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狭い門からはいりなさい。滅びに至る門は大きく、その道は広いからです。マタイ7:13

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 過去記事で取り上げたとおり、Dr.ルークは信仰義認を否定しています。

 しかし驚いたことに、この動画では「刑罰代償説」を否定しているのです。
 
 問題の動画を見ていくと、次のように説明されます。
 
 まず、刑罰代償説の根拠となる箇所として1ペテロ318を挙げます。
 

1ペテロ3:18
キリストも一度罪のために死なれました。正しい方が悪い人々の身代わりとなったのです。それは、肉においては死に渡され、霊においては生かされて、私たちを神のみもとに導くためでした。
 
 
 その後、以下のように説明されていきます。 
 
031
実は、「身代わり」は解釈です。これゆえ、イエスは身代わりに死んでくださり、私は罪ゆるされた哀れな罪人に過ぎないというメンタリティーに陥ります。
 
106
「義なる者が不義なる者のために」と訳されるのですが、この「ために」を「身代わり」と解釈したのです。
 
116
英語ではfor、ギリシャ語ではhuperです。これから英語のhyperが生まれました。
 
122
その意味は「〜の上に、超えて、余りある」です。つまり義なる者が不義なる者の上にはるかに超えたという意味です。
                              (引用終わり)

 Dr.ルークは、キリストの「身代わり」があたかも誤りであるかのように述べていますが、それは正しいでしょうか?


刑罰代償説
 
 以下に「新キリスト教辞典」(いのちのことば社、P571~P572)から、刑罰代償説の説明を抜粋します。
 
 
キリストが私たちの罪を十字架で負われたので、その結果私たちの罪は赦されるというのである。このことはイザヤの預言の中で語られている。
 
しかし、彼は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼の打ち傷によって、私たちはいやされた。主は、私たちのすべての咎を彼に負わせた」(イザヤ53:5、6)
 
さらにイエス御自身が「人の子が来たのが多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためである」(マタイ20:28、マルコ10:45)と言っておられるが、
 
この「(多くの人)のための」と訳された前置詞(ギ)アンティには「…の代わりに」という意味もある。
 
また、端的に「身代わり」を表す前置詞(ギ)ヒュペルも使われている。
 
神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに(ギ:ヒュペル罪とされましたそれは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです」(2コリント5:21)。
 
私たちがまだ弱かったとき、キリストは定められた時に、不敬虔な者のために(ギ:ヒュペル):死んでくださいました」(ローマ5:6
 
このように、キリストによる贖罪には、人類の身代わりの面がある。
 
                          (引用終わり、強調は原本)
 
