全体表示

[ リスト ]

代替療法(24)・・エネルギーセラピー、エネルギー測定分析

Ewig 阿部憲治


多忙のため更新できませんでしたが、ようやく更新します。
今年の3月に、東京から再び軽井沢に移転しました。
懐かしい軽井沢です。
今、夏休みですが、軽井沢は、避暑、観光、別荘の人たちで、ものすごい人と、車で溢れています。
プリンスショッピングプラザ(アウトレット)が、7月に拡張されて、日本一の規模となっています。
毎日、ものすごい人と、駐車場へ向かう車の長い渋滞が続いています。
スーパーも、ものすごい人で溢れています。


以前、軽井沢に4年間住み、東京へ戻り、港区の赤坂、西麻布という都心、高層マンションが林立する江東区東雲という都心近くに住みました。
確かに、交通の便はよく、何でもあり、何の不自由さもなく、一見、快適なようにもみえる東京の生活でした。
しかし、何か、心が満たされない、ほっとしない、のんびりしない、安らぎが感じられないという思いが、いつもありました。
 
どこに住もうかと考え、この2年間、東京郊外、神奈川県郊外、鎌倉、湘南、京都など、実際に足を運び調べてきました。
 
しかし、心を引かれる地ではなく、好きな京都は夏暑いし、最終的に、軽井沢にもう一度住もうという思いが強くなっていきました。
 
 
その理由は、木々や草花など自然が豊かなこと、車の排気ガスを吸わないで、緑の多い道を散歩(運動)できること、美しい浅間山の雄大な風景、温泉が7ヶ所ほどあり、いつでも入れること、のんびり、ゆったりとした心地よさが感じられること、以前に比べ、店舗、飲食店がかなり増えたこと、木々が多いため、小鳥のさえずりが聞こえ心地がよいこと、夏の猛暑、酷暑がなく、涼しく快適なこと、家賃が東京と比較すると非常に安いこと、土地は、かなり安い所から、かなり高めの所まで、そうとうに幅が広いこと、東京など県外者の定住者が年々増加していること、(東京へ新幹線通勤している人も増えている)、スーパーも3店舗あり、買い物には不自由しない、晴天率が高く、晴れの日が多いことなどです。
 
問題点は、冬季の厳しい寒さ(最低気温がー10℃〜−15℃、日中もー1〜−5℃の日が多い)、暖房費用がかなりかかる、道路が凍結するため、歩行、車の運転には注意が必要、車がないと生活が不便、町営バスの路線と本数が非常に少ないこと、シーズンオフは、人が少なくなるので、寂しい感じとなり、冬は夕方以降、人が歩いていません。
北海道の札幌とほぼ似たような低温になりますが、寒さには住んでいるうちに慣れで適応することができます。
特に夏になると、多数の人が、猛暑、酷暑から逃れて軽井沢に訪れ、人口が急増しますので、レストランや飲食店は満員で、早めに予約しないと入れない場合が多く、道路も渋滞します。夏季の問題のひとつです。
 
レストラン、飲食店は、イタリアン、フレンチ、中国(中華)、和食、そば、スペイン、居酒屋、ラーメン、他など多種類の店がありますが、金持ちの別荘の人を相手にした、高い料金のレストラン、特にフランス料理、和食などがありますが、料金が高すぎます。
これを軽井沢価格といいます。
 
私は、良心的な価格、リーズナブルな店を探して、化学調味料や合成添加物などを使用していない店に行くようにしています。
測定分析して調べると、そのような良い店がけっこうあります。
 
平均的な閉店時間は、PM10:00頃、早い店でPM7:00〜9:00ですので、東京の感覚でいると、外食できなくなります。
 
PM7:00に閉店するイタリアンレストランもあり、あまりの閉店時間の早さに驚いています。
 
コンビにもPM11:00に閉店で、24時間営業はできません。
 
軽井沢は長野県であるためか、そば屋さんが多く、腰のある手打ちそばが好きな人には、楽しめます。
東京などの湿度の高い猛暑、酷暑には、慣れることはできず、適応はできません。
年々、夏季の気温が上昇し、今後も上昇することが予測されています
熱中症の死亡者も増加すると予測されています
時には、低温の夏もあるかと思いますが、確実に夏の気温は上昇していくことは事実です
 
