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ああ、本帰国してからもうじき3ヶ月が経とうとしている。 しなければならないことが多すぎてこなしている内に、 まるで3年ぐらいが経過したような気分なのです。 エジプトのデモで治安が悪くなって帰国したのに帰国後間もなく、 東北の大震災が起こり、日本もえらいことになってしまったが、 当初からの予定であった大阪の正食協会に通ってマクロビを勉強しながら 自然食品店でキッチンのアルバイトをしながら夫婦でできるお店を探していました。 しかし、家内の妊娠で夫婦でお店を開くのは、もう少し先に延期することになっちゃったので 地元、神戸で仕事を探そうとするがこれがまた思うお店はなかなか見つからない。 勤務希望先を大阪まで延長して理想の自然食レストラン系を探すが見つからないから 仕方なく普通の和食のお店にしようかとだいぶ思案した。 関西の飲食関係の景気もあまりよくはないから給料面はどこも悪いのは分かる。 アルバイト先の自然食品店なんか時給850円で交通費支給のみで食事なし。 忙しいのに残業も付かずなのに、休憩を1時間打って15分で食事してすぐに仕事にかかる。 みんな定時でタイムカードを押してから仕事をしている有様なので呆れた。 当初は、この自然食品のお店のキッチンで就職しようかと思っていたが、 ここの店長はレストランの知識がないのにマネージメントするから問題だ。 何を売りたいのか、何をしたいのかはっきりしない。 ただ冷凍食品を揚げることや日々をこなすことしか考えていないようで売り上げは上がらない。 秀次郎とも意見が合わないので2ヶ月間だけ働いてこっちから辞めてやった。 なにしろ秀次郎がフルで働いても時給は850円。 辞めると言ってからは最終的には900円のオファーも来たがお断りしました。 ちょうどアルバイトを辞めるタイミングで7月から和歌山県で仕事の話があったので それに向けての準備にとりかかっている。 恥ずかしい話だが、海外に10年ほど住んでる間に、日本の運転免許書もうっかり失効してしまい ちょっと前から自動車学校にも通っているのだ。 和歌山の田舎だから車は必要なのでなお更がんばって免許とらないといけない。 現在、第二段階。路上教習に入ったところ。 運転は感を取り戻しつつあるから問題ないが、学科のテストは引っ掛け問題が多いから 勉強しないといけない。落ちたら時間とお金の無駄である。 それにしても日本の自動車学校での交通安全に関する教育のレベルはエジプトと比べ物にならない。 ていうか、エジプトでは男性は運転をアーミーで習うのか? エジプト人たちはドライブテクニックを自画自賛してるかも知れないが 本当にめちゃくちゃな運転をしてる人ばっかり、 日本だったら3日で免停レベルだと今更思う。 もうエジプトに住んでないからエジプトのことを書けないので、 秀次郎のブログのタイトルもそろそろ変更になります。 エジプト編は終わりますがこれからも応援よろしくお願いいたします。 |
出エジプト記
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昨日がFホテルでの仕事最後の日でした。 1年7ヶ月いい経験しました、本当にね! 同じタイミングでチャイニーズレストランの台湾シェフも秀次郎と同じ日に辞職でした。 別に申し合わせた訳ではありませんでしたが、彼も私と同じことを考えていたようです。 肩の荷が降りた感じで、例えると体重が10kgぐらい軽くなった感じです。 明日からはゆっくりしよう!!昼まで寝よう!! そして、これからは何かに縛られて働くより、給料とか関係なくてのびのび働ける職場がいい。 3月から大阪の正食協会でマクロビの春期集中料理教室があってその後、上級、師範クラスにも 参加すると1年ぐらい費やすことになるがそれも楽しみだ。 その空いた時間を使ってお寺で精進料理も習って自分なりの食養料理を確立したいと考えています。 それから自分の店をやりたい。 実は、カイロに来てから持病の手荒れも再発し、半年前から水仕事後にはワセリンを塗ってますが 最近だいぶひどくなってきた… 原因は分かってる。 偏った食事、特に砂糖とジュースやカプチーノなどの陰性な食事と肉食と仕事のストレス。 あと、カイロの乾燥性の気候だ。 対処としては、玄米菜食に切り替えて飲み物は番茶。適度な運動することによって、 カラダの中から直せるのは分かっている。 日本ではしたいことがいっぱいある。楽しみだ! それにしてもたまに痒く、腫れ上がってどうしょうもない手だけど、 秀次郎にしてみると大切な相棒であり誇りでもある腫れぼったい手。 今までずーと酷使してきたから、たまには休ますことにしよう! はたらけど はたらけど猶(なほ)わが生活(くらし)楽にならざり ぢっと手を見る (石川 啄木) |
