない。また、減らしてはならない。私があなたがたに命じる、あなたがたの神、主の命令を、守らなければならない。 マタイ4:4 イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」 |

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