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【自民党選挙区支部長にならなかった理由について(2010年12月14日に記述したものです)】
今回、全国の98選挙区、支部長が決まっていない空白選挙区がある中で、たった一つ大阪二区だけが、公募の対象地域となりました。 私が支部長に選任されなかった理由が得票率が少ない為ですが、当時の選対委員長であった古賀誠氏が自民党の選挙の最高責任者の言葉として、 自民党の方針で川条に票を入れず左藤章氏に票を入れて欲しいと、業界団体・創価学会・友党公明党・地方議員に要請したという、古賀氏の党規違反の結果です。 古賀氏の党規違反は自民党の総裁以下党役員全てに要請しているのにもかかわらず、 一年以上たった今でも、何の処分もされていません。一方で、私のほうだけ一年生議員だからと、支部解散へと追い込んでいく、トカゲの尻尾きりのような姑息なやり方に強く抗議します。
また、今回の公募は、選考委員が、左藤氏を復党させたい谷川大阪府連会長、北川大阪府連幹事長、そして、この五年間、川条に一度も地域支部総会の案内を寄こさず、示し合わせてうそをついた、自民党地域支部(阿倍野区・東住吉区・平野区) の支部長である市会議員や府会議員なのです。
左藤氏を何とかして復党させようと五年がかりで作られた、彼らの筋書き通り、今回の大阪二区の公募も、他の地域よりもいち早く、党本部の調整を無視するカタチで、 公募が決められたのです。九月六日発行配布の大阪二区全戸に配られる【タウン新聞】で、いち早く【左藤氏自民党復党・大阪二区支部長復帰】の記事が、載せられていました。五年間党紀をおかしてまでも、私、川条しかを 地域支部から排斥し、選挙違反である新聞の全戸配布によって既成事実を作り、 左藤氏を党紀を無視してでも復党させたい人たちが選考委員である公募が、公平な審査を行うとは到底考えられません。そして、私は自ら進んで、彼らのわなにはまるつもりはありません。
従って、私、川条しかは、公募には応募しません。しかし、これら全ての混乱の原因となった古賀氏の処分がきちんと厳正になされるまで、いくら、既成事実をつくられようが、支部も解散しません。
私は、これからも、一日も早い国政復帰をめざし、大阪二区を拠点として、これまでどおり、活動を続けて参ります。そして、次の総選挙において、いかなるカタチであれ、この大阪二区から国政に挑戦させていただきます。
このように、国政・地方いずれの立場であれ、法規を作る立場でありながら、自分の所属する政党の党紀すら守れず、【やったモン勝ち】で強引にトカゲの尻尾きりを進めていく人たちに、 有権者の方々のためのまともな政治が出来るとは思いません。私に対して、そして、有権者の皆様に対して、彼らに猛反省と謝罪をもとめます。
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