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父 村井健は10月5日、悪性リンパ腫のため69歳にて永眠致しました。
生前のご厚誼に衷心より感謝申し上げます。
急なことだったため葬儀はこじんまりと行いましたが、
沢山の方のご厚意でお別れの会を開いていただけることになりました。
■お別れの会
期日:2015年11月21日(土)
時間:18:00〜19:00
会場:紀伊國屋ホール ロビー
東京都新宿区新宿3-17-7 紀伊國屋書店新宿本店4F
■村井健さんと語らう会
期日:2015年11月21日(土)
時間:18:30〜22:00
会場:満月廬 新宿 末広亭前
新宿区新宿3-10-4 電話 03-3358-0807
詳細は下記サイトにてご確認ください。
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とりあえず退院したからもう日常的には問題ないかというとそうではない。
だるい、何をするにも遅い。
あれを、と思いながら起き上がらずそのまま寝ていたりする。
外から見れば怠け者だろう。
だから、入院前に予約していた舞台はキャンセル続きとなってしまった。
「これが口惜しい」
口惜しいがしょうがない。
昨日も、文学座のアトリエに行くつもりだったが、どうにも体が重い。
それでちょい横になったら汗がどっと出た。
風邪を引くようなことはしていないはず。
でもこれは風邪。
そう、ここなのだ「抵抗力」が低下していると菌やウイルスが入り込む。
やむなく、文学座に電話した。
あとは、一日布団の中だった。
家で、布団の中にいれば元気な時は本がすらすら読めた。
ところが、今はダメだ。
読む気がしない。
鬱陶しいだけだ。
ナム!
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ケンさんはやっと下界に戻ってきた。
空気がおいしい。
じつはケンさんこの3週間、病院に幽閉されていたのである。
いつもだったら4、5日の入院、あとは通院でよかったのが、今回はそうはいかなかった。
いつもより強い薬が投与され、ために白血球、赤血球、血小板が通常の10分の1以下に減少。
抵抗力のない無防備状態になってしまったのである。
で、退院予定日に退院延期が通告され、ケンさんは、ただちに隔離病室に移されて、病室から出ることを禁止されてしまった。
写真は、その一人部屋のベッドだ。
ビニールカーテンに囲まれた「ET」状態。
雑菌を入れないためのカーテンと換気装置つきだ。
2週間、ケンさんはここで生活した。
もちろん、PCは使えない。
おまけに髪の毛までが抜け始めた。
「おお、脱毛だ!」
というところで退院。
いましばらくぶりに「聖なる書斎」で留守中のメールを眺めているところだ。
ナム!
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ケンさんはいま腰痛である。
帯状疱疹プラス腰痛だ。
二重苦ということになる。
疱疹の方は第一期の水疱が乾き、第二期のかさぶたになり、いまは第三期に入っている。
厄介なのは、この三期だ。
かさぶたが取れ、見苦しさから逃れられたかと思ったら、きれいになったのは上っ面だけで、そのきれいになった皮膚の下で狙撃が始まったのだ。
急に一箇所が熱くなり痛痒くなる。
これが強烈だ。
「うっ」となる。
それがゲリラのようにあちこちに出没しバンバン撃ってくる。
医師に尋ねたら、
「まあ、人によるけど、1、2ヶ月は続きますね」
という。
特効薬はない。
痛み止めを毎食後、飲むだけ。
そこへ突然の腰痛だ。
この腰痛、1日、2日休めば治るだろうと思ったが、そうはいかなかった。
おとつい、試しに近くのスーパーまで買い物に出かけたら、50メートルも行かないうちに腰が痛み、脚が棒になってしまった。
痛くて歩けないのだ。
冷や汗が出る。
腰掛けられるところを探して休み休みの歩行である。
おかげで、サンクトからやって来たチェルカスキー夫妻と会う約束もキャンセル。
芝居も自粛だ。
とんだ夏になったものである。
ナム!
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帯状疱疹という名のウイルスを抱えて劇場に出かけてはみるものの、
「なんでこんなものをいま?」
と思うものや、
「ああ、歴史の勉強か」
というもの、さらには、
何のために外国の演出家を使うのか分からないものまで、どうにもパッとしない。
暑い。
なのに、暑気払いになるような舞台に一向に出会わないというのが辛い。
体によかろうはずがない。
で、とうとう海野弘の『二十世紀』(文芸春秋社)を読み終えた。
(表紙の「二十世紀」の「二」が写っていないのは、「二」が金箔のため。念のため)
いやあ、面白かった。
半端ではない情報量。
それを俯瞰する知力。
20世紀を10年ごとにデケイド(輪切りに)して、さらにこれを19世紀末と対比するという力技。
それも、政治・経済・芸術・風俗を含めての考察力はなまなかなものではない。
海野弘ならではの仕事だろう。
できれば、大学の「教科書」にしたいくらいだ。
しかし、無理だろう。
教えられる人がいるかどうか。
いたとして、いまの大学のように「半年」区切りの講義形態では掘り下げることなどとても出来ないからだ。
ところで、帯状疱疹という病気、元を正せば「水疱瘡」の残党。
壊滅したと思われた残党が体内に潜伏、免疫力の低下した時を狙って突如、襲い掛かるところなぞ、まさに現実の「歴史」そのもの。
第2次大戦の導火線は第1次大戦の戦後処理の中途半端さから導かれたように、あるいは冷戦後の民族戦争、テロも淵源をたぐれば病巣は国際政治・経済の御都合主義にあったりするようにだ。
冷戦後の大きな物語の消失とポストモダニズムの問題も、グローバリズムの問題も、その作用としてのネオ・ナショナリズムの問題の淵源も、この1冊で大まかなところは知ることができる。
もちろん、演劇や美術、音楽シーンもこれとは無縁ではない。
608ページ。
読みでは十分だ。
その最後に海野はこう記す。
「20世紀のさまざまな出来事はまだ終わっていないし、片付いてもいない。……だがそれなのになぜ、私たちは歴史を見ないのか。または見えないのか。おそらくその1つの原因は、私たちが、今、目前に見えるもの、たとえば、テレビ、パソコン、携帯電話などの画面にとらえられ、見入っているからではないだろうか。」
フラット(平面)化された思考。
見えるものだけを信じる思考。
そこには奥行きも陰影もない。
その場しのぎの生き方。
リスクを負わない、無責任さ。
そこでは、歴史ははるか彼方の無関係なものとなる。
そして、帯状疱疹ならぬ、歴史の逆襲を無意識に準備することになるのだ。
ナム!
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