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Fホテルを2月いっぱいで辞めて3月6日に本帰国することに決めました。 思えばピラミッドやシナイ山に憧れてエジプトの仕事のオファーを受けたのが1年9ヶ月前。 初めてエジプトに来たとき空港からインターコンチネンタル・セミラミスまでタクシーで 200LEでぼられ、ナイル川の広大な景色と行き交う人々の多さに圧倒されなから、 エジプト2日目からは生ジュースの飲みすぎからエジ下痢の洗礼に会いながらも、 この汚くてずうずうしい国に惹かれたのは確かであった。 この国で「ちゃんとした和食を広めたい、そして提供したい」という思いだけで 多くの犠牲かけてきた訳だが、日毎にこのカイロで本格的な和食の店が出来ない理由に気が付く。 その理由をひとつひとつ挙げていくような、言い訳がましいことはしたくないから書かないでおくが、 一つだけ言うと、 「秀次郎はこのFホテルでエジプト人と一緒に仕事をすること事体に疲れ、失望していた。」 私は和食を彼らに伝えに来てるつもりだが、悲しいかな彼らを楽にさすために仕事しているような ものだと感じることもある。 今回のエジプト騒乱で観光客、宿泊客はカイロから遠ぞいてホテルはめちゃくちゃ暇になった。 客も殆ど来ない、日本食レストランで使える食材もほとんどなくなってしまったカイロ。 出勤しても仕込みはすぐに終わり、後は定時を待つ給料泥棒のような毎日。 このまま、だらだらと7月の契約満期までいること事体、 秀次郎にとってすごく無駄な時間を費やしている気がするのです。 「人生は波乗り。」 海と一緒。なぎの日もあれば嵐の日もあって、波も日ごと違う。 チャンスと言う名の大きな波を待って、それに乗って日本まで行くのも悪くはないだろう。 流れ板秀次郎、日本を離れておよそ12年が経った。 そろそろ日本に帰って親孝行でもしたい気分になってきたし、 夢であり、目標であるマクロビオテックと精進料理を修行し、 出来れば、ふるさと神戸で自分の店をしたいと思っている。 |
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ここ毎週金曜日はタハリールでのデモの日が行われ、 これがエジプトの新しい観光名所になるんじゃないかと思わせるほどの賑わいである。 それに伴い、カイロ中では人々が積極的に街の清掃も行われている。 それはタハリールから派生してザマレック、マーディ、ヘリオポリスの街でもである。 革命はエジプトの人々の心も変えたのだろうか? 自分たちから進んで社会の民主化を練習するが如く、 ダウンタウンのエルアブドではアイスクリームを買おうとする群集は男女で分かれて、 礼儀正しく縦に並んでアイスクリームを待つ。 横並びと割り込み得意のエジプシャンに一体、何が起こったのだろうか? 未だ勝手見たことがない風景である!! 若者たちが街を清掃し道路をペンキで塗りなおしたり、 車を運転するおばさんも歩行者に道をゆずったりしてると聞く。 普段では信じられない光景!! 革命を通して彼らは現在の自分たちのこと、 未来のエジプトのことを客観的に考えるようになったのだろうか? 写真に撮った、道端で果物を売るようにブラジャーを売る男の人も いつかは堂々と自分の店を持てる日が来るのだろうか…。 |
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ムバラク氏の退陣から一夜明けたタハリール広場に昼間、行ってきました。 未だに多くの人々がこの「開放の聖地」を訪れ、この日を喜びあっている様子が分かりました。 一体、ムバラク派の人々はいったいどこに行ったのでしょうか?? まだまだ、国はすぐには変わりませんが、多少なりとも言論の自由が保障された感じで 人々からの安堵が伺われています。 広場では掃除をする女の人たち、飲み物をやコシャリを売る人、 演説をする人、音楽を鳴らして踊る人、父親に肩車してもらい旗を振る女の子、 デモで亡くなった人の写真を眺める人、地面にメッセージを書く人…など、 今やアーミーも人気者で戦車や軍人と一緒に写真を撮ったりできるし、 子供たちは遊園地の乗り物の如く、戦車に登り写真を撮る親子。 その模様は、お祭りさながらの風景であります。 この革命の結んだ実が、次の世代のエジプシャンへと受け継がれることだと信じています。 |








