KASTORI's DoBLOG&Amazing Music

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家族

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助手席の揺り篭

私は小さい頃、どういうわけだか、大型トラックの助手席で寝ていたことが多い。

父が親会社の翌朝の作業にあわせて、

夜の7時に機械部品の加工を済ませると、

そのまま片道2時間かけて、

納品していて、

どうやら、

私はその父の運転するトラックの助手席で、

泣いたり寝てたり(っていうか赤ん坊ならそれぐらいしかないでしょう?)

してたみたいです。

父曰く、

“大事な息子を乗せていれば、自ずと安全運転になる”

と言われて、

納得いくようないかないような・・・。

まぁ、どこでも寝れる身体になる英才教育は受けていたみたいです(笑)

にしても、物心つくころには、

“日本一まずいラーメン屋”

の深夜営業とかで、

ラーメンすすっていたりしたので、(味は普通)

夕方鉄火場、夜修羅場、深夜愁嘆場というサイクルで、

コンプレッサーの音と

NC旋盤と

オイル冷却の奏でる

三重奏が

私の子守唄であり、

大型トラックの助手席か後部スペースが、

幼い私の揺り篭の設置場所だったのでしょう。

エアブレーキの音に安心するのも、

その影響かなぁ・・・?

寝正月計画

http://tunes1.blog-tunes.com/Pop/naivepop_or_petifool/naivepop_or_petifool.swf?v=30&s=off&t=1 ←ここでは最早ダディのテーマと半ば化している曲をどうぞ♪

つい先程、ダディと京王プラザホテルの

夜になると料金上がっちゃう喫茶店で会ってきて、

KASTORI(以下カ)「明石家サンタに、イチゴ畑でオーバードーズを投稿し損ねたー!」

ダディ(以下ダ)「してたら酷かったぞ(怒)」

カ「で、正月は寝正月でOKでしょうか?」

ダ「あのなぁ、正月にテニスのトーナメント戦があるんだが?」

カ「ダブルスですか?」

ダ「親子鷹だろ?」

カ「違うしぃ、鷹でもないし、どちらかというと、スズメでしょう」

ダ「お父さんは、若いモンの寝正月は感心せんなぁ」

カ「じゃあ、おうちで寝てても、引きずり出すという基本方針なのですね?」

ダ「まぁ今更どうあがこうが、もう申し込んじゃったんだ。」

カ「・・・。」

ダ「これも、親孝行だと思わんか?」

カ「どっちか、或いは両方が年始に怪我人という状況は考えていますでしょうか?」

ダ「俺は怪我などしない」

カ「一回戦負けでとっととおうちでぬくぬくするというのは?」

ダ「あ、敗者復活戦もあるから、存分に楽しめるぞ!」

カ「・・・。(ドクターストップに持ち込んでやる!)」

ダ「対戦相手に球をぶつけて没収試合にしようというハラだったら、」

カ「ハラだったら?」

ダ「その場でオマエを殴る。」

カ「嫌だなぁ?ボカァ野蛮なコト嫌いなんですよ、コレでも・・・(汗)」

ダ「テニスは紳士のスポーツだ。ヨコシマなことは考えるなよ?」

カ「そりゃ構わんですけど、お父さんが、ドクターストップでシングルスというのは無しね。」

ダ「その時は○△さん(ダディのテニス仲間)とオマエで残りの試合を消化すれば良い。」

というわけで、

KASTORIの寝正月計画は早くも崩れさり、

仕事始めの頃には、

筋肉痛でイワされてそうです。

あ〜ぁ・・・。

父と働きたかった。

イメージ 1

父と一緒に働いた経験は、

ほとんど無い。

小さい頃に書いた“将来の夢”というテーマの作文と絵の中で、

私は父と同じ色の作業着を着て、

製図版と格闘している模様を描いていた。

ITという漠然とした概念だけが浸透していく中で、

私はもう一度、

父と一緒に二人でビジネスを始められそうな契機を見出そうとしている。

葉巻型F1の時代から、部品を作っていた父の

作業力は落ちては居ないと思う。

勿論、体力は格段に落ちたし、

持久力や、危険な現場に立つことも、

今の父にはできないし、させたくない。

その分、インフォメーション・テクノロジーの発達で

技術畑違いの私と父が連携してできる、

分野が生まれてきた。

私も父も、デザイナーとしてのスポンティニアスな部分は、

平均以下…。

しかし、リアライザーとしては、

少しばかりの自信が有る。

デザインに面白みを求めないし、

機能美の集積に、

親子揃って狂喜したことも有る。

へヴィー・インダストリーで図面を引いて、

CAD→NC旋盤で鉄の塊を部品に変える技術。

XYZの座標軸情報から、

現実空間の被造物をDrectX空間で再現する技術。

これは空想とか理想の分類に入るお話なのかもしれないが、

父と何かを作ることができれば、

きっとそれが、

今の私にとっては幸せな事なんだと思う。

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父と会って(続)

