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鈴井貴之についての分析も試みてみる。
彼は若かった。大泉洋も若かったが、鈴井貴之の老け方は痛い。彼は自分で言っていた。茶髪にしたり、おしゃれな服装をしていると同じ40代の方々に「若作りをしている」と言われるそうだ。しかし、それ以上に老け方を痛く感じさせるものがある。救いようのないダジャレのセンスだ。あるハプニングで鈴井貴之のダジャレの計り知れないどうしようもなさを見せつけられたことがあった。番組中でいつもの旅企画の原付自転車で東北を北上する際にトランシーバーが故障して、鈴井貴之の声が伝わってきても、スタッフ陣の声が届かない事態になったのだ。原付自転車は他の乗り物と生の声で会話することができない。鈴井貴之自身は無音の状態で状況がわからないなりにも何かを話さなければ番組にならないと考えたのだろう。彼は絶妙のタイミングでおもむろにダジャレの乱射を始めた。番組の企画の危機であり、企画を考える立場であった鈴井貴之は必死であった。彼は孤独の中で体を張ったのだ。大泉洋とスタッフ陣は鈴井貴之に聞こえないことをいいことに彼をバカにしながら笑っている。そんなことを音声が伝わらない鈴井貴之にはわからない。鈴井貴之は黙々とダジャレを乱射する。大泉洋とスタッフ陣はダジャレがおもしろくて笑っているのではない。鈴井貴之がバカにされていることを知らないでおもしろいつもりのダジャレを言っているのが、なお一層バカでおもしろいのだ。「水曜どうでしょう」ではよくあることだが、この危機においてのこのおもしろさはもう奇跡である。突然のハプニングとアドリブで、この計算されたかのようなコントに仕上げるのは神業といってもよい。そうだ、EZ!TVでもこれに気づいてほしかった。大泉洋の魅力の源泉はこれだったのだ。
少し脱線したので、鈴井貴之に戻ろう。「水曜どうでしょう」が始まった頃、鈴井貴之はローカルのFMラジオ局Air-G(エアジー)ですでに不動の人気を確立していた。「水曜どうでしょう」ではあれほどおとなしい鈴井貴之だが、彼はFMラジオのローカル番組「ゴイス」で軽快なトークを展開し、声優のように声色を操り、子どもの声から女性の声まで演じわけていた。女性のパーソナリティもいたが、ほとんどは鈴井貴之の単独ライブだ。なにせ「ゴイス」という番組名も「ゴーイング・タカユキ・スズイ」の略なのだ。平日の夕方に毎日彼の単独ライブは放送され、人気を博していた。当時、仕事を終えたリスナーが車で鈴井貴之のラジオ番組を聴きながら家に帰る日課の人はたいへん多かった。そんな彼が深夜番組をやるのだから、ある意味コアなファンは「水曜どうでしょう」を絶対見ていたであろう。そもそも「水曜どうでしょう」で企画される旅は週末に旅立ち、翌週の月曜日の夕方のラジオの放送に間に合うように必ず帰ってくるという宿命を背負い、ラジオのリスナーは「鈴井さん本当に間に合うの?」「ラジオ休んでいないから間に合ったんだろうけどどうやって間に合わせたの?」「今週ずっとラジオ休んでいるけどいったいどこに行っているんだろう?早く水曜どうでしょう放送見たい!」なんていう毎日で、局が全然ちがうラジオとテレビで見えないリンクがファンを釘づけにしていたのだ。今思えばそれも楽しかった。してやられたね。
大泉洋は語っていた。鈴井貴之は怖いと。彼を怒らせるとマジな顔で「絶対殺す」と言われるそうだ。そしてさらに大泉洋は言う。もっと怖いのは「フクシャ(副社長)」だと。それは影の支配者、鈴井貴之の奥さんだ。奥さんを怒らせると事態は尋常ではないらしい。鈴井貴之も番組内で顔色がかわるほどの存在である「フクシャ」は番組で姿を現さないにもかかわらずたびたび恐れられて事態を急変させている。そんな「フクシャ」であるだけに、DVDにもなったベトナム縦断企画で「フクシャ」が鈴井貴之を助ける場面は視聴者を驚かせた。
今、鈴井貴之は映画監督として精力的に活動している。私としては、笑いの奇跡をもっと起こしてほしいと切に思うが、映画におけるさらなる成長を見守りたい。
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