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「真理はあなたがたを自由にします。」ヨハネ8:32

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 ジハードに参加しようとしていたイスラム教の男性が、同時多発テロの惨劇を目の当たりにする中でイエスから語り掛けられ、パウロのように瞬時にして回心する証です。
 
引用元:クリスチャニティートゥデイ 2015818日号より
 
 ある人たちは宗教を真理として信じ、ある人たちは道徳として理解し、ある人たちは世の中に秩序をもたらすものだと考えています。でも私は違っていました。私が求めていたのは人生の意味と所属意識でした。イスラム教はその両方を与えてくれたのです。
 
 イスラム教徒の頃から今に至るまで、私が持ち続けているものはたくさんあります。コーランの教師たちは、神は信者であろうとなかろうと、分け隔てなく与えるお方だと教えます。そのように考えると、感謝とともに驚きを感じました。アメリカのイスラム教徒たちは、しばしば信仰的に相いれない文化に直面しますが、とてつもない勇気を持って信仰に生きています。
 
 しかし同時に、イスラム教は宗教的にも政治的にも、私の怒りを駆り立てました。1990年代に通っていたモスクでは、私はジハード戦士のグループに加わりました。私たちは革命的な思想を学び、議論していました。
 
 その多くは、エジプト人イスラム教作家サイイド・クトゥブや、パキスタン人ジャーナリストのアブル・アラ・マウドゥディの著書でした。ある兄弟は、戦士としてボスニアに行きました。私も彼の後を追いたいと願っていました。
 
 しかし私には、今は私の妻となっているジェニファーという恋人がいました。彼女とはサンフランシスコ州立大学で出会いました。私が戦士になれば、ジェニファーをいたわってくれる存在がいなくなってしまいます。
 
 彼女は私を愛するがゆえに、私が遠く離れた国に戦いに行くことも認めてくれました。しかし私は、彼女から離れることができませんでした。私は彼女のものであり、彼女は私のものだったからです。
 
 私にとってこの時は人生の転換点でした。心の中に怒りが燃えていました。それは南欧に戦いに行こうとするほど熱く燃えていましたが、燃え尽きはじめてもいました。ジェニファーが私を少しずつ諭していたのです。
 
 イエスの話をすることによってではなく、改宗を求めることによってでもなく、ただひたすら私と一緒にいてくれることによってです。過去に付き合った人とは違い、彼女は私をありのままで受け入れ、無条件に愛してくれました。これは主の恵みでした。
 
 私にはジャーナリストとしてのキャリアを積みたいという願いもあり、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、ワシントンDC,ニューヨークなどで働いていました。私は仕事の関係で、ロウアーマンハッタンの世界貿易センタービルの真向かいにあるオフィスにいました。2001911日の朝にです。
 
つづく
 
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