夏季の軽井沢は、避暑地であるため、避暑客、別荘の人、観光客などで賑わい、人口が10〜20倍以上になるようです。
 
職場などに通勤している普通の人は、職場までの通勤時間が重要で、安易には好きなところには住むことができず、定年退職後に、好きな地に移り住みたいと思う人が多いようです。
 
 
 
 
軽井沢は、別荘地であるため、高級なイメージが一般の人にはあるようですが、かなり幅が広く、1000〜2000坪の広大な土地に、大きな邸宅の政財界や大金持ち、富裕層から、小さな土地に小さな家の庶民的な人たち、土地の価格も、ピンからキリまで、そうとうに安い土地から、驚くほど高い土地、はては、トレーラハウスに定住している人もいます。
中古の家も、驚くほど安い物件から、驚くほど高い物件まで、さまざまです。
売主と場所によって、大きく変わります。
旧軽井沢の別荘地は、確かに大金持ち、富裕層が多くいますが、全体的に見てみると、別荘、定住を含め、多くが、大金持ち、富裕層ではなく、庶民の人も多数います。
 
昔の軽井沢と、現在の軽井沢は、そうとうな変移があります。
 
別荘地のイメージが強い軽井沢ですが、畑がかなり多くあります
専業や兼業の農家の人たちもいます。
プリンスホテルの近くにも、畑が点在し、別荘地の横にも畑があったり、発地や借宿エリアには広大な畑が広がる地域もあります。
じつにのんびりした風景です。
 
私が住んでいるのは、もともとの住民の家、畑、アパート、別荘、分譲マンション、東京方面からの定住者の家、ペンション、民宿、レストラン、飲食店などが混在しているエリアですが、家々の庭には、花があふれ、野草の花々が咲き、道脇、空き地には、木々の花々、野草の花々にあふれています。
静寂な場所ですので、小鳥のさえずりが、早朝から日が暮れるまで聞こえています。
 
木々花々、各家の庭の花々、野草の花々の多さには驚き、その美しさに感動しています。
 
東京では見ることができなかった風景です。
軽井沢も変遷(時の流れとともに移り変わる)してきましたが、これからも変わっていくでしょう。
広大なプリンホテルのアウトレット(プリンスショッピングプラザ)も、7月には、また拡張され、広大な面積に、店舗数が240店舗(レストラン、飲食店を含む)となりました。
5月連休、夏休み、正月、春休みは、ものすごい来客数で、駐車場待ちの車で、長い大渋滞が起こります。
 
 
畑が広がる農業地域、もともとの住民が住んでいる地域、別荘地、商業地域(駅から旧軽銀座の各種店舗)、別荘地に点在するレストラン、飲食店、雑貨店、美術館、多数のペンション、ホテル、民宿、広大なゴルフ場、7ヶ所の温泉などが混在している特殊な町です。
 
厳しい景観条例、自然保護条例のもと、建物は2階建てまでで、3階以上は建てられません。
そのため、空が広く、浅間山が各所からよく見えます。
 
 
夏涼しく、冬寒い、標高約1000mの高冷地、冬の寒さと、人気のない寂しさに耐えられない人は、まず、定住は無理でしょう。
 
厳冬の風景も格別な美しさがあります。
 
 
 
 
 私は今までにいろいろな地に住んできました。
東京以外では、京都市内、京都府綾部市の山奥、南伊豆町、札幌市、軽井沢町などです。
 
京都府綾部市の山奥と南伊豆町は、書籍でも書いていますように、京都市左京区在住の頃、大変お世話になった星野さんご姉弟の姉の真知子先生(ピアノの先生)の予知夢とまったく同じ場所に住むこととなりました
 
