本居宣長は、日本に神々を「人はさらにも云はず、鳥獣木草のたぐひ海山など、其餘(そのほか)何にまれ、尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳のありて、可畏(かしこ)き物を迦微(かみ)とは云うなり(すぐれたるとは、尊きこと善きこと功(いさを)しきことなどの、優れるたるのみを云に非ず、悪(あし)きもの奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏(かしこ)きをば、神と云なり…)」(『古事記傳』)と定義してゐる。
四宮さんの御話し
日本の自然の神々は、今はやりの言葉で言へば、想定の範囲以上の激しい力を無慈悲に発揮する畏怖すべき生命であり靈であるということである。
無限の可能性を持つと言い換えてもいい。その無限の可能性は、人間に恩恵をもたらすばかりではなく、時に災いを齎すと古代日本人は信じた。
無暗矢鱈に自然に恐怖心を抱いたり、亡くなった人の祟りを恐れたりするべきではないが、自然と祖霊に対する畏敬の念を持つことは大切である。つまり、今こそ、日本国民斉しく自然と祖霊への祭祀の心を回復すべきなのである。
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