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▲産經新聞:大江康弘氏の辞職許可 参院本会議
無所属の大江康弘参議院議員が辞職しました。ここで私がこれから申すことは、全く別のご意見があることを承知の上です。しかし、どうしても皆様に分かっていただきたいことがありますので、一切私の勝手で申します。 大江前議員は、もともと自民党所属の和歌山県議会議員でした。平成五年、保守派の論客として知られた和歌山一区の中西啓介元防衛庁長官(既に故人)らがいわゆる「河野談話」を発表するに堕ちた自民党を離党したことに同調し、当時の大江議員も新生党、新進党の結党に参加します。 その頃の小沢一郎元自民党幹事長は極めて保守的な政治思想を掲げており、彼らとともに自由党、民主党へと所属していったところで致命的な歯車の狂いに気づいたと思われます。大江前議員は徹底的に民主党を批判し、「ならば出て行け」とののしられて離党を決意したのです。
民主党比例で得た自身の議席を批判覚悟で政治活動のために死守しながら、西村眞悟元防衛政務官らと改革クラブを結成しましたが、私たちの力不足で西村代議士を当選させられず、党は空中分解しました。
舛添要一元厚生労働相に乗っ取られた新党改革には属せず、のちに現職保守派の国会議員を欲しがった幸福実現党からの誘いを承諾したりもしましたが、結局は主張や手法が合わずにすぐ離党しています。
今夏の参議院議員選挙の改選組で、大江前議員はやっと元の自民党に戻ることを決意しました。これが「政界渡り鳥」などと揶揄されるが、私が信念を持って「その辺に転がっている『元民主党』なんぞとは全然違う方」と指す大江前議員の辿ってきた艱難辛苦の過去です。
民社党から新進党、民主党を経てたちあがれ日本から日本維新の会に所属して除籍される(本人の意思は離党)に至った西村元防衛政務官もそうですが、日本保守を強く貫こうとすればするほど政治家の居場所がなくなるのが占領憲法(日本国憲法)下のわが国政界であると申して過言ではありません。
その結果、皆との団結を信じて所属した政党の許しがたい変節に幻滅し、仮にそこで器用に迎合して少しずつ国を売り、守銭奴に堕ちてしまえば、私たちに気づかれないよう注意しているうちは批判されることもないのですが、大江前議員はそれが出来ないほど政治家としての強い信念を持っているのです。
ではその信念とは何でしょうか。大江前議員は一貫して日台親善派であり、陳水扁政権で開かれた民進党主催の講演会で毅然と中共と韓国を「反日国」と指弾しています。また、大東亜戦時下の南京陥落を「南京大虐殺」と虚構を張る勢力にも反対し、当時の慰安婦が「従軍強制」だったとする説にも異論を唱えてきました。
また、諸意見の存在を認めながらも、和歌山県のような山間部の社会基盤が未整備な事情を察して道路特定財源の暫定税率廃止にも反対し、国土整備関連費を守ろうとしています。私たち和歌山県民にとって大江前議員は、地方企業の活性化を常に考えながら予算編成に口を出してきた国会議員でした。
私は大江前議員を支持する考えに今も変わりがありません。自民党という問題の多い政党への「里帰り」がうまくいくかどうかは分かりませんが、今や西田昌司議員(京都府選出)のような方が頑張っているのですから、今度こそ多くの時間を表舞台での活躍に割いて欲しいと願います。
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何処の政党も与党に成った途端掌を返し、それまで言っていた事とまるきり逆の事を始めるのですから、筋を通す議員程離党せざるをえないのは道理です。
2013/5/24(金) 午後 1:33 [ 惜春 ]