牧師雑感

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信仰とは

16歳で種子島の西之表キリスト教会へ行くまで、信仰とは何の関係もない生活でした。
中学2年生の時、社会科の時間、家の宗教を調べるという宿題があり、みんなそれぞれ家の宗教を報告しました。
黙っていると教師が、中学生になっっても家の宗教が分からないのかと言われ、クラスのみんなに笑われたことを思い出します。
初めて信じるということばを、キリスト教会で聞き、信ずるとは信用することだと分かりました。
一般的に、信じる心があるから、なの疑いもなくポストに手紙を入れ、電車に乗り、レストランで出された食事をいたきます。
信じる=信用する心を無くしたら、生きて行くことさえできなくなります。
信じる心は、神様からの大きな贈物です。
信仰とは、聖書に書いてある神様のことばを信用することです。
神様は愛です。イエス・キリストの十字架により、すべての罪を赦し、神の子としてくださいます。
ローマ書10:9-13 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。
人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。
聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」
「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。
その日に、アーメンと信じ、クリスチャンになりました。
平安と喜び、幸せな人生です。
信仰とは,望んでいることを確信し。まだ見ていないことを確認することです。
ありがとうございます。今日もまた天国の一日です。感謝します。

信仰とは

信仰とは何か。
信仰とは、まだ体験していない事柄を、信じて疑わないことです。
日常生活でも多くのことを信じ、行動しています。
今日もポストに郵便物を入れました。必ず宛先に届くことをつゆも疑いません。
メールで本を注文したり、宅急便で種子島にミカンを贈りました確実に届きました。
もし何も信じないなら、世の中を生きていくのさえ難しくなります。
しかし、何でも信じればよいかというと、そうでもありません。
「分け登る麓の道は多かれど、同じ高嶺の付きを見るかな」=どの道から登っても、同じ頂上に着くから、何を信じよう同じことという人います。
そのような考えは全く間違いです。
聖書の信仰は、真の神様のみことば=聖書を信じ、愛の神様のことばをしかり受け止め、明確に救われることです。何でも信じれば良いなどと、考えないでしっかり聖書の神様を信じましょう。
信仰につての聖書のことば
ヘブル11:1 信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。
12:2 信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。
ローマ10:17 そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。

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