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自立とはなんぞや、永続的に同様な内容であるわけではない!
今のこの地域社会で普通の生活として自分が望む生活に出来るだけ近づけること
障害者の生活に金がかからないようにするのが自立ではない、
やはり、何らかの支援、援助を必要としている障害者が圧倒的に多いのは現実である。
障害の程度を基準として支援するのではなく、生活の支援、援助の必要度合いによって
サービス提供をしていくための判定については、同感することも多い、
だが、誰が判定して、どの程度の生活を想定しているかが大問題である。
障害者の生活が、現状では生活保護のレベルであることは変わらない。
障害者が健常者より金銭的に豊かな生活をしてはいけないのだろうか。
まさに階級社会であり、障害者は世の中のガス抜きにつかわれることでしかない。
障害者が、判定書を書く人(ケアワーカー)を選べないのか、今は役所の職員である。
行政側の人間が本人のための様な顔をして判定書を書く。本人の人権を守るなら
誰のためなのか立場をはっきりすべきである。
定率負担(応益負担)の制度にも問題がある、本人の収入に家族を含めることになっている。
20才過ぎても親の収入を当てにしなければならない。働いていないのだからしょうがない。
そんな声も聞こえそうだが、働けないからしょうがないのである。
親がかり、親のすねかじり、独身貴族を装い、海外旅行に、温泉旅行!
そんなことは親の顔色を見ながらでしかできない。プライドを傷つける。人権無視である。
福祉現場は、実績主義になる。実際にサービスを受けた分だけが福祉現場にお金が落ちる。
職員の安定雇用が困難になる。パート、アルバイト中心の現場になる。
福祉職で生活をしていくことは、非常に困難になる。
さて、誰のための障害者自立支援法だっけ、先進国の中で障害者一人に使うお金が一番安い国、
日本である。あのアメリカでさえ2倍の金を使っている。福祉的には決して先進国ではない。
糸賀一夫「この子らを世の光に」戦後の混乱期に障害児に携わった人の言葉である。
障害がある人が一緒に暮らすことで地域社会は豊かに暮らすことが出来る。
決して、惨めな障害者に光をあててくれと言っているわけではない。
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