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8月15日。 65年前の今日、日本は終戦という1つの節目を迎えました。 そして、20年前の今日、ソビエト・ロック史もまた、キノー(Кино)のヴィクトル・ツォイの死という1つの大きな節目を迎えたのです。 人気絶頂の最中、交通事故による急逝でした。まだ28歳の若さで・・・。 私が初めてキノーと出会ったのは、3年程前。 ひょんなことから、セルゲイ・クリョーヒンに興味を持ち、その流れでちょっとロシアのロックも聴いてみようかなと思ったのです。 そのときの正直な感想はって言うと・・・ニューウェイヴ崩れの陳腐でチープで陰気な音楽じゃないの? 一体どこがいいのよ? ロシアのロックはわからんわ〜! しかし、神様はこんな私の不感症っぷりを見放すことなく、再度チャンスを与えて下さったのでした。 昨年、韓国のロックについて調べものをしているとき、たまたまツォイが韓国人の父とロシア人の母を持つハーフであることを知り、アジア系の人間がソビエトの国民的スターになったという事実が何だか物珍しく、「よ〜し、心をリセットして、もう1回聴いてやろうじゃないのぉ!」という気になったのです。 それが運命の分かれ道! なぜこんなにもキノーがロシアで支持されているのか、はじめて理解できたのと同時に、私自身がキノーの魔力に、果てしなくとり憑かれていくことに・・・。 そんなある日、帰宅してみると私のiPodを聴いていたミー五郎が、「ロシアのKの字のつくバンド(←キリル文字読めず)、スゲェ〜!!」と、いつになくコ―フンしているじゃありませんかぁ〜! チクショ〜!! 私が2年間紆余曲折の末、やっと辿り着いた境地に、ミー五郎が一発で到達するとは許せないぞぉ〜(笑)!! ひょっとすると、キノーが持つ魔力は、何かとサウンド面に耳がいってしまいがちな音楽ファンよりも、それほど音楽に深い愛着を抱いていない人間の方が敏感に感じ取りやすいのかもしれません。 のちにミー五郎は「音楽ってこんなにシンプルでいいんだ!」と目からウロコが落ちたと語っています。 実際、キノーの演奏は決して上手くはありません。 特にどうみてもトレッドミルで運動中の人にしか見えないあの立ちドラム(←失礼!)。ちなみにドラマーはちと露出狂の気があるようでして、わざわざ乳首部分に穴の開いた服を着てることも・・・あり得んわ〜(笑)! でも、それで十分! 随所に散りばめられた非常に印象的なフレーズとツォイの歌、キノーにはそれ以上のものなど、これっぽっちも必要ないのです。 キノーの存在は、まさにソビエト崩壊前夜という時代のパズルにピタリとハマるピースのようです。(←これもミー五郎語録より引用) ツォイ自身はアジアへの興味も強かったようですが、少なくともキノーそのものは極めてロシア的であり、そういう意味では彼のことは「ヴィーチャ」と呼ぶのがふさわしいのかもしれません。 でも、やっぱり私は同じアジアの血が流れていることがたまらなく愛おしくって、「ツォイ」もしくは「チェ君」と呼んでいます。 ここでちょっと話が逸れますが、「ツォイ」という姓は、韓国では4番目に多いポピュラーな姓「チェ」に相当し、漢字を当てると「崔」になります。 中国ロックの祖であるあの崔健と同じ「崔」、この字は中国語では「ツゥイ」という発音ですから、そっちの読み方の方が「ツォイ」に似てるワケです。 ってことは、「ツォイ」という読み方の方が、元来の発音に近いのか? 調べてみたところ、どうやら、昔、飢饉などのため、国境を越えてソ連に逃れた朝鮮人によって形成されたコミュニティでは、朝鮮語の古い発音が保持されていたんだそうです。 合わせて、スターリン時代に沿海州に住んでいた朝鮮人は、「日本人に似ているのでスパイの隠れ蓑になる」という不条理な理由から、中央アジアへ強制移住させられたという歴史的事実も知り、愕然・・・。 超余談ですけど、ロシア語のツォイ記事を自動翻訳にかけたら、「チェ容疑者」なんてヘンに気を回して訳してくることがあるんですよ〜。ヴィクトル・ツォイよりもチェ容疑者の方が有名なのかぁ〜(笑)?! 5thアルバム「Группа крови」(=Blood Type)以降の3枚(ラストアルバムはツォイの死後リリース)は、他に比べるものがないほどに本当に素晴らしく、音楽という領域を遥かに超えています。 ここまで人の心の奥深くに達し、なおかつただ染み入るだけではなく、強く突き動かす力を持った音楽など、私は体験したことがなかったのです。 キノーが1つの基準となってしまった現在、多くの音楽が心に響かなくなってしまいました。 まるで、ルネッサンスサッポロホテルの「美麗華」の小籠包を知ってしまったときと同様の現象です。 