京都市と、この2ヶ所で、特別な超常現象を多数体験することとなりました。
本当に数多くの、一般の人が経験することができない超常現象、不思議な現象、科学では解明できない現象を体験、経験してきました。
 
京都府綾部市の山奥の、大きな茅葺の家を購入し、2年間住み、予知夢どおりの場所、南伊豆町へ移転しました
 
大きな茅葺の家は、田舎暮らしの本に売り家情報を出していました。
 
ある時に、山口県の禅宗の尼僧の方から購入したいという連絡がありました。
その方は、「まだ、家、土地は見に行っていませんが、私は、そこに住むことになっています」ので、契約をしたいということを話され、伊豆の熱海の大きなホテルで契約することになりました。
 
その尼僧の妹さんが、ホテルの女将であることを話されていました。
 
通常は、不動産の物件は、現地へ行き、実際に見て、調べて購入するものですが、いっさい見ることもなく、購入されました。
不思議な現象ですが、私にとっては、山奥の(本当の山奥です)家は、買う人はまずいないのではと思っていましたので、救いの神のような人でした。
本当に助かりました。
人口が10人ほどで、平均年齢70歳という、本物の過疎の山奥の村でした。
村の人たちとは、仲良く、何の問題もなく、2年間暮らすことができました。
親切で優しい村人でした。
大きな問題は、サルの群れが頻繁に出て、農作物をほとんど食べつくされ、被害が大きく、困り果てていました。
このため、移転することにしました。
 
 
次の不動産に関する不思議な現象は、軽井沢に在住の頃、かなり安かったので、600坪の別荘地の土地を購入したのですが、住む場所ではないと感じ、家を建てる予定もなく、しばらく放置していました。
 
不動産会社に売却依頼は、まったくしていませんでしたが、ある人が、「法務局で土地の所有者を調べ、不動産会社を通して、売ってほしい」という連絡が入りました。
軽井沢には、売り土地の物件はかなり多数出ているのに、なぜ私が購入した土地を、ぜひ、売ってほしいという人が現れたのかは、非常に不思議な現象です
おかげで、私は助かりました。
この人も、救いの神のような人でした。
 
 
次の不動産に関する不思議な現象ですが、その後に、他の別荘地の土地を購入し、家を建てました。
2年間ほど住んだのですが、軽井沢の18号線(バイパスではない18号線)から北側は、猿の群れ、猪の群れ、熊が、度々出没するエリアで、家の庭、近くに、それらの野獣が頻繁に出るため、定住するには安心して暮らせる状況ではなく、困り果てていました。
別荘として利用するにはよいのですが。
 
不動産会社に売却依頼をして、しばらくしましたら、ぜひ購入したいという人が現れ、喜んで購入してくれました
 
軽井沢には、家付きの売り物件が、かなり多数出ていますので、売れないケースも多くあります。
実際に売れないで困っている人は多数います。
 
私にとっては、またもや救いの神というべき人が現れ、本当に助かりました。
 
 
このように、不動産に関する不思議な現象を、何度も経験してきましたが、私にとっては幸いな現象ですが、何かが関わっているか、何かの力が関わっていると、私は感じています
 
 
東京でも、新築や中古の売り物件が多数出ていますが、特に中古のマンションや戸建を売りに出しているのに、売れないで困っている人は多数います。
 
 
 
 
 
 
あの大震災から3年の時が流れましたが、いつかは、どこかで大震災、大津波が起こるでしょう。
岩手から、千葉県東方沖にかけては、いまだに地震のエネルギーは、強く測定されています
相模湾、伊豆沖、駿河湾、東海沖、三重、和歌山沖、四国沖にも、地震のエネルギーは、強く測定されています
 
かつての関東大震災の震源地は、相模湾の伊豆大島北方(湘南方面)でした。
湘南、鎌倉は、津波に襲われ、東京も大被害を受けました。
 
2014年55日に、伊豆大島近海での大きめの地震で、東京都千代田区では、震度5弱が観測されました。
関東大震災の震源地とほぼ同じ場所です
以前に温暖な南伊豆町に約8年間住みましたが、確かに、冬季の厳しい冷え込みはなく、温暖で住みやすいように、一般の人は思っているようです。
 
