錆と油のくず鉄日記

ものを書くことが苦手なおじさんですが、頑張ってますのでよろしくお願いします。

春を背負って

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ニュージーランドでの生活も落ち着いてきましたので、前から思っていたことについてちょっと記事を書いてみたいと思います。

ちょっと毒を吐きますので、不快に思う方はここまででスルーしてください。





自分が関わった映画なのでどうしても周りの反応が気になります。


ですすので、映画のレビューをよく見ていました。


公開される前のレビューが悪いものが多くて心配していましたが、公開されてからこなれてきた感じがあるのでホッとしていました。


公開前はネタバレになるといけないと思い、悪いレビューに対して言いたいことがたくさんあるのに黙っていました。


公開されて1ヶ月以上経過したので、ちょっと書いてみます。


ネタバレも少々あるので、まだご覧になっていない方はスルーしてください。




まず悪いというか悪意のこもったレビューを書いている人たちに一言言いたい、悪く言う前にもっと勉強しろと。


映画の良し悪しは各自の感性が決めることなので、悪く思う人がいるのは仕方がないと思いますし、そう言う意見も大事なものだとは思います。


ですが、ただけなすだけそれも自分の無知をさらけ出しているレビューがすごく多かったように思います。

はっきり言って自分の無知さ加減を晒している人が何人かいます。

レビューに対してコメントができるなら教えてあげたい勘違いをしている人がたくさんいましたが、そういうシステムがないのが残念です。




たとえば、「山をよく知っている人が見たらおかしいと思うだろう」という人がいたけど、この人はどれだけ山を知っているんだろう。


撮影の時監督の横には有名なガイドさんたちがいつも付いていました。


監督はガイドさんたちの意見には真摯に耳を傾けていましたよ。


映画なので、多少の誇張的な表現などはあるかもしれませんが、ありえないことは撮影していません。


撮影にずーっと付いていたガイドさんたちよりも「山に詳しい人」ってどういう人でしょうね。



「そのくらいの天候ならヘリを使えよ」と、救助のシーンに文句を言っていた人もいましたが、天気が良さそうに見えてもヘリが飛ばせないケースというのはいっぱいあります。

救助のシーンは役者さん以外は、富山県警山岳救助隊の現役隊員さんです。

演技の指導も現役の隊員さんから受けてます。




「富士山らしき山が写っているが、立山からは富士山はあのようには見えない」という人もいました。

間違いなく大汝山から見た富士山です。



呆れたのが「山小屋で働いたことがある者として」と題して、「山小屋の人間が救助に参加するなんて聞いたことがない」とのご意見。

多分、一夏一週間くらいバイトしただけなんじゃないだろうか。

君は運がいいよ、人によっては死体を担がされることだってあるんだよ。


山で遭難があった場合、現場に近い山小屋に「山岳救助協力隊」の要請があることがあります。

亡くなった方や怪我した人を背負って下ろす場合に、救助隊の隊員だけでは大変なので応援に行くこともあります。

私は運良く亡くなった方を背負う機会はありませんでしたが、けが人を背負って下ろしたことはあります。


ずーっと言いたくて、悶々としていましたがちょっとすっきりしました。

もし映画をご覧になった方で、あれはおかしいんじゃないかとか疑問に思うシーンがありましたら質問してください。

ちゃんと説明します。


字ばかりでつまらないと思うので、撮影をお手伝いしている期間に撮った画像です。


5月1日
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5月12日
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滑落シーンの撮影


5月14日
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5月15日
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これだけの岩場をスタントマンを使わず担ぎおろしたんだから松山ケンイチさんすごいです。
豊川悦司さんも怖かったと思います。


6月27日
夕日
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7月9日
早朝大汝山
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この撮影のあと富士山が見えてきました。
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午後
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7月20日
夕日 剱岳
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奥大日
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7月21日
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最後にタカネスミレ
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立山でのネット環境の悪さに疲れてしまいブログを更新する気力がなくなってしまってました。

気がつけば「春を背負って」の公開まであと3日になりました。

このままでは寂しいので、少し書きます。


公開が近づき、木村監督の全国行脚も無事終了しました。


先週6月6日に監督の講演があったので行ってきました。
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会場はリバーリトリート雅楽倶というホテルでした。
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受付時間よりだいぶ早く着いてしまったので、一番乗りだったようです。


監督の車が停まっていました。
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後で監督から聞いたところ、この車で47都道府県すべて周り、走行距離は18000kmにもなったそうです。


恐れ多かったのですが、やってみたかったので。(笑)
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サンバーのフロントには、「春を背負って」の台本を置いてみました。

撮影後すぐにサンバーを移動させたのは言うまでもありません。(笑)



中に入って会場を見る。
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外には神通川
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始まりました、7〜80名の方が見えていました。
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平日だったので、女性の方が多かったです。

熱く語る監督、トーク絶好調でした。
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楽しいトークで、盛り上がっていました。