 このように、キリストの「身代わり」を示しているのはヒュペルだけではありません。
 
 キリストご自身の言葉そのものが「身代わり」を示しているのです。    
 
 
ワードスタディー上のミス
 
 Dr.ルークの誤りは、ギリシャ語のワードスタディーからも指摘できます。
 
 Dr.ルークはヒュペルの意味が、「〜の上に、超えて、余りある」と説明しています。
 
 しかしヒュペルのリンクを開くと解説されているとおり、この意味になるにはヒュペルの後ろに来る語が対格でなければなりません。
 
 しかしDr.ルークが根拠の箇所として挙げている1ペテロ3:18の場合、ヒュペルの後ろに来る「不義なる者」は属格なのです。
 
 ヒュペルには「on behalf of〜に代わって」という意味があり、
 
 後ろに来る言葉が属格の場合、ヒュペルの意味は「〜に代わって」になるのです。  
 
 ですからギリシャ語の文法上、1ペテロ3:18のヒュペルは「〜に代わって」と訳さなければなりません。 
 
 それゆえDr.ルークが言う「なる者が不義なる者の上にはるかに超えたという意味」にはならないのです。
 
 Dr.ルークは、ヒュペルの表面的な意味しか捉えておらず、文法的使用法が理解できていないのです。
 

 刑罰代償説は歴史的理解
 
 またDr.ルークは、”「身代わり」は解釈です”と言っていますが、「身代わり」の概念は歴史的理解です。
 
 以下に示すとおり、初期の教父たちもキリストの「身代わり」を告白していました。
 
 
エウセビオス:4世紀の歴史家でカエサレア・マリティマの司教
神の小羊は…私たちの身代わりに懲らしめられ、ご自分ではなく私たちが犯した多くの罪の刑罰ゆえに苦しんだ。それにより、彼は私たちの罪を赦す根拠となった。なぜなら彼は、私たちの代わりに死を受け入れ、鞭で打たれ、嘲られ、辱められることに身を任せたからだ。それは私たちの故であった。彼は定めに従い、呪いをその身に受けた。私たちの代わりに呪いとなられたのだ。
Eusebius of Caesarea, Demonstratio Evangelica, X.1  
 
クリソストム:4世紀の教父でコンスタンティノープルの司教(347407年)
人間は罰を受けるべきである。なぜなら、律法全体を守らなかったからだ。キリストは、並外れた呪いを皆済した。「木に架けられる者はみな呪われる」と言われる呪いである。木に架けられる者も律法に違反する者も、どちらも呪われる。その呪いを受けようとしていたキリストは、その呪いを受ける責任がなかったが、彼は呪いを受けなければならなかった。彼は、その責任がないにもかかわらず、呪いを受けた。それによって彼は、呪いを取り去った。ちょうど、ある人が死の宣告を受けて、別の無実の人がその人の代わりに死ぬことを選択し、その人を罰から解放するように、キリストもそのようにされた。
Homily on Galatians 3:3 (ACD, vol. 3, p. 108) 
 
アウグスティヌス:4世紀の教父
この公同の信仰は、神と人との唯一の仲介者について(以前から)認識してきた。それは、人としてのキリスト・イエスである。イエスは罪の罰としての死にまでも従われた。罪のない方が私たちの罪のためにである。彼だけが人の子となられたのは、私たちが彼をとおして神の子どもとなるためであった。彼だけが悪の罰に値しないにもかかわらず、彼は私たちの身代わりに罰を受けられた。それは、善に値しない私たちが、彼をとおして恵みを得るためである。
Against Two Letters of the Pelagians, Book 4, chap. 7
                                
 
 
●あとがき
 
 私はDr.ルークに、次の御言葉をプレゼントしたいと思います。
 
 
2ペテロ1:20
それには何よりも次のことを知っていなければいけません。すなわち、聖書の預言はみな、人の私的解釈を施してはならない、ということです。
 
 
 終わり

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 その2では、エデンの園を意味するガン・エデンという言葉がタルムードで使われていることを述べました。
 
