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今日は母の日。
FBにも、母の日特集のように写真がたくさんアップされている。
ちょっと前まで母の日はこちらがあげるほうだったのに、貰うほうの投稿のほうが多いんだな〜なんておもってみてしまった。
私はというと、子供はいないからカーネーションももらえないし、母も12年前に他界してるので今日はふーんとおもうだけの日。
母が生きているとき、というか、一緒に生活している学生の頃までは私は母のことを良くわかっていなかった。
信念が強くて、淡々とやるべきだとおもったことをやっていく潔さ。
人へのアピールはまったくしていないのに、周りの人には自然とそれが伝わっているから、すごく真な関係を築いてたよう。最後に気付いたのが私かもね。
迷いを感じないのよね。見ているものがはっきりしていたんだろうな、と今になっておもう。
そういうのうらやましいし、人として尊敬している。
本当の子供の頃は躾的にしかられたりしたこともよくあったとおもうけれど、小学生くらいからは何かを教えれられたとかというよりは、生き方そのものを見せられていたという感じがする。何かを押し付けるわけでもなく、私がどう受け取るかがすべて。母がそれを意識してやっていたとも思えず、忙しいから結果的にそうなっただけのような気がしないでもないけど、いずれにしても、そこに裏表がまったくないので、その生き方そのものが教育だったような。
クリスチャンのあるべき姿として、「イエス様の香りを漂わせる人」というのがあって、何かを押し付けるのではないのに、その人をみているとイエス様のことがわかるような気がする人というのが本当にいるのよね。ちょっと似てる気がして。
まったく強制してこないのだけど、その人の生き方そのものにハッとおもわされる。そのときにはそこに嘘がないことが絶対条件だよね。そんな風にありたいものだ。。
その部分を受け継いでいたらいいんだけどなぁ。どうでしょう。
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