教育学者がやってみた、PTA会長日記

教育学者ですが、子育ては素人同然。そんな私がどうしてPTA会長に?!

就任前のこと

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

地域の方との顔合わせ

 前会長のTさんに「会長になって、最も大変だったことは何ですか」と尋ねたところ、返ってきた答えは「地域の人との付き合いでしょうね」というものでした。わが校区では、子どもたちの安全のため、登下校を地域の人たちに見守っていただいており、保護者代表として彼らへの感謝をどのような形で表すか、常に腐心されていたとのことでした。

 結果的に、Tさんは地域の方々(主に退職された高齢者の皆さん)と一緒にお酒を飲みに行くまでの仲になり、「自分でもよくやったと思う」と仰っていました。Tさんは地元ご出身の方でもあり、また今も地元でご商売をされているという環境が私とは全く違います。加えて、Tさんは生来の陽気な方で、初対面から人間関係をうまく築かれるような方とお見受けしました。翻って私は・・・と考え込んでしまいます。

 しかし状況は待ったなし。3月8日の土曜日に、地域で一番のまとめ役であるHさんに、Tさんの仲介でお会いすることになりました。Hさんは、私の妻も子供会などで大変お世話になっており、地元では仁徳のある方として有名です。朝早く近所の公民館でお会いしたHさんは、そんな噂に違わぬ立派な方でした。

 「おう、アンタか。今度の会長は大変だぜえ。まあ、頑張んな」。案ずるより産むが易し。このような方が味方でいらしてくれることに、次期会長としては安堵したものです。但し、校区には全部で6つか7つの町内会があり、これからはその全ての会長にご挨拶をせねばなりません。まあ、地道にひとつひとつこなしていくことに致しましょう。

会長プチデビュー

 前会長から引き継ぎを受けた翌週、新たな役員が公式に発表になりました。息子が学校から持って帰ってきたプリントにも、しっかりと私の名前が記載されていました。誰が次期会長になるのかについては、それまで色々なところで噂になっていたようですが、2月の終わり頃まではしっかりとかん口令が敷かれていたのです。

 そして、翌3月3日には授業参観とそれに引き続いて年度末のPTA総会があり、次期会長として紹介を受けた私は、短く当たり障りのない挨拶をしました。新年度を迎える前に、次期会長としての正式な仕事が始まったわけです。

 しかし、この日もやはり驚いたのは、PTA総会に出席しているのが全員おかあさんだったこと。男性は私や前会長、そして一部の先生を除けば皆無です。私が子どもの頃には、「授業参観」は「父兄参観」と呼ぶのが一般的でした。その後、「どうして男性だけなのか」「実態はお母さんばかりであり、現実を反映していない」などの声があがったのでした。

 確かに当時(昭和40年代はじめ)も男性の育児参加、子育て参加はそれほど盛んではありませんでした。けれど、今は世紀も変わり、人々の考え方も変わったはずです。なのに未だこれでは・・・。平日の授業参観というセットアップの問題もあるのでしょう。これから考えるべきことは多そうです。

会長職の引き継ぎ

 2008年2月13日。この日は定時で仕事を切り上げ、次期PTA会長としての引き継ぎをT前会長から受けました。前回の顔合わせに次ぐ、次期会長としての2番目の仕事です。PTA役員全員での集まりではなく、会長の引き継ぎは新旧会長二人だけで、というところが少し意外でした。

 話し合うこと2時間。終わったのは夜の9時です。正直、疲れました。もっとも、引き継ぎというよりは会長としての心構えみたいな点が中心でしたので、細かい疑問はこの後でどんどん出てくると思うのですが。で、思ったのですが、「PTA会長マニュアル」のようなものがあれば、とても便利じゃないかなと。

 パソコンでも電化製品でも、マニュアルはつきものです。特に最近は、大部の本格的なマニュアルと、取り敢えずすぐに始めるための、スターターキットと呼ばれる簡易版との2種類があり、特に後者は重宝します。今ないのは仕方ないので、私自身が次の人に向けて作ってみようかなと思いました。

 しかし、Tさんは凄い。色んな努力をされて来られています。進行中のおもしろそうなプロジェクトも幾つかあったりして楽しみです。保護者の一人として、こういう陰の努力を知らなかった自分が少し恥ずかしくなりました。尊敬に値する人というのは、意外に身近にいるものだと痛感した夜でした。

新旧役員顔合わせ

 2008年1月12日、うちの小学校が毎年実施している正月遊びの会というイベントの後、短い時間を利用して、新旧PTA役員の初顔合わせがありました。ここでわかったことが二つ。まずひとつは、会長となる私以外の役員は全員ママさん、つまり女性であることです。

 私自身が通った田舎の小学校では、PTAも子ども会も男女混合チームだったので、こちらのやり方には少なからず驚きました。土地柄なのでしょうか、それともそういう時代なのでしょうか。或いは、そもそも男親の参加を困難にしているという、システム自体の不備なのでしょうか。

 次にわかったことは、私のプロフィールは他の役員に何一つ知られていないということ。職業も、博士号のことも、海外経験があることも、みんな! どうやら、「休みになるといつも公園で子供たちと暇そうに遊んでいる父親」ということで選ばれたらしく、これは逆にかなり嬉しかったですね。

 だって、肩書とか名声とかに関係なく選んでくれたわけでしょ? これって、最高の褒め言葉じゃないか、とさえ思います。1人の父親として認められたということですからね。まあ、物事は前向きに捉えましょう。というわけで、何だか気力が湧いてきた1日でした。え、余りに楽観的?

ついに会長職を受諾

 PTA会長職をオファーされ、2か月あまり。締め切りにはまだ数日ありましたが、2007年12月のとある土曜日、ついに受諾の返事をしてしまいました。電話の向こうで推薦委員の方の声が弾んでいました。肩の荷がおりてホッとされたのでしょう。随分とヤキモキもさせたでしょうね。こんなことなら最初からすんなり受けとくんだった、と一瞬思いました。

 受けることを決めたのは色々理由があるのですが、最も大きな理由は「よくわからないけれど、おもしろそうだ」ということに尽きます。私は今まで未知のものに対して常にこういう態度で接してきたので、失敗ももちろん多いのですが、今回もそのスタイルを貫くことにしました。というより、人間、生き方・考え方はそうそう変えられないのです。

 二番目に大きな、そしてもっとまともな理由は、卑しくも教育学者たるもの、実践から逃げてはいけないと思ったわけです。私の学位は高等教育専攻で貰ったものなので、大学教育については一定の知識はあっても、初等・中等教育には素人同然。けれど、そこは同じ教育学ですから、この期に及んで言い訳をしていてはいけないんじゃないかと。そう思ったわけです。

 もちろん今でも「果たして自分に務まるのか」という不安はあります。そして「どうして自分が選ばれたのか」もいまひとつ納得していないのです。けれど、この際、それらの不安は脇に置いて、進んで火の中に飛び込んでみようと。数か月後には後悔することになるかもしれないのですが、失敗と成功、後悔と納得、その全てをひっくるめた経験が、今後の教育学者としてのキャリアに深みを与えてくれるのではないかと期待しているわけです。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
カイチョー
カイチョー
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事