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コミック評論 第170話
「あの漫画の主人公は、なんて輝いているだろう。
そっと、ソノ秘密を教えます」
「主人公が魅力的に書けない!」〜その1〜
ハイッ!実は私自身も、度々この病に苦しみます。
コレは主人公に“成長”というファクター(要素)を入れれば入れただけ、のたうちまわります。
成長が対立だったり、気づきだったり、師匠だったり、特訓だったり・・・・・
しかし、主人公が他者の意見に耳を傾ける為には“素直さ”が必要となる。
その素直さがキャラクターの持つ毒気(魅力)を取り、個性の薄いキャラクターになってしまう。
まさに負のスパイラル・悪循環なのだ!
書いているうちに、主人公よりも脇キャラのほうが魅力的になってしまたりする。
かと言って、脇キャラを一本で立たせるにはかなりしんどい。
そんな事で悩んでいたとき、ブックオフで小池一夫さんの原作漫画「カニバケツ」(作画 芳谷圭児)の2巻を発見。
「カニバケツ」は何回かも紹介させていただいているが、再読してみたら、まあ〜コレが見事ッ!と、気づかされた点が新たに2点。
一つ目は“引き回し役”の使い方が、ホントに絶品で凄い!
腹話術で“ラビ(可愛らし少女の人形)”を操るが、ラビ自身がまるで人格があるようにコミュニケーションする。
「ドロロン閻魔くん」(漫画 永井豪)では帽子。
「バンパイアハンターD」(原作 菊池秀行 作画 鷹木骰子)では、手の平。
「寄生獣」(漫画 岩明均)も やはり手だった。
犬・猫・鳥・自動車にはじまって、あらゆるモノが“引き回し役”になっている。
しかも、この可愛らしい少女の人形は、実に計算されつくされている。
ラビがしゃべればしゃべるだけ、主人公が光り輝く。
“引き回し役”というのは主人公のキャラクターを際立たせ、輝かせる存在だと言うことを実感する。
ちなみにラビとは、ラビア(女性器の陰唇のこと)から引用されていると思われる。
このあたりが小池一夫さんのキャラクター作りの上手さで、常にウイットに満ちている。
さらに男性漫画では、後にも先にも「カニバケツ」以外に女性心理を解読する為のHOW-TO的な漫画を私は見たことがない。
ジョージ秋山さんの漫画の一部に女性を口説くための手法を書かれていたことは記憶しているが、本格的なHOW-TO漫画とはいえない。
引き回し役を読み切り=短編で使うのは、簡単な様でかなり難しい。
主人公を魅力的に見せる手法として、読み切り=短編で引き回し役を描く事ができたとき、きっと最強の主人公が誕生することだろう。
まァ〜言うは易し、行うは難し、なのだが、とにかく書きましょうか。
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日記
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コミック評論 第169話
「♪乗ってケ♪乗ってケ♪乗ってケ♪サーフィン♪
♪波に♪波に♪波にゆられて♪」
以前に運とツキについて書いたとき、「私は『運』というのは寄せては返す『波』
」というコメントをいただいきました。
私もこのコメントには、とても賛同します。
ただし半分だけ!
なぜなら運の半分は自身の努力によって、手に入れることができるからです。
私の仕事の50%は、運とツキによって成り立っています。
常に慎重に行動し、発言しなければ足元をすくわれます。
トラブルは即対応し、失敗は許されません。
その為には、報告・連絡・相談は徹底的に行い、トラブルの目は先行して潰し、自身の言動に曖昧さは残さないようにしております。
仕事の質は、お客様が思う内容の20%増しを目指し、努力しています。
そそっかしい人物や運の悪い人とは、なるべくならパートナーを避ける。
人と人の繋がりなんて、わからないから基本的には誰にでもやさしくする。
遊んでいる姿は、なるべく人に見せない様に心がける。
チャンスなんて、どこに転がっているかはわからない。
普段の服装や身だしなみに気をつける。
知らない人の会話もどんな小さな情報は聞きもらさない。
会話や情報で自分の感性に引っ掛かったモノは、必ず“ウラ”をとる。
金銭的な話は、大きな声で大勢の人とはしない。
必ず1対1で小さな声で静かにお金の話はする(契約などの営業の話しではない)。
時には、用心深く相手の顔色をうかがう。
ただ、ゴマスリはしない。
誠実さがなければ、長くは人と付き合えない。
適当なことは言わない様に心がける。
運とツキは、タイミング良く引き寄せなければスルリと逃げる。
だからこそ十重二十重の戦略を組み立てる。
思考がロストした時は、直ぐさま別の思考に切り替える。
反省は1%、名誉挽回は99%、反省しているフリをしても意味は無い。
次の結果を出して、相手に奉仕することを考える。
それこそが、真の反省だ。
波に乗ったときこそ、いつもより更に慎重になる。
一つ一つの積み重ねをしっかり行い、振り返る。
些細なミスで、全てがぶっ飛ぶ。
私は、上記の思考や行動にかなり近い日々を送っています。
会社員ではなく、自営業なのでひとつの油断は死活問題に繋がります。
毎日がタイトロープ(綱渡り)の日々なのです。
コタイガーからも、一言。
確かにサイキック教授は上記の思考・行動パターンで間違いないッと思う。
しかし上記の思考・行動で、なぜ痩せないのか?