 ガン・エデンは、人の魂が永遠に住まう場所と考えられています。
 
 そして、あるラビが死後に体験したガン・エデンの様子は、ルカ1619の金持ちとラザロの譬えとそっくりの内容でした。
 
               ***
 
 ユダヤ教の神秘思想「カバラ」には、生きている人の魂が体を離れ、エデンの園や他の天的世界を旅する物語が数多く収められている。
 
 中世最大の神秘思想「ゾーハル」には、ラビ・シメオン・ベン・ヨハイの神秘友愛団体のメンバーによる幽体離脱体験が数多く記されている。
 
 ほとんどの場合、幽体離脱は肉体が休眠中の夜間に起こる(事例:ゾーハル1:パーラーシャー・ヴァイェヒー 217b-218b)。 
 
 
ゲーヒンノーム:ユダヤ教の地獄

*訳注:「ゲヘナ」はゲーヒンノームのギリシャ語ゲエンナの日本語訳
 
 賢者らによると、エデンの園に直接上がるの本当に義しい魂だけである。
 
 平均的な人は、刑罰と浄化の場であるゲーヒンノームにくだる。
 
 この名称は、エルサレムのすぐ南に位置するヒノムの谷(ゲイ・ヒノム)に由来する。
 
 ヒノムの谷は、かつてカナン人が子供を生贄にした場所である(2列王記2310)。
 
 一部の者は、ゲーヒンノームは拷問と刑罰、炎と硫黄の場所だと考える。
 
 他の者は、死者が人生を振り返り、過去の過ちを悔いる場として見る。
 
 ゲーヒンノームにおける刑罰は、通常12カ月の浄化期間に限られており、

 その後はオラム・ハ・バ(来るべき世)に移される(ミシュナー・エデュヨット29、シャバット33a)。
 
 この12カ月の期限は、カッディーシュと呼ばれる死者のための祈りと嘆きの期間を反映している。
 
 この期間が終わると、極悪人以外はエデンの園に昇ることが許される。
 
 浄化期間後に魂がどうなるかについては、文献によって見解が異なる。
 
 ある者は、悪者は完全に破壊させれ、消滅させられると主張する一方他の者は永遠の呪いを受けると信じる。

マイモニデス著「ミシュネー・トーラー」、悔い改めの律法、356
 
 
●あとがき
 
 上記のとおり、ユダヤ教の天国・地獄観は、必ずしも一定していません。
 
 しかし先述したとおり、ラザロと金持ちの譬えと酷似する内容も見られます。
 
 また、神殿崩壊後から中間時代に至る神学的変遷には、興味深いものがありました。
 
 千年王国的思想が徐々に発展する様子が見られるからです。
 
 それを見る限り、新約聖書の教えは突飛なものでなく、ユダヤ人も受けれ得るものだと思いました。
 
 にもかかわらず、ユダヤ人の多くが救われないことは、やはり異邦人の完成のなる時まで彼らの心が頑なにされているのだと思いました。
 
 
ローマ11:25〜26
イスラエル人の一部がかたくなになったのは異邦人の完成のなる時までであり、こうして、イスラエルはみな救われる、ということです。

 
 終わり

 次の動画は引用元に添付してあるもので、これまでの内容をまとめたものです。

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 その1では、捕囚や神殿の崩壊によってユダヤ教の来世思想に変化が現れはじめ、

 ローマ帝国の侵略によって、ヘレニズム的思想との融合がはじまったところまで述べました。

 前回の最後の部分からつづけます。

 
 これにより、新たな神学的見解が生まれることとなる。
 
 ラビ・ヤアコブは、次のように教えた。


”今の世は、オラム・ハ・バ(来るべき世)に通じる控えの間に例えられる(ピルケイ・アヴォット421)。

 すなわち、義しい人はこの世で苦しむかもしれない。

 しかしその人は、次の世では間違いなく報われる。

 そして、その報いのほうがずっと素晴らしいのだ。”


 実際、ラビたちは、時には義人がこの世で苦しめられると教えている。それは義人たちの報いが次の世でそれだけ増し加わるためであると(Vayikra Rabbha 27:1)。
 

*訳注:ピルケイ・アヴォットとは、モーセ以降のラビたちによる伝承。
 ピルケイ・アヴォット421には次のようにある。妬みや情欲、名誉は、人をこの世から追い出してしまう。」
 

来るべき世とエデンの園
 
 しかし、次の世が如何なるものであるかは漠然としている。
 
 ラビたちは「オラム・ハ・バ」という言葉を使い、天的な来世、メシアの時代、また復活の時代に言及している。
 
 しかし、そのうちのどれを指しているかを知ることは、往々にして困難である。
 
 タルムード(ラビによる旧約聖書の注解集)の中で、死後の世界との関連でオラム・ハ・バについて述べる場合、
 
 往々にしてガン・エデン(エデンの園)と置き換え可能な形で使われている。
 
 つまりオラム・ハ・バは、肉体の死後に魂が住まう天的領域を指しているのである。
 
「天国」を描写するためにガン・エデンを使うことで、ラビたちは堕落以前のエデンの園で、アダムとエバが至福の状態で存在していることを示唆している。
 
 それゆえガン・エデンでは、人間の魂が肉体のない状態で存在していると一般的に考えられている。
 
 そのような状態は、メシア時代における肉体の復活までつづくと考えられている。
 
 タルムードの中に興味深い物語があり、来るべき世がほぼ確実な形で、天的な死後の世界として描写されている。
 
 その物語はラビ・ヨシュアの息子のラビ・ヨセフに関するものだが、ラビ・ヨセフは一度死んで生き返った人物である。
 
”彼の父親は「お前は何を見たのだ?」と尋ねた。すると彼(ラビ・ヨセフ)は答えた。
 
「私はこの世の向こう側にある世界を見ました。この世の最上部の人たちが、あの世では下のほうにいました。
 
 そして、この世の底辺にいる人たちが、あの世では上層部にいたのです。」”
 