6thアルバム「Звезда по имени Солнце」(=The star called Sun)(89年) キノーというバンドは、ツォイの生きざまそのものでもあったような気がします。 キノーの紹介に便宜上、「反体制」という言葉が使われることがありますが、これは決して「政治的」という言葉と同義ではありません。 確かに結果として、反体制的な側面はあったかと思いますが、キノーの場合はあくまでも、おそらく当時のソビエトの人々の誰もが抱いていたであろう思いを、真摯に歌っているにすぎないのです。 そこには悲しみと希望、あきらめと強い意志といった相反する感情が混在しています。 このアルバムのタイトル曲を聴く度に、私はどうしようもなくアツいものがこみ上げてきて、泣きたくなってしまうんですよね。 → コチラ キノーが絶大な人気を獲得したことで、晩年のツォイは少々高慢になったところもあったみたいです。実際、その頃のステージを見ると、スターとしてのかなりの自意識の高まりが漂ってきます。 でも、いいんです、それで。ツォイは英雄でも、神でもない。聖人のやる音楽なんかじゃないからこそ、キノーにはリアリティがあるんです!! ロシアでは一見、ツォイを神格化し、偶像崇拝してるかのようにも見えますが、何故あそこまで人々を熱狂させたのか? それは、やはりツォイが潜在的に醸し出す「身近さ」ゆえに、同一化しやすかったからではないでしょうか。 4th以前のアルバムを聴くことで、ツォイという人間をより多面的に理解することができると思います。 もし、これらの作品に触れていなかったら、私はきっとここまでツォイを深く愛することにはならなかったかもしれません。 ツォイといえば、低音ヴォイスのイメージが強いですが、初期の頃はちょっと舌っ足らず気味の高めの声で歌っており、ずいぶんと印象が違います。 そこからは純粋さ、無邪気さ、単純さ、子供っぽさ、俗っぽさ、不器用な優しさ・・・そんな感じが伝わってくるのです。 このような側面も併せ持った生身の人間が、閉塞した社会の中にあっても、確固とした意志を貫いて、懸命に生き抜いている姿を見せてくれたからこそ、私たちは勇気づけられるのだと思います。 「Просто хочешь ты знать」(=You Just Want to Know)(06年) このメモリアル映画は、そんな前期のキノーを知るのにまさに最適な1本です。 ツォイにまつわる様々な思い出のキーワードが、実にセンスの良い映像処理のもと、めくるめくコラージュされており、BGMは4th以前の曲のみで構成され、その選曲がこれまたすごくイイのです! とにかくファンは、ティッシュケース3箱くらい用意しておかねば見られないほど、愛情に満ち溢れた内容なんですよ〜♪ → こんな感じ ツォイが作った彫刻や絵も登場してくるし、当時の手作りジャケの作成風景の再現もあるし・・・。 別の曲を歌ってるツォイの映像を使用して、口の動きを合わせるというワザも披露してくれてます(笑)。 ちなみに1人息子のサーシャも、PC&MAC担当で関わっているみたいです。 それにしても、どうしてあえて全盛期の後期の音源は使わなかったのか? クレジットを見る限りでは、この映画プロジェクトは、ツォイの奥さんだったマリアンナを中心に進められ、彼女によるスクリプトに基づいた作品のようなのです。 これは私の想像なんですけど、たぶんマリアンナとツォイが夫婦関係にあった時代までの選曲に絞ったということなのでは? 87年にツォイは新しい恋人、ナターシャと一緒にモスクワへ移り住み、マリアンナとは別居しているのです。 マリアンナは05年に亡くなっていますから、もしかすると、ツォイとの思い出を何らかの形で、この世に刻んでおきたいという思いもあったのでしょうか? その後の音楽性の変化は、もちろんツォイの年齢的な成熟とキノー人気の高まりという背景が一番にあったと思いますが、パートナーの女性(←2人とも違うタイプ)が変わったことも、大きな影響を及ぼしていたような気がします。 ここで突然のプレゼント企画〜! このDVD(PAL)を先着1名様に差し上げま〜す♪ 以前、eBayで激安で買ったら、ジャケがコピーだったんで買い直したんですよ〜。 ご希望の方は、この記事のコメント欄でお知らせ下さいませ〜。 つづく・・・
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この不思議なロックシンガーについて検索していたら偶然発見しました。
非常に有益な情報をどうもありがとうございます。
感謝です。
2015/4/22(水) 午後 5:42 [ BonsoirMaPetite ]
Цойさんってやっぱりハーフだったんですね!
情報有り難うございます。
2016/12/17(土) 午前 11:42 [ - ]