不思議だ。
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コミック評論 第168話
「政治家も、ヤクザも、一流企業の社長も、
やってる事もやらなければいけない事も同じ」
漫画を熱心に読まないコタイガーが、本宮ひろ志さんの「男樹〜村田京一<4代目>〜」を一生懸命読んでいる。
非常にスピィディーな展開と凝縮・消去が実に見事で、最近の連載漫画の中ではズバ抜けて、面白いと私も思っている。
そんな中でコタイガーから「ヤクザ=極道漫画を書くコツは?」という話になり、私は「政治家と一緒だよッ!」と答えた。
政治家に必要なモノは昔から、地盤・看板・金庫番と言われている。
地盤は政治家なら“地元・出身地”、ヤクザなら“縄張り”。
だが、政治家もヤクザも“人=仲間”が居れば、基本的には土地に縛られる必要性はない。
看板は政治家もヤクザも“血筋・世襲”だけど、政治家なら“政策・マニュフェスト”または個人の“信念“、ヤクザならこんな酷い事をされたら筋が通らないとか、悪どいことをやっている奴らから町を守るとか、”大義名分“があればよい。
金庫番は政治家もヤクザも、ずばりお金。
組織を形成したり、活動する為の費用、後援会やスポンサーだったりもする。
この3つが揃えば、政治漫画とヤクザ漫画は如何様にも描けるって訳です。
しかし一番忘れてはいけないのは、リーダーや親分のカリスマ性です。
「『男樹〜村田京一<4代目>〜』の主人公 京一の行動は、まんま政治家と一緒ってことだ」と私が言ったら、「それは、解りやすい。政治家とヤクザが一緒というのも、実に見事な例えだし、漫画を書くときの論法としては実に論理的だと思う」とコタイガーが大笑いしていた。
しかし、漫画を通じて論理的に考えてみると、ヤクザも政治家も企業のトップもたいした変わりはないのかも知れない。
本宮ひろ志さんは、そこらあたりが実に上手い!
だいたい、ヤクザ漫画はお金で行き詰まる。
しかも、今回は主人公が大学生というハンデもあるにも関わらず、京一はストーリーの冒頭に巨万の富を手に入れてしまう。
この辺の“凝縮・消去”は、漫画家として絶対に学ぶべきだと思う。
段々敵が明確になりつつあり、父親の敵討ちと言う大義名分=看板ができ、NO.2になりそうな仲間=地盤も手に入れる。
「エッ!NO.2って、一人だけ」と思われる人もいると思うが、一人で充分です。
なぜなら、そいつの子分か手下がいればいいのです。
地盤・看板・金庫番と、アッと言う間に集めてしまった。
連載第2回で、キーワードはほぼ出揃った。
連載第1回と第2回の集約は、実に素晴らしい。
余分な部分は、徹底的に消却されている。
昔、勝新太郎さんが監督した映画「座頭市」はかなり酷評を受けたが、その大胆でザックリとした編集は今思えば、いいとこどりの固まりだったのかも知れない。
「男樹〜村田京一<4代目>〜」は、第3回でも素晴らしい展開を見せる。
あまりにも展開が早過ぎて、私にもこの後の展開は読めない。
だからこそ、本宮漫画は面白い!
ヤクザ漫画を書く条件というかコツは、この作品にギュッと詰まっている。
そんな視点から読まれても面白いし、また勉強にもなります。
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コミック評論 第167話
「はじめの一歩とは、なかなかうまいタイトルだ」
「画で見せる!セリフで見せる!擬音で見せる!」〜その1〜
セリフが無くても、画で見せる技術を学ばなければならない。
読ませるのではない、見せるのである。
実はこの発想こそが、漫画的な手法なのである。
小池一夫さんは、この辺りの計算が実に上手い。
よく話題になる小池漫画の“ン“の活用法。
セリフの中で「・・・・そうなンだぜッ!」とカタカナ使うことにより、セリフを読ませるというよりは、画で見せる手法として使われている。
この様な会話は、実際の発音にかなり近い。
それにより、リアリティとある種のリズムが生まれる。
一見“言葉”の様に感じるが、読まれる時に口に出して発音する方はいないはずだ。その感覚は読むではなく、見ると捉らえたほうが正確になる。
小池一夫さんだけでなく、意外と多くの漫画家がこの手法を多用している。
本宮ひろ志さんもチェックすると、かなりカタカナ語を使っている。
漫画のセリフは正確には読ませるのではなく、“画“情報として見せれば、見た通りに正確に伝わるのかも知れない。
限りなく“擬音”に近い存在になったセリフこそが、漫画的なのかも知れない。
小池一夫さんの傑作漫画「首斬り朝」(作画 小島剛夕)には、セリフを全く使用しない作品がある。
小池一夫さんの作風はソノ試行錯誤で、画でしか描けない研ぎ澄まされた感性(リアリティやリズム)が生まれて来たのではないだろうか?
