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友人が日本に帰るので、クライストチャーチまで送っていきました。 飛行機の出発まで時間があったので、大聖堂広場を見てきました。 残念ながら去年の姿と変わりがありませんでした。 いつになれば工事が始まるのだろう。 一日も早く以前の姿を取り戻して欲しいです。 ひとつ嬉しかったのが、市電が復活していました。 チェスをするおじさんたちは昔も今も変わりません。 きょうは日本人が設計した新しい教会を見てきました。 元の大聖堂から2ブロックほど東に建っています。 TRNSITIONAL CATHEDRAL 暫定的な大聖堂 ダンボールが多用されています。 中から 正面のクロスもダンボールです。 ダンボールだけで出来ていると思っていましたが、そうではなかったようです。(当たり前ですね) この建物も素敵だと思いますが、役目を終える日が一日も早く訪れることを祈ります。
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NZ クライストチャーチ地震
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一昨日ですが友人を空港まで迎えに行った帰りがけに市内の状況を見てきました。 残念ながらいまだに町の中心に近づくことはできませんでした。 クライストチャーチに住む友人の話でも、いまだに筋道だった復興計画が定まらないとのことです。 市の中心部はほぼ壊滅的な状態です、大きなビルは取り壊しが決定したものが多いそうです。 正面のクラウンプラザも致命的なダメージを受けています。 左はカジノです。 歪んでいます。 コプソンもかなりのダメージです。 驚いたことにすぐそばのカジノは無事で、しっかり営業していました。 車もいっぱい停まっていました。 ビルだけでなく普通のお宅もやられています。 木造なので形は残っていますが、歪んでいます。 レンガの家はひどいものが多いですが、なかでもひどかったお宅です。 バスタブが生々しいですね。 ここもかなりひどい ちょくちょく訪れていた中古品屋さんも、もう行けなくなりました。 中にいる時に地震が来たらと思うとぞっとします。 こんな景色ばかりです。 9月の地震で更地になったところは駐車場にしたところが多かったのですが、今では看板だけがむなしく立っていて、車は停まっていません。 大聖堂の見えるところを探して、やっと少しだけ見えました。 写している場所が少し違うのですが、写真を細工して比較しやすいようにしてみました。 昨年9月の震災後。(2010年9月26日) 2011年9月18日 残念です。 そして最後に富山の語学学校の方が亡くなられたCTVビルディングのあった場所です。 たくさんのメッセージが添えられていました。 千羽鶴もありました。 合掌 日本ではこのことが大きく取り上げられていてあまり知られていませんが、現地の方も何百名もなくなっています。 昨年9月の地震のときは、発生した時間が明け方で人通りがなかったために、奇跡的に死者が出ませんでしたが、2月の地震はお昼時であったために、多くの人が崩れてきたレンガやガラスの下敷きになり亡くなったそうです。 地震直後に私が友人に送った安否確認のメールの返事です。 まるで戦争のようだったそうです。 現在も震度4前後の余震がたびたび起きているようです。 東京育ちで、小さいころから地震になれている私にはあまりピンとこないのですが、地震になれていないニュージーランドの人たちは相当な恐怖を感じて精神安定剤を服用する人がたくさんいるとのこと。 そして多くの方がクライストチャーチを離れたそうです。 ニュージーランド、そして日本の地震で亡くなられた方達のご冥福と、両国の一日も早い復興をお祈りしたいと思います。
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9月に入って雪が降りました。 1日の晩から明け方にかけて5cmくらい積もりました。 9月2日の画像です。 マウントハットも雪化粧できれいです。 ゲレンデも良くなるかと期待したのですが、スキー場の積雪は8cmと、町と変わらずあまり足しになりませんでした 写真を写しながら町の中心のほうに行ってみたら、桜が咲き始めていました。 きれいでした。 日本と季節が反対なので、9月は3月と一緒です。 もう春です、スキー場いつまで雪が持つだろう、ちょっと心配です。 今日は9月4日です。 ニュージーランドクライストチャーチ地震から今日でちょうど1年たちました。 9月の地震では、奇跡的に死者が出ませんでしたがその後の地震で日本人を含め多くの方がなくなるという大惨事になりました。 日本の震災で津波の被害が大きかったためにあまり報道されませんでしたが、クライストチャーチの被害は甚大です。 いまだに市の中心には立ち入ることができないし、多くの高層ビルは取り壊しが決まっているものの手がつけられない状態のままです。 最近も余震が何度かあったので、被害が拡大しないか心配しています。 1日も早い復興、きれいなクライストチャーチの復活を祈りたいと思います。
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12日の話ですが、友人が帰国するので早朝空港まで送りに行ってきました。 朝5時40分発の便なので、3時にメスベンを出発しました。 4時15分に空港に着いたので、まだ空いていてほとんど並ばないでチェックインできました。 その時に同じ便で日本に帰るという、クライストチャーチに住む知り合いと会ったので少し話をしました。 彼の家はリトルトンという港町に住んでいます。 今回の地震でかなり被害を受けたそうですが、住めるだけまだましだと言っていました。 近所の家は住むことができなくなってしまった家が多いそうです。 友人を見送った後明るくなるまで車の中で寝て、クライストチャーチの街を見てきました。 日本の震災のせいであまり報道されませんが、クライストチャーチの被害は甚大です。 いまだに大聖堂の周辺は立ち入ることgできません。 さくで囲われています。 左に「追憶の橋」が見えています。 住宅街では液状化が いまだに水が引かないところも 建物が取り壊されてところどころ更地になっている街並みを抜けて、ニューブライトンに行きました。 去年は通ることができなかった時計の塔ですが、今年は補修されたようで通れるようになっていました。 桟橋から荒れた海を見ていたら ふと、反対側を見ると。 あれれ 火が見えます そばに寄って見ると 火事だー 火に気がついてから6分後に消防車到着。 消火栓開栓 火はかなり大きくなりました。 分かりにくいですが、放水開始。 すぐに火の勢いはおさまってきました。 5分ほどで火は見えなくなりました。 消防車 ファイアーエンジン 後ろから もう1台、この車は放水しませんでした。 3台来ましたが、放水は1台だけでした。 ファイアーサービス 地震も怖いが火事も怖いです。 帰りがけに交通事故に遭遇 パトカーの前の車とその陰にあるトラックがぶつかったようです。 パトカーの横の道のわきに、運転していたとみられる女性が座っています。 地震のことを書きたかったのですが、いろいろなことに遭遇してしまい、まとまりのない記事になってしまいました。
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日を追うごとに被害の大きさと、犠牲者の数の多さが明らかになってきます。 |