とても74歳(来月には75歳)とは思えないパワフルな監督のトークで、楽しい時間を過ごしてきました。


いよいよ公開間近、すごく綺麗な山の映像とそれぞれの思いがこもった人間模様。

みなさん是非ご覧になってください。


「春を背負って」フェイスブック
https://www.facebook.com/haruseotte





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8月8日の撮影です。

朝4時頃からご来光を狙いましたが、ガスが濃くてダメでした。

小屋に戻ってきて、ヘルメットに大汝まで登った回数のシールを貼っています。
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細心の注意を払っているのですが、気圧の関係もあってどうしても結露してしまいます、結露を取るのがひと仕事です。
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大汝を9時ころに出て高山植物を撮りながら雄山神社に向かい、雄山神社では学校登山の生徒さんの参拝シーンを写しました。

撮影に協力してくださった生徒さんたちと一緒に記念写真。
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この学校を案内していたのは、「春を背負って」の撮影でも一緒だった山岳ガイドのIさんでした。
その後たくさんの学校の生徒さんたちからもぜひ一緒にと言われて、大モテの監督でした。


雄山神社から下山し始めた頃、きれいな雲が出ていました。
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今回の大きな撮影目的だったタカネスミレの群生しているところを探していたのですが、タカネスミレそのものがなかなか見つかりませんでした。


探し回ってやっと見つかったタカネスミレです。
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下山しながらいろいろな高山植物を写しました。
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3時ころ室堂まで降りてきて、3時半にこの日宿泊の雷鳥荘に着きました。

雷鳥荘の前から次の日の撮影のテント場を見ます。
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結構賑やかでした。
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夕食は特別メニュー、お肉が大好きな監督のリクエストですき焼きでした。
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お腹いっぱいいただきました。


この日雷鳥荘は満室でした、私もいつも使っていた従業員べやに入ることができずぎゅうぎゅうの客室でスタッフの方たちと一緒に泊まりました。

雷鳥荘の客室に泊まったのは初めてです。



8月9日

朝はゆっくり7時半から行動開始。

テント場の撮影から始まりました。
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テントが少ないとのことで、小屋や管理所のスタッフのテントを借りて増設したり、帰る用意でテントをたたみ始めたグループに「もう少し待っていただけないでしょうか?」とお願いして回ったりして、こんなカットになりました。
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ガイドのSさんと雷鳥荘スタッフのTさんも出演です。
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テント場のシーンの次は、高山植物。


立山チングルマを探しました。

チングルマ
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立山チングルマ
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花びらにピンクの筋が入っているところが違います。

空を見上げる木村大作監督
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11時少し過ぎに撮影を終えて雷鳥荘に戻ります。
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見上げているのは荷揚げのヘリ。
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雷鳥荘で昼食を食べたご、室堂へ向かいます。

もう撮影は終わったのですが、ちょっと良さそうなところがあったので、撮影してます。
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これでこの回の撮影が終わり、みなさんを送って室堂まで行ってお別れしてきました。


私はまた雷鳥荘に戻って自分の荷物をまとめてから下山しました。


今回で私がお手伝いした分は終了です。


今までに紹介した写真のほかにもたくさんの写真があるので、時折画像だけの記事を書いて紹介したいと思っています。


いよいよ帰国が迫ってきました、あと5時間で我が家ともしばしのお別れです。

ニュージーランドでもいろいろあったのですが、全然記事をかけませんでした。

帰国したらちょっとづつ書く予定です。

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帰国が近づいてきて究極にバタバタしています。

今年は風が強い日が多く思うように作業が進まずイライラさせられています。

それでもなんとか帰るまでに「春を背負って」の記事は書き終えたいと思ってます。
(あと3日しかないできるか?)


29日に熊谷に戻って、東宝映画さんからの連絡を待っていました。

8月6日から撮影が始まると連絡を頂いたので、5日に立山に上がり上で皆さんを待つことにしました。


8月6日
 
午後みなさんが上がってくるとのことで待っていましたが、道が混んでいたとのことで結局みなさんが室堂に到着したのは3時を回っていました。

今回は俳優さん無しなのですが、取材の方(週刊現代さんと富山テレビさん)が4名同行しました。

荷物を背負ってさあ出発。
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といっても遅くなったので、宿泊する室堂山荘まで行くだけで終了でした。

立山は30年以上来ていますが、よその小屋のお客さんとして夕食を食べるのは初めてです。
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8月7日

朝6時半に室堂山荘を出発。
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天気良かったです。

最初の撮影は学校登山のシーンでした。
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3グループほど撮影しました。
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実際の学校行事を写させていただいたので、その都度責任者の方に映像を使って良いか確認をとりました。


ロープを超えて撮影していますが、ちゃんと県からの許可を頂いています。
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画像のカメラの設置位置を見てもわかると思いますが、植生を荒らさないよう細心の注意を払っています。


