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私はポスト構造主義者である。少し気取った言い方でポストモダニストだろうか。自分がポスト構造主義の考え方を好み、宇宙観もそれであることは最近になって、哲学の入門書でわかったことなのであるが、さて自分の考え方に独自性があるのか、とても気になって仕方がない。
ポスト構造主義を理解すればするほど、過去に読んで人生観を劇的に変えた哲学者の思想もポスト構造主義の枠にくくられる内容であったことを驚きとともに思い出す。その哲学者の名前はジッドゥ・クリシュナムルティと言って、イギリスに留学したインド人である。彼はイギリス人を中心としたオカルト系の団体に救世主としての教育を受け、大学を卒業し、信者から尊敬されている中で、そのオカルト系の団体を脱退し、哲学者に転向した。彼の思想は宗教から離れ、純粋に哲学理論を展開している。オカルト教団の高い教育を受けながら、彼はまともな人間に成長したところがおもしろいところではある。彼は日本よりも欧米での人気のほうが高い。
クリシュナムルティ氏は経験が人間をダメにすると言う。例えば、車の運転は経験を積めば積むほど、腕を過信したり、事故によって過剰な恐怖心を抱いたり、さまざまな問題が後から生まれる。経験を捨て、運転技術を純粋に知識として扱い、それ以上でもそれ以下でもないと知ることが先だと言う。経験によって、上手な自分を想像するから過信するのだ。事故が忘れられないから恐怖がつきまとうのだ。知識は道具として扱い、必要以上に依存しないことが自分を見失わないことだと彼は言うのだ。
私にも自分の哲学的思考に彼のような独自性が果たしてあるのかどうか模索している。
自分の宇宙観を振り返ってみると、ひとりひとりがイメージしている世界観がちがうものであるから、自分が何かを語る時、自分がイメージしている世界観と相手のイメージしている世界観の差が問題になる。差が大きければ大きいほど、自分の言いたいことの意味が伝わらないことを意味する。ここで私が考えるコミュニケーションの実際のモデルはこの問題について解決することで、新しい世界観、宇宙観を説明できるのではないかと考える。
自費出版しよう。量子力学と共時性で運命を考える理論も自費出版する予定だが、ポスト構造主義的宇宙解釈もおもしろい。
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経験と知識は別物、という考え方にちょっとドキッとしました。今までは「知識より経験が大事」と考えていましたけど、「経験に裏付けられた知識」の方が役に立ちそうですね。
2005/4/26(火) 午後 8:46 [ som*_l*e_0* ]
「我思うゆえに、我あり」というデカルトの言葉が好きです。人間の精神とは何かと最近よく、考えます。
2005/4/27(水) 午前 1:13 [ 刈谷市議会議員上田まさや ]
師匠の本 メモメモ...φ(._.*)_ いつ発売ですか?
2005/4/27(水) 午前 1:32 [ - ]
今年中に発売できたらいいなあと考えていますが、きっと全然間に合わないでしょう。がんばりますね。
2005/4/27(水) 午前 2:31
blogで販売可かな?あまり高くならない事を願って (*^^*)予約1.。。
2005/4/27(水) 午前 5:12 [ sou*an_*oko*o*11* ]
私の根底はハイデッガーかな…よく理解できないけどわかったつもりになってます。
2005/5/1(日) 午前 4:23
「フィールド」という本によると、ゼロ・ポイント・フィールドを理論に取り込むことで、重力と量子論を古典物理学の範疇で説明できるとありました。どうなのでしょうか。同じようなことを考えている人がいて、うれしいです。私は、量子力学的世界像を詩で表現しています。myblogのタイトルは「フォノン通信」といいます。
2005/5/6(金) 午前 7:59