 
 つづく

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 ユダヤ教のラビによる、ユダヤ教における死後の世界観の変遷を扱った記事を読みました。
 
 新約聖書の天国・地獄観につながるものとして、興味深いのではないかと思います。
 
 何回かに分けて抄訳しようと思います。
 
 ソース:Heaven and Hell in Jewish Tradition by Rabbi OR N. ROSE
 
 
シェオール:地下の深い穴
 
 著者のラビ・ローズは、次のように述べています。
 
 聖書は概して、肉体の死が人生の終わりであることを示唆している。
 
 聖書の主な登場人物であるアブラハム、モーセ、ミリアムについてもそうである。
 
 しかし、聖書の幾つかの箇所には、シェオール(民数記3033)と呼ばれる場所の言及がある。
 
 シェオールとは「暗くて深い」場所であり、人間が死後にくだる「穴/the Pit」、また「忘却の地/the Land of Forgetfulness」として描かれている。
 
 シェオールという死者の世界では、死者は未知の状態で生き続けると言われている。
 
 ヨブは、善人であろうと悪人であろうと、金持ちであろうと貧乏人であろうと、奴隷であろうと自由人であろうと、みなシェオールにくだると言っている(ヨブ記31119)。
 
 
神殿の崩壊と来るべき時代
 
 来世思想の発展は、ユダヤ教の終末論の発展に伴っている。
 
 エルサレム第一神殿の崩壊(紀元前586年)ののち、アモス、ホセア、イザヤなどの預言者が、よりよい未来の到来を予告しはじめる。
 
 しかし、度重なる軍事的敗北と捕囚、そして紀元70年の第二神殿の崩壊により、ユダヤ人思想家らは、早急な変化に対する希望を失いはじめる。
 
 その代わりに、メシア的未来と死後の世界に期待を寄せることとなった。
 
 これに伴い、朽ちる肉体と不滅の霊魂を分離するヘレニズム的概念が、ユダヤ教に取り込まれることとなる。
 
 紀元70年の惨劇は、神学的危機をもたらした。
 
 イスラエルの神は、ローマ帝国の手によって神殿が破壊され、主の民が征服されることをなぜお許しになったのか?
 
 往々にしてラビたちはイスラエルの罪深さが敗北を招いたと主張したものの、善良でまともなユダヤ人までもが苦しめられる理由の説明はつかなかった。
 
 これにより、新たな神学的見解が生まれることとなる。
 
 つづく

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初期教父たちの携挙観


 この記事は、教父たちの終末観を示す一つの資料としてまとめたものです。

 タイトルでは「携挙観」としましたが、当時は「携挙」という用語はありませんでした。

 ですから、厳密にいうと再臨観ということになります。

 
 
●十二使徒遺訓(ディダケー)94

この裂かれしパンは、山々の上に散り散りになっていましたが、再び元に集められ、一つになりました(ヨハネ1152
ですから、それと同様に、あなたの教会を地の果ての至る所から引き寄せ、あなたの御国へと導いてください

引用元:巡礼者の小道(強調はダビデ)*引用元にはギリシャ語の原文もあります。
 
 
 ディダケー94の前半は、ヨハネ11:52に似ているようです。
 
「神の子たち」が「裂かれしパン」クラスマ)と言い換えられています。
 
 クラスマは「裂かれた破片」を意味しており、邦語訳聖書では「パン切れ」「パンくず」と訳されています。
 
 重要なのは後半で、表現がマルコ1327やマタイ2431に酷似していることがわかります。

 それらの箇所の前には、反キリストの台頭が警告されています。

 しかしディダケーの著者は、「選びの民」(エレクトス)を「教会」(エクレシア)と言い換えています。
 
 このことから、ディダケーの著者が教会が大患難期に地上に存在していると考えていたことがわかります。
 
 ディダケーの著者は患難携挙説をとっていたのです。
 
 
●十二使徒遺訓(ディダケー)105
 
どうか、主よ、覚えてください。あなたの教会が、あらゆる悪より救い出され、あなたの愛のうちに完全に整えられんことを(第一ヨハネ25)。
そしてその聖さのうちに教会を四方の風より(マタイ2431、あなたの備えられた御国のうちに集めてくださらんことを。
 