漫画家・漫画原作者を目指す諸君は、主人公がしゃべることができない設定に挑戦して欲しい。
きっと自身で、このスタイルに挑戦した時に如何に難しく困難な課題か、理解される事と思う。
ただ、挑戦するのは作品を20以上書いた後にしてほしい。
学んで行く上では階段を一つづつ上がらない者は、段階を上がったり、降りたり、遠回りや無駄な努力をするハメになる。
また、知識を吸収し過ぎると知識だけに翻弄され、中身のない作品を書いてしまう。
一つ一つの課題を簡単に理解したと思わずに、自身の作品の中できちんと試行錯誤を繰り返しながら消化し、自分のモノにすることこそが時間はかかるが1番早い近道なのだ。
所詮、千里の道も 一歩からなのだ。
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コミック評論 第166話
「♪メーテル♪又ひとつ♪星が消えたよ♪
赤く♪赤く♪燃えて♪銀河を輝くよ〜ぉに♪」
利の為にだけ生きる者は、利の為に死ぬ。
己の主張だけを通して生きる者は、他者の主張によってのみ生かされる。
残酷な話だが、コレは真実である。
自分自身で気付かなくても、この世の循環システムは時間をかけ、ユックリと循環してくることが多い。
あるチョットした事で、巨万の富を手に入れた知人がいた。
彼は会社を辞め、悠々自適な生活を営んでいたが、数年後偶然にも再会したのは病院だった。
かなり癖のある、性格的にも問題の多い人物だった(コタイガーではない)が、顔色は悪く、かなり痩せて、以前の頑強なる肉体はどこへやら、まさに命が尽きる風前の灯という雰囲気だった。
向こうから挨拶されても、一瞬「どなたでしたっけ?」と問い返したくなるくらいの変貌だった。
順番待ちの間に交わした会話から、彼は富を得たことで楽を覚え、酒に溺れ、健康を害したというのだ。
すでに日々の病院通いでは、治ることは無いと言っていた。
私も彼が富を得た時には、うらやましく思ったこともあった。
しかし、人間とはなんと皮肉なことが起きるモノだと、不思議に思った。
働くことをつらいッ!イヤだッ!という人は多い。
しかし働くことで健康を維持してくれる事も、また事実だ。
今回は「成長(変化)」と「生命(いのち)」について
私は何度も言っているが、基本成長をしない人は認めないし、友人にも持たない。
なぜなら生命も物質もあらゆるモノが、同一の状態で永久には存在し続けてはいけないと思っているからだ。
誕生し、成長し、老成し、終える。
それで良いと考えている。
だからこそ、人は次世代に“何か”を引き継がせようとするのではないだろうか?
コーヒーのCMでダウンタウンの松本人志が
「100年後には、今生きているすべての人はいなくなる!」と語っていたが、含蓄のある言葉だと妙に納得したことがあった。
人とは、たかがその程度のモノなのだ。
だからこそ、生きている間を疾走するが如くに生きたい。
「超CHAO」(漫画 山本貴継)の中で、人を地に輝く星という表現を使い、天の星にも 匹敵する輝きを持っているという様に描かれていた。
コミック全1巻で終わっているが、どこかで「超CHAO」◯◯編とか、××の章とか、別シリーズを読みたくなるくらいの秀作であった。
「F」で有名な六田登さんが書かれた「バロン」では、地球が如何に生命体なのか?ということを、ガイア論に基づき解説されているシーンがある。
コレは「星を継ぐもの」(原作 J・P・ホーガン 漫画 星野之亘)の世界観でもあるのだ。
どの様な巨大な恒星だとしても、その生命は終わる時が必ず来る。
この世に生命が生まれて来たのは、決して偶然ではなく必然ではないのか。
そして必然だとするならば、必ず何か目的がなければならない。
その目的を成し遂げる。
いつか、その日を目指して、あなたは成長していなくてはならない。
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