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スパルタン・デッサン
私は、大学生時代に、いわゆる“ダブルスクール”(でも確かに大学ダブった)していまして、大学に通いながら、CGの専門学校に通っていたわけです。大学の情報処理の講義は人気課目で、受講できなかったので、工業専門学校にバイトしながら通っていました。なんで、CG始めたかというと、当時組んでいたバンドのビデオクリップを自腹&自身のスキルで作ってやるとか、当時流行っていたVJ(ビデオ・ジョッキー)なんて職業に憧れていたのだと思います。初めて買った、雑誌『デザインプレックス』が、VJ特集で、ついでに、バンドの作曲のために、打ち込み系もやりたいからDTMも始めてしまえ、とか、無謀な意気込みで始めたはず…。(今となっては動機も定かではない)でも、ハタチ前後の男って、結構無謀な夢見るアリスチャンだったりするので、周囲が合コンだ、ゼミ合宿だ、サークルだ。とかいって騒いでいても、あまり興味なかった様な気がします。なんせ、
“ミュージシャンになりゃ、毎日、キューバ産の葉巻くゆらせて、へネシー片手に、ミンクのガウンで、膝の上にはペルシャ猫さ!(我ながら発想が貧困です)”
とか思っていたので、専門学校に通って、腕を磨いて、ウハウハだぜコノヤローめ♪で、大学の授業もロクに行かずに、いつの間にかバンドも空中分解して、気が付けば、3DCGの世界にどっぷりはまっていたのです。
専門学校の事務長先生は、(今回もまたデスヨ)元、陸上自衛隊習志野空挺部隊の偉い人で、最終階級は一佐さんでした。でもって、3DCG担任の先生は、シャム・シェイドのHIDEKIに似た、背の高い、ハンサムで、へヴィメタ好きな、実写合成が得意なCG屋でした。なんせ、一枚の写真と、航空写真と、ハリアー戦闘機の3Dモデルを合成して、ハリウッド映画“トゥルー・ライズ”のワンシーンを再現して見せてくれました。感激した私は、以来ずっと、戦闘機のCGばっか作っていたような気がします。(ここでも色々ありましたが、それは、また後日。そこで、3DCGをやるのにデッサン力があったほうが良いということで、ようやっと本題の、デッサン教室に短期で通うことにしたのです。私が、入ったのは、
“美大受験生のための夏季特別集中デッサンコース”
でした。生半可なカルチャースクールに通うよりも、ピリピリした空気の中で、真剣に取り組もうと、選んだのですが、高校時代の美術でも、デッサンなんてやったことはありません。鉛筆も、スケッチブックも、デッサンコースの講師に選んでもらって、バイトの美大生なんかに、質問しながら、デッサン初心者の私が、
“美大受験戦争の最前線”
に、またも身を投じることになってしまったのです。テーマは、一斗缶、ウッドハンマー、トウモロコシ、向日葵なんかを、必至で、描いていました。季節は夏。エアコンの無い暑い教室。壁は油絵の具の染みに、真剣な眼差しの美大受験生(制服多数)。ひるがえって、私は、エナメル開襟シャツに、スラックス。全然溶け込めていませんでした。(あたりまえだ!)しかし、イマイチ集中できていなかった私が、それこそ必至で取り組んだテーマがありました。それは、
“輪ゴムでギュウギュウに縛った自分の手をデッサンする”
だったのです。手の表現というのは、近所の居酒屋常連での映画助監督のおじさんに言わせると、
“人間の手というものは、あらゆる芸術表現形態の中でも、フェティシズムが宿る”
単に、そのおじさんの趣味の気がしないでもないですが、難しい表現でして、更に、右手でデッサンしながら、左手は、輪ゴムで緊縛です。右手を書く場合は、鏡に映った、左手を観察しながら、デッサンという、ほぼ
“一人SM状態”
でした。なんせ、講師は
“早く描かないと、左手の血が止まって腐っちゃうぞ〜♪”
とか後ろで言っているのです。そりゃもう必至になるでしょう。確か、その時は、空いているイーゼルに左腕を縛り付けて、固定して、ずれないようにして、目の前のスケッチブックに描き込んで行きました。蒸し暑いのに、左手だけが、どんどん冷たくなっていきます。ようやく腕一本描きおえた所で、一服しました。左手で、タバコを持っていて、ぼーっとしている間に火がフィルターまで近づいてきて、気が付いたら、火傷して水ぶくれを作っていました。でも火の熱さには気づかず、手を洗った時に、初めて、指の皮がズル剥けているのが分かったのです。こうしちゃおれんと、また描き始める私。最初の構想では、こう、ゴムがこうメビウスの輪みたいな、奥行きのある複雑な構図のデッサンしてやろうとか思っていたのですが、そんな発想は遥か彼方へ。とにかく、左手が使い物にならなくなる前に、仕上げなければという状況に追い込まれて、消しゴムかける暇があったら、一本でも理想に近い線を引こうと、最終的には、ドス黒い腕の絵の様なものが、スケッチブックに描き殴られていきました。現実には紫色というか、見たことも無い色に私の左手はなっていましたが、ヤバイことだけは分かりました。自分でも、才能以前に、デッサン下手だってことは良く分かっているのですが、その時の本気さというか、焦燥感が、少しでも皆様に伝わるといいなぁと思って、このデッサンをアップしてみました。皆様の経験で何か、
“あの時だけは、本気だった”
というエピソードなんかを教えていただけると嬉しいです。お気軽にコメントください。宜しく御願いします。それではまた。
ちなみに、これは元画像がデカ過ぎるので、アパートで、デジカメで撮影しました。背景は一応白です。
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