引用元:巡礼者の小道(強調はダビデ)
 
 
四方の」という訳語は原文を詳訳したもので、直訳すると「四つの風」となります。
 
 この部分には「風」を意味するアネモスという語が使われており、
 
 マタイ24:31 の「四方」とまったく同じギリシャ語表現で書かれています。
 
 
マタイ24:31
人の子は大きなラッパの響きとともに、御使いたちを遣わします。すると御使いたちは、天の果てから果てまで、四方からその選びの民を集めます。
 
 
あなたの備えられた御国のうちに」という訳語には、訳者の方の意訳が含まれてるように思います。
 
 直訳は「汝の御国の中へ」となります。
 
 重要なのはやはり後半で、「選びの民」が「教会」と言い換えられています。
 
 このことから、ディダケーの著者が患難後携挙説をとっていたことがわかります。
 
 
●ユスティノス
 
ユスティノス(紀元110年〜165年)
背教の人は、いと高き方に対しておかしなことを語り、あえて私たちキリスト者に対して地上で不当な行為を行う。『ユダヤ人トリュフォンとの対話』110
 
 
 
背教の人」というのは、反キリストを指しています。
 
 このことから、ユスティノスは、教会が反キリストの台頭後にも地上に存在すると考えていたことがわかります。
 
 次に紹介するヒュポリュトスとアウグスティヌスも、ユスティノスと同じ考えを示しています。
 
  
●ヒッポリュトス
 
ヒッポリュトス170年〜236年)
さて、迫害の患難についてだが、これは教会が敵から被るもので、ヨハネも次のように話している。「また、巨大なしるしが天に現われた。…」これは1260日(半週)のことであり、その間に専制君主が教会を支配し、迫害することになっている。
『キリストと反キリストに関する論文、6061章』
 
 
 
 ヒュポリュトスは、黙示録12章を「1260日のこと」、つまり大患難期と捉えており、
 
 その期間、教会が地上において迫害を受けると考えていたことがわかります。
 
 やはりヒュポリュトスも、患難後携挙説をとっていたということです。
 
 
●アウグスティヌス
 
アウグスティヌス354年〜430年)
しかしこの箇所(ダニエル12章)を読む者は、たとい寝ぼけ眼で読んだとしても、短期間ではあるが、反キリストの王国が炎のごとく教会に襲い掛かることを見逃すことはない。その後、神の最後の審判が行われ、それから聖徒たちの永遠の支配がもたらされる。『神の国』23
 
 
 
 アウグスティヌスも同様です。
 
 ダニエル12章は、黙示録12章と同じ大患難期についての預言です。
 
 反キリストが支配するこの時期に、教会が激しい迫害に遭うという考えを示しています。
 
 このことからアウグスティヌスも、患難後携挙説をとっていたことがわかります。
 
 
●あとがき
 
 教父たちと同じ考えを、パウロも2テサロニケ167で示しています。
 
 
2テサロニケ1:67
つまり、あなたがたを苦しめる者には、報いとして苦しみを与え、苦しめられているあなたがたには、私たちとともに、報いとして安息を与えてくださることは、神にとって正しいことなのです。そのことは、主イエスが、炎の中に、力ある御使いたちを従えて天から現われるときに起こります。
 
 
 この箇所でパウロは、次のような対比をしています。
 
あなたがたを苦しめる者」=不信者=「苦しみ」
                        どちらの報いも再臨の時に受ける
「あなたがた+私たち」=教会+使徒=「安息」
  
 このようにパウロの考えは、教会が再臨まで地上に存在しているというものです。

 教父はたちは、この教えを正確に理解していたのです。

 聖書も教父文書も、患難後携挙説を示しています。
 
 患難前携挙説をとっている方には、ぜひ考え直していただきたいと思います。
 
 終わり

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