8時半ころ一の越到着。
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30分ほど休憩後、ここから私とDさんはみなさんと分かれて龍王岳を目指します。
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9時半ころ龍王岳に到着。
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五色ヶ原が綺麗でした。
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龍王岳に登るシーンの撮影です。

カメラはすごい遠くから狙ってます。
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どこにいるかというと
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矢印のところです。

私が代役で登ったのですが、豆粒くらいにしか見えないと思います。

その時のアップでの写真はとてもお見せできません。

若い方の代役だったので遠くからならわかりませんが、近くで見るとウイッグをつけていたこともあり「汚いじじいのオカマ」にしか見えませんでした。(笑)

雲が監督のイメージになる時を待って3時間ほど龍王岳の頂上にいました。

待っている間、何人もの登山者が登ってきて、私を見てギョッとしていました。(笑)

すごく恥ずかしくて汗をかきました。


実際の撮影は2度目でOKが出ました。


龍王岳からは次の撮影予定の高山植物が綺麗に咲いているところを探しながら下山しました。
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一の越から登り返して、2時半ころ雄山神社通過。
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2時40分に大汝に到着してみなさんと合流しました。
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その後は夕景の撮影等でしたが、私は小屋の周辺で高山植物を探して歩いていました。
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夕方はこの時が一番きれいだったような気がします。
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日没は雲のかかり方がいまいちでした。

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帰国が迫って毎日バタバタしています。

3日ほど前に東宝映画のKさんから電話がありました。

セットでの撮影を見学したいと言っていたのを覚えてくれていて、連絡してくれました。

気にかけてもらえていて、嬉しかったです。


残念ながらセットでの撮影は、28日で終わる予定だそうです。

帰国は29日なので見学できません。(涙)


記事も早く書かないと撮影終了してしまいます、あと少しなので頑張らねば。



7月22日

俳優さんたちが下山するのを見送った後、雨の中での菫小屋のシーンの撮影のための準備をしました。

豪雨の設定でミニチュアを使うので、ミニチュアのセッティングなどをしました。

小屋の前の丸椅子などを製作中です。
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7月23日

雨の中小屋からちょっと離れたところでミニチュアを使って撮影しました。

ミニチュアを使うならスタイおでもいいだろうという声もありましたが、現地で撮るという監督のこだわりです。

雨の中手動のポンプ3個使って豪雨を再現しました。
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よくできてます、矢印のところにポンプのノズルが見えます。


実際の小屋でも撮影
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ここでもポンプを使って雨を追加しています。

監督の「まだ足りないよ」という声が響き渡ってました。


午前中で撮影を終えて、午後から下山しました。


1時少し過ぎ、一の越で一服。
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防水のデジカメを買ったのですが、ずっと雨降りで気温と気圧の変化が激しかったせいか画像がおかしくなってしまいました。

それだけハードな状況の中で撮影していたということです。

木村監督はフィルムにこだわっているので、カメラの管理はものすごく大変だと思います。


この日はみなさんと一緒に下山して富山のホテルに泊まりました。

一緒に夕食をいただいて、翌朝みなさんは東京へ帰って行きました。


7月24日

山でぶつけたすねの腫れがひかないので、痛みはないものの心配になって医者に行きました。

問題ないというお墨付きをもらって一安心、この日も富山泊。


7月25日

26日からまた合流するので最終の立山ケーブルで山に上がりました。

ケーブルまで時間があったので、映画にちなんだ場所を見てきました。


まず「剱岳点の記」で、立山温泉として撮影された「浮田家」。
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管理の方とお話しましたが、当初は「春を背負って」でも使用するという話だったそうです。


次が「春を背負って」で民宿として登場する「内山邸」。
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とても立派な邸宅で、こんな民宿があったらすごいだろうな〜と思いました。

天気が不安定で晴れていたかと思うと突然土砂降りになったりして、山に上がれないんじゃないかと心配になり雷鳥荘に電話を入れましたが、「山はそれほどでもないよ」とのことで無事上がることができました。



7月26日

室堂山荘10時集合で、みなさんと合流し大汝山へ向かいます。
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みなさんといっても今回は撮影ではないので、私を含めて4名です。

12時頃大汝休憩所到着。
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何をしに行ったかというと、使い終わった撮影機材をヘリで下ろすための荷造りでした。
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完成
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7月27日

ヘリ待ちで待機するも、天気が回復せず1日待ちぼうけを喰らいました。。


7月28日

天気が回復せず、あきらめて下山することになりました。

ガスが濃かった。
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雄山神社も霞んでしまって、これじゃ無理ですね。
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室堂あたりはガスから抜けていました。
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室堂山荘の前で皆さんと別れました。

私は雷鳥荘に一泊して、29日に熊谷に戻りました。



この後8月の実景撮影まで1週間ほどお休みです。


あと2回記事を書けば、私が関わった撮影のことを書き終われます。


なんとかクランクアップの前に書き終えるよう頑張りたいと思います。

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