芦部信喜について、
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芦部は、戦前通説的見解とされた師である宮沢の学説を承継した上で、アメリカ合衆国の憲法学説・判例を他に先駆けて導入し、戦後の憲法学会における議論をリードし、その発展に寄与した。
芦部は、まず、憲法が歴史の所産であるとした上で、市民革命を経て発展してきた近代憲法は、何より「自由の基礎法」である点に特質があり、「個人の尊重原理」とそれに基づく体系を根本規範とする価値秩序であるとする。かかる立場からは、憲法は、国法秩序において最も強い形式的効力を有する「最高法規」でもあり、国家権力を制限する「制限規範」でもあることになるが、近代憲法を支えた古典的な立憲主義の思想は、現代においては、社会国家・福祉国家の思想と両立し、民主主義とも密接に結合するなど変容しているとする。その上で、日本国憲法の制定の過程には、歴史上様々政治的な要因が働いていることは否定できないが、結局のところ、国民自ら憲法制定権力を発動させて制定したものであるとみるほかないとして宮沢の八月革命説を支持し、その結果、上掲の特質を全て備えた日本国憲法が制定されたとみる。