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エーリッヒ・フロムの1941年の著書です。この著書の中で、自由とデモクラシーという章の中で、“個性の幻影”という項目があります。ちょっと怖いのですが、我々が生きていくうえで、何度も選択する機会に直面します。その時の自分の判断基準について、我々を取り囲む社会環境が、それを左右するわけですが、フロムによると、その社会生活の根本的な、問題において、一般の成人の独創的な思考能力を、積極的に混乱させようとする要素が有ると記されています。それは、専門家にしか解析ができないと言う情報の複雑性を喧伝し、しかも限られた領域のみにおいてしか理解する事は出来ないと信じ込ませ、本当に問題となっていることがらに対する自分の思考能力の自信を失わせることになり、個人は混沌とした多くのデータに取り囲まれながら、無力を託ち、専門家がなにをなすべきか、何処へ行くべきかを見つけ出すまで、我々は憐れな忍耐力で待ち続けていると。また、社会問題に対する我々の批判的な精神を麻痺させるもう一つの方法として、我々が、マスメディアから受信する事実が、殺人事件、戦争、社会情勢等の情報を、例えば、スポンサーの石鹸の漂白力の素晴らしさ、熟成されたアルコール飲料の宣伝等の商品情報がニュースを中断し、視聴者はそれらの情報を並列化されたものとして、認識してしまい、何があっても反応せず、我々は事実に対して、興奮する事も無く、我々の感情や批判的な判断は妨害され、ついには世界に起こっている事に対する我々の態度は、平板な無関心なものとなる。「自由」の名の下に生活はあらゆる構成を失っていくのである。それは多くの小さな断片から作られ、それぞれ互いに分離していき、全体としての感覚は微塵も見られず、個人はちょうど積み木を持った子供のように、これらの断片をもって一人ぼっちにされてしまうのである。しかし、本当の子供は家とはどんなものかを知っているのであり、従って、その子供は遊具にしている断片にも家の諸部分を見つけ出す事が出来るのに対して、我々成人はその「断片」を手にしながら、「全体」を取り巻く環境を理解できず、途方に暮れ、不安になり、その小さな無意味な「断片」をみつめつづけているしかない。 |
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はじめまして。64年前にこんなことを書かれると、困りますね。『自由からの逃走』は、私の場合、「つんどく」でした。わかりやすく解説してもらって感謝です。お気に入りに登録しました。これからもよろしく。
2005/3/23(水) 午後 10:55
tanzdetanzさんお気に入り登録ありがとうございます。これからも続きを書いていこうと思います。
2005/3/23(水) 午後 11:27
ついでに、なつかしのマクルーハンもどうぞ
2005/3/24(木) 午前 0:13 [ 武士ナビ ]
力を持つものだけが「真実」という名の「編集済みの情報」を流布させることができるのさ。今も同じ情況だけどね。
2005/3/24(木) 午前 0:23 [ 武士ナビ ]
初めまして!!マチャミです。 仲良くしてください。 頑張って、書きますので^^
2005/3/24(木) 午後 3:49 [ mac**mi_s*to ]
初めまして!!マチャミです。 仲良くしてください。 頑張って、書きますので^^
2005/3/24(木) 午後 3:50 [ mac**mi_s*to ]
マチャミさんいらっっしゃい。仲良くしましょうね。私も頑張って書きます。
2005/3/24(木) 午後 5:38
次は、マーク・スロウカネタで行きます。
2005/3/29(火) 午前 3:21
昨夜はすまんでした。寝ちゃいました。
2005/3/29(火) 午前 10:57
こんにちは。
私も昔、この本を読みました。
2009/10/5(月) 午後 5:22 [ kemukemu ]