そういえば、

父とスカイラウンジに入った時、

すぐ隣の席には、同窓会とおぼしき、50台〜60台前後のオバサンの群れがギャーギャー騒いでいた。

父「座る場所、失敗したな(苦笑)」

kastori「ふん、仕方が無いね」

来る途中に渋滞に巻き込まれて、睡魔に襲われていた父は、

虚ろな口調で、ため息を漏らした。

ちょうど4時ごろ、地震があった。

京王プラザの最上階だ。免震構造とはいえゆれる。

オバサンの群れがギャァァァ!と悲鳴を上げる。

うっとおしそうにオバサンの群れを蔑んだ目で見る父。

まるで

“おしゃべりと悲鳴、どちらも変わりが無いな(嘲笑)”

とでも言いたげな表情だった。

余震が来る間、震え上がるオバサンの群れ

父「地上を歩いている人は気づかないだろうな、この程度の揺れじゃ」

kastori「震災後、大戦後の建造物でしょ?免震構造だから、大丈夫なんじゃない?」

父「そうだな、だが、この高さだ。デカいのが来れば助からんぞ…。」

周囲を威嚇するように低い声で言い放つ父。

静かになるオバサンの群れ

そうこうしている内に、オバサンの群れはどうやら、店を出る決心をしたようだ。

向こうの席から、

「場所を変えましょうか、オホホホホ…。」

明らかに、父の恫喝が効いたみたいだ。

息子である私ですら、父のこの手の諦観の脅迫は怖い。

オバサンの群れ撤収。

父「あー、香水臭かった!ハデなヒカリモノ身に着けて、目と耳と鼻の毒だ(笑)」

kastori「けど、このクラスは震度6、7は耐えられるはずでしょう?」

父「しかし、地震の最中にこの高さで免震構造の揺れにビビる位なら、はじめからこんなトコロに来なければ良い!」

kastori「手厳しいね」

父「ふん!うるさいのが居なくなって、静かになったところで、オマエの進路についてだが…。」

そこからは、前の記事に書いたとおりです。

家に帰ってきてから、棚の上においておいた、

WRC関係のプラモが床に落ちていた。

モダーンは床に寝かせて置いているので、

損害はなかった。

人工透析の父は、術後10年生きたことで、

表彰状をもらった。

そのことが、父には不愉快なようだった。

自嘲気味に語っていたのを思い出す。

「こんな紙切れ一枚のために生き延びたんじゃ無い」

その対になる言葉も私は知っている。

それは、私に対して向けられたコトバだ。

「半人前で危なっかしい息子が居るんだ、オチオチ障害者なんぞやっていられるか?」

それが父の生き延びる理由。

一人前だと胸を張って言いたいが、

父にしてみれば、それだけ私が未熟に見えるのだろう。

私にだって、生き延びる理由はある。

いや、生き延びるのに理由は要らないはずだ。

“自分を苛むヒマが在ったら、健常者として、やれるだけのコトをやれ!悩んでいる奴を見るだけで腹立たしい!”

帰り際に、父が咳をしていたのが心配だ。

風邪ですら、父にとっては命取りなのだから…
白髪が増えたなぁ…。

それが最初の印象。

京王プラザのスカイラウンジで

曇り空の東京を一望しながら

近況報告。

父は、システム構築の仕事が入ったらしく、

最終的には、導入する機械の選定までは、

私もお手伝いするのかもしれない。

看板に消費者金融のものが多く目に付く。

それだけ、潤っているのだろう。

この先どうするのかを聞かれた。

父が65になるまでに、大学院に入る金を自分で稼げと、

珍しく、私の将来について、語った。

今まで、選択の自由を与えられた代わりに、

自分自身の努力だけで、道を切り開けと言われた。

親族のコネはアテにするな。

だから、田舎に帰る気は起きない。

自分の住んでいる世界は自分で確立しなければいけない。

それは、十分に理解しているつもりだ。

象牙の塔の住人となって、

好きなことを学んで生活が出来れば、

それで、良い。

だけど、そこまで都合よく物事は運ばない。

博士号を取る必要は無い、修士号だけで十分だ。

今まで、資格に関しては、懐疑的だった父が、

修士という目標を私に設定した。

職人気質の父にしてみれば、

この言い方は、まるで、

“オマエは俺と同じ生き方が出来ない”

というのと、同じ感覚だ。

だけど、

“学士はそこいらに転がっているが、修士なら、少なくとも、地元で肩身の狭い思いはしないだろう”

帰って来いという意味なのか?

今この文章を書いていて、

自分はかなり混乱している。

士業の資格ではなく、修士号、

確かに、親族の中で、私の学歴は、かなり見劣りする。

だから、親も少なからず、そのことを気にしていたのかもしれない。

今更修士号を取れたとして、何が変わるのだろうか?という疑問がある。

だけど、親が望んでいるというのも事実。

目標が設定されれば、自ずとそれに合った生き方をしなくてはならない。

親が自分に何を望んでいるのか?

そりゃ、健やかに育って、平穏無事であれば問題ないと思うけど、

留年をした分、社会人としての入試資格がようやく出てきた。

自分の将来を考える。

笑っていられたらいいなぁ?

それしか、無いので、

具体的な設計図は無い。

思い通りにならないことの方が、圧倒的に多かった。

“思い通りに生きたければ、実力で生きろ!”

だから、私は何かにのめりこむと見境を無くす。

強迫観念もある。

それがトラウマだとか、軽々しく思わない。

自分はそういう親に育てられたと言うことだけが、

間違いの無い事実だ。

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