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自民党や民主党では、目先の枝葉の部分しか解決できない。
我が國は敗戦國です。そして、戦勝國GHQによって時限式の爆弾を幾つも埋め込まれた。國を護るとは時間との戦いでもあります。時限式の爆弾が幾つも爆発をし、我が國が終焉を迎える前に何とかしなければならない。それが出来るのは、米國GHQから日本州を任された自民党でもそこから分裂し、支那、朝鮮の地方政府として東海省を任された民主党でもない。このおぞましき戦後体制から脱却出来る勢力は既存の政党からは決して生まれない。唯一脱却出来る勢力は、真正伝統保守派が主導する勢力しかありえない。ぎりぎりの戦いにはなるでしょう。しかしながら、永劫に奴隷かちょっと良い奴隷にしかなれないという選択肢はありえない。それは自虐思想の極みであるのだから。日本人としての誇りや尊厳を護る為にも真の独立を勝ち取る覚悟を持って一歩ずつ正しい道を進んで行かなければならないと存じます。
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2012年10月27日
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我が國における正しい方向は、戦後勢力からは生まれません
山村氏の御話し |
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新党作りの最中なんだから
皇紀2672年(平成24年)10月27日 東京都の石原慎太郎知事が辞任、新党結成を表明し、その場で他の勢力との連携を否定しなかったにもかかわらず、もう周囲が勝手に大騒ぎを始めています。 ... たちあがれ日本の中からも日本維新の会やみんなの党との連携を否定する声が上がり、確かに維新やみんなは組織として「蚊帳の外」ですからつい言ってしまいたくなるのでしょうが、なぜ新党を作っていく途上で「人を寄せつけない」ような発言をするのか訳が分かりません。 無論自民党や民主党のごとき「烏合の衆」をもう一つ作ってもまったく意味はありませんが、それは一度大風呂敷を広げて「寄ってらっしゃい、見てらっしゃい」と人を集めてみてからでも遅くはないでしょう。「はい、あなた、入って来ないでちょうだい」はあとで言えばよいのです。 石原都知事が「なぜ大同団結しようとしないのか」と不快感を示したのは、決して維新やみんなとどうしても連携したくてのことではありません。その真意が(「薩長」の話なんかなさるから余計に)私にも分からないところはありますが、本気で新党を作るには多くの労力と財力を消耗します。真剣に人を集めようという時に仲間から横槍を入れられるのはさぞ不愉快でしょう。 結果としてこの新党も駄目ならまた別の方法を探りますが、今は石原都知事に対する個人的な印象など棚に上げてでも私はこれに賭けてみます。氏があくまで維新らに寄っていくというなら最初から彼らと合流しているはずですが、現実は違うわけでそれがすべてです。 石原都知事が「政策(原発とか消費税など)が違うとかじゃないんだ」と言ったのは私が最近どこかで話し合って基本合意した台詞そのままでして、ねぇKMさん、それは来月十一日の占領憲法無効衆議院請願大会(東京・日比谷野外音楽堂)へと繋がります。何のことかはお越しいただければ分かるでしょう。「何」をもってわが国の政治を変えるのか、それが重要なのです。 |
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石原新党こそ戦後初めての我が國の政党であると思います。
何故ならば、石原さんや平沼さんを初め現行憲法を無効と主張をしておられる方が幾人もおられるということです。そして、これを主張出来ない政治家は我が國の政治家では無い。何故ならばこの問題こそが、戦後のGHQ体制における最大の主要矛盾であるからです。そして、この最大の主要矛盾の解決を行わなければ本当の意味での解決とはならない。何故ならば、最大の主要矛盾こそが小さな矛盾の産みの親であり、小さな矛盾を一つ、二つ解決をしても根本にある主要矛盾の解決をしなければ、小さな矛盾を主要矛盾が何度でも産み続け永劫に戦後GHQ体制から抜け出せない。そして、最後には我が國は真の独立が出来ぬまま終焉を迎えてしまうこととなります。何故ならば、自國の國柄を否定した國家は世界においでも必ず滅んでいるからです。 まづ、この大前提を理解した上で政局を判断しなければならない。決して反〇〇で、政局を判断してはならない。何故ならば、反〇〇を前提として考えた場合それは我が國の存在を無視、もしくは軽視する行為でありその様な自國への見方では國を破壊し、貶めることのみを行う共産主義者と大して変わらない様な見方になってしまう。物事は、目先のマイナス要素のみを気にするだけでは何も解決はしない。マイナスは出来る限り無いにこしたことはありませんが、それはプラスの要素を無視、もしくは軽んじて良いということではない。寧ろ、我々は我が國を構成する分子として、積極的に我が國を復元しプラスの流れを強化せねばならない。何故ならば我々は時間軸という宿命を背負っているのだから。 ... そしてここでやっと今回の石原新党と大阪維新の会との連携の話しをしなければならない。このふた組の関係とは、これは部分的な連携である。石原新党と大阪維新の会が全ての面で合意をしている分けでは全く無い分けで、あくまで共通の部分については協力するというものであります。弱い勢力が強い勢力に勝つ為には、例え反する部分は多数あっても根本的な所にあっても、状況、状態によっては協力をしなければならない場合があります。そん様なことは争いの場においては常識中の常識です。そして、本当に考え方が同じであれば態々連携ではなく合流をします。 潰すべきは目先の小さな矛盾では無く主要矛盾であり、そして本来の我が國を取り戻すことなのだから。 |