しかし、大きな問題がありました。
温暖がゆえに、虫が多くて大きく、クモは手のひらの大きさで家の中に多く出ます。
ムカデも大きく、多数います。
ゴキブリも大きく、家の中に多く出ます。
毛虫も大きく、時期になると多数出ます。
何しろ、虫が大きくて、多数出ます。
 
また、へびなどの爬虫類も大きく、数が多く、頻繁に出ます。
家の中にもよく出ていました。
温暖で湿気も多いため、虫や爬虫類も成育がよく、餌も豊富なため、大きく、数が多いのです。
 
虫やへびなどが好きな人は気にならないと思いますが、なかなか、そのような人は多くはいません。
寒冷地の軽井沢などでは、虫やへびなどは、生存しにくい環境のため、数は非常に少なく、大きくなりません。
ゴキブリは、生きていけませんので、いません。
 
私は温暖地、寒冷地のどちらにも住んできましたが、寒冷地の方が好きです。
 
温暖な南伊豆町、下田市には、東京方面から社会からドロップアウトした者たちが、多数住んでいました。
定職を持たず、アルバイトなどで収入を得て、少しのお金があると、働かないでぶらぶらしているという者たちでした。
冬季の厳しい冷え込みがないため、冬季の光熱費が、あまりかからないこと、海が近いため、海での遊びができること、温泉がいつでも入れることなどが、社会からドロップアウトした者たちには、住みやすいのでしょう。
 
南伊豆町の温泉は、ナトリウム成分が多いため、よく温まり、湯冷めしにくく、私は、よく町営や民宿の温泉に入っていました。
 
しかし、軽井沢の冬季は、厳しい寒さで、暖房費がかかり、遊んで暮らせるような場所ではありません。
そのため、ドロップアウトした者たちが住めるような環境ではなく、そのような者は、まったくいません。
また、別荘が多いため、別荘の人たちとは、ドロップアウトした者たちが、生活や考え方が合うはずがありません。
 
南伊豆町の住んでいた地域は、昔の村落共同体の風習が残っている地域でした。
共同で助け合うという風習があり、道の草刈、掃除、水田の水路の掃除、祭りの行事の協力、参加、葬儀の協力、参加、(お通夜の準備、参列、葬儀の準備、受付、参列、葬儀の後片付け、会計、僧侶の送迎、女性は、食事の準備、調理、後片付けなど)、
月に1度ずつ、順番で各家で集会があり、役場からの報告の後、雑談(お菓子やお茶、ジュース、つまみとビールなどを飲食しながら、村の人たちの結びつきを深める)があります。
 
孤立、孤独死は、ありません
綾部市の山奥の村でも、同じでした。
都会と違い、集落の人々、全員が深い係わり合いを持っています。
 
都会では、隣近所の人も知らない、知りたくない、挨拶もしないということが普通ですが、村落共同体の良さは、助け合うという風習が、現代も引き続いています。
けっして、孤独、孤独死は、ありません。
 
昔ながらの、人と人の結びつき、助け合うという精神が生きています
私は、それらの村での生活、風習に、すぐに順応できましたので、都会での、人と人の結びつきがまったくなく、冷たさ、他者を警戒する(犯罪が多いため)など、違和感を感じていました。
 
田舎は、交通の便が悪く、店舗、飲食店も非常に少なく、あるいは、まったくなく、街灯がないこともあり、夜は真っ暗になります
若い人は、都会へ出ますので、過疎化と高齢化が進んでいます。
 
そのような田舎へ、好んで行き、定住する人は、非常に少ないと思いますが、助け合うという村落共同体の良さが、いまだに残っている田舎の村の生活も、悪くはありません。


つづく

(詳しい資料、パンフレットをご希望の方は、メールでご請求ください。ヤマトメール便でお送りいたします。)

 

この記事に

閉じる コメント(0)

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

.


